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第9話 呪い

 「そうかあァ……あたしよりも年上だったのかあァ、ノマたん」

 後部座席で亞月(あづき)が残念そうな声をあげた。

 木村が運転する軽自動車は襟猗(えりあ)村へ向かっていた。

 移動時間は約1時間。その移動中にノマは亞月にこれまでの経緯を丁寧にすべて説明した。

 聴き終わって亞月が発した感想のコトバがそれだった。

 「えっ、そこ? いや、もっと色々衝撃的な話をしゃべったよな、私」

 ノマはうなだれた。波長が合わないというのはこういうことを言うのか……。

 亞月は、

 「あはは。いやあ、世界の滅亡とかタイムトラベラーとか予言の話は、昔ッから兄さんからよく聴かされてたからねえ……。正直、あまり驚かなかったよォ」

 と笑いながら言った。

 「私の話をオカルトと一緒にしないで欲しい」

 ノマはふくれっ面をした。

 「わ、その表情もカワイイねえェ、ノマたん。写真撮っていい?」

 亞月はデジカメでノマを撮りはじめた。

 「オイ、撮っていいとは言ってないだろ、やめろッ、肖像権の侵害だぞッ」

 抵抗するも亞月の耳にはまるで入っていない。無遠慮にシャッターを切りまくる。

 「ねぇねぇねぇ。……ちょっと舐めてもいい?」

 「はあッ? いいわけねえだろ」

 近づいてくる亞月をノマは必死に遠ざけようとするが、所詮は幼女の力であり成人女性の力にはまるでかなわない。

 「どんな味がするのか気になってェ~。いいでしょ? いいよねェ?」

 「なんでだよッ、いいわけねえだろッ。やッ、やめろッ、やめろッて!」

 「ちょっとだけ、ほんのちょっと、一舐(ひとな)めでいいから」

 「やめろォッ、キモいッ、来んなァッ!」

 木村が呑気に、

 「おいおい、ノマちゃん嫌がってるじゃないか。ヒトが嫌がることをするのは良くないよォ。……あ、ボクだったらどんだけ舐めてもいいよ? 舐める?」

 と言う。

 「誰が兄さんなんか舐めるかッ! 舌が(けが)れるわ」

 「ヒドイなあ……。さすがにそれは傷つくなあ。ガラスの中年ハートが割れちゃうよォ」

 「そんなもん、とっとと割れちゃえ。あたしは幼女成分が欲しいのよッ」

 「幼女じゃないって言っただろッ! 私は28歳の熟女だぞ!」

 ノマがキレ気味に言う。

 「年上幼女か……。うん、それはそれで新ジャンルな気がするッ! 興味深いッ!」

 亞月が目を輝かせる。

 「お、おい、アンコ、アンタの話も聴かせろ。ど、どうして急に実家に帰って来たんだ? 何かあったんだろ?」

 ノマは亞月の魔手から逃れるためにジタバタしながら必死に話題を逸らそうと試みる。

 「ああ、それね――」

 ようやく亞月は、妖怪〈垢嘗(あかなめ)〉のように突きだしていた舌を引っ込めた。

 「――会社をクビになったのよ。上司をぶん殴っちゃってね」

 と亞月。

 「そりゃクビになるよォ」

 と木村が笑った。

 「なんの仕事してたんだ?」

 とノマ。

 「アニメの制作進行。……って言ってもわからないか」

 「アニメの仕事は大変だと聞いたことがあるが……具体的にはどんな仕事内容なんだ?」

 「アニメって分業だから各セクションをつないで制作が円滑に進むようにする人間が必要なの。それが制作進行」

 「マネージャーみたいなもんか?」

 「そうね、マネージャーというと聞こえはいいけど、雑用全般も任されてて、スタジオの掃除とか茶葉の買い出しとか事務用品の注文とか害虫駆除とか猫の餌やりとか……」

 「大変な仕事なんだなァ……」

 「大変なんてもんじゃなかったわよ……。地獄だったんだから。何度催促してもアニメーターがレイアウト全然上げてこなくてスケジュールはボロッボロになるし。美術監督がキレ散らかした挙げ句に失踪するし。演出がセクハラして同僚の制作進行が辞めちゃうし。脚本家は逮捕されるし……」

 「うわァ……」

 「朝から深夜まで働きずくめで睡眠時間削って頑張ったんだけど……。とうとうある日、あたし、妖精さんが見えちゃって……。万策尽きて、もう納品に間に合わないってなったとき。上司の無能プロデューサーがあたしんとこに来て、あ、助けてくるのかな……って思ったんだけど、『お前の管理が悪いんだろ、お前が何とかしろよ、バカヤロウ』って怒鳴られて、つい……」

 「それで殴っちゃったわけかあァ。あははは!」

 と木村は楽しそうに笑った。

 「笑いごとじゃなかったんだからッ!」

 と怒る亞月。

 「つらい思いをしたんだな」

 「アンコは小さい頃からアニメが好きでねえ。とくに女児向けのアニメが大好きだったなあ。ほら、日曜の朝に放映してるようなヤツ。ああいうのを作りたい、アニメーターになりたい、って言って高校卒業して東京のアニメ専門学校に通いはじめたんだけど――」

 と説明しはじめた木村のコトバを引き継いで亞月が話し出した。

 「――絵がぜんぜん上手にならなくてね……。これでも小中学生のころは美術の成績は良かったし、友だちからもアンコは絵がウマいねってよく言われたんだよ……。でもちょっとウマいぐらいじゃアニメーターにはなれないんだってことがわかってきて。センスっていうか才能っていうかよくわからないけど、プロになるための何かが決定的に欠けてて……。専門学校卒業するとき就職どうしようか散々迷ったんだけど、でもアニメ作りの夢は諦められなくって、それで制作進行に……」

 「それでも、6年も仕事を続けられたじゃないか。立派なもんさ。ボクなんか、最初に入社した会社なんて、初日から会社の場所間違えて5時間遅刻しちゃって、翌日にはピロリ菌で急性腸炎で動けなくなって無断欠勤しちゃって、そしたら3日目に社長から『もう来なくていいから』って言われちゃってねえェ~。ぬははは!」

 「兄さんは一般常識が欠落してるから……」

 「そうかなあァ? ボク、昔から気配りができる人ってよく言われるんだけどなァ……」

 「そんなこと言われたことあったっけ?」

 「あるよォ」

 

 そんな兄妹のやり取りを見ながらノマは自分の()()のことを不意に思い出した。そうだ、彼女もアニメや漫画が大好き()()()っけ――。

 

 

 〈つづく〉

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