第8話 亞月、襲来
翌朝。
ノマと木村が朝食を食べ終えて、出かける準備をしていると、突然に玄関の扉がガラッと開いた。
玄関から入ってきたのは大きなスーツケースを持った女だった。
「え、なに、子供用のサンダルがあるんですけど」
そんなことを言いながら短い廊下を歩きながらダイニングキッチンに入ってきた。
突然のことに驚いて木村は女性のほうを振り返った。
「アンコ! どうして……?」
アンコと呼ばれた女性はノマを見て目を見開いてフリーズした。
「誰? この子。……まさか、誘拐?」
「そんなわけあるか」
と木村は即座に否定した。
「じゃあ……兄さんの子供……?」
「それも違う」
「じゃあ、何?」
「若干説明に時間がかかるから、とりあえず座ったら?」
「あ、うん。そうする」
アンコはノマの隣に腰をおろした。彼女はなめるようにノマを観察しはじめた。
木村はアンコに訊いた。
「なんで急に帰省ってきたの? 電話くれれば駅まで迎えに行ったのに」
「ちょっと驚かせたかったのよ。……そんなことより、お嬢ちゃんは名前なんていうの?」
と言いながらアンコはノマの手や顔をペットでも扱うようにベタベタ触りはじめた。
「乃々間ノマ……」
ノマは名乗りながら、ソーシャルディスタンスを無視して一気に距離を詰めてくるこの女を警戒した。
「ノマたんっていうんだァ~、かわいいィ~」
とアンコは自分の顔をノマの顔にくっつけて頬ずりをした。
「ア……アンコさんはこの人の……妹?」
「うん。20歳歳が離れているから親子みたいってたまぁに言われるけど妹だよ~ん。母親は違うんだけどね」
「腹違いか」
「難しいコトバ知ってるのねェ~。ノマたんは賢いなァ」
「く、くっつき過ぎではないか?」
「ちなみにアンコっていうのはあだ名で本当の名前は亞月ってゆうの、あたし。小豆ってゆでると餡こになるでしょ?」
「お、おう……」
しつこく頬ずりを繰りかえす亞月にノマは少しウンザリしはじめていた。
「お姉さんねェ、ノマたんみたいなプニプニ幼女が大好きなのよォ。ねぇねぇノマたんっていくつゥ?」
「28」
「えっ」
亞月はフリーズして目が点になった。
「よく聴こえなかったんだけど……」
「ニジュウハチ」
「なッ!?」
「ノマちゃんは外見年齢は6歳だけど中身は28歳の熟女なんだよ」
と木村が落ちついて言う。
「なにそれッ? 外見が死ぬまで変わらないっていう呪いッ!? もしくはマッドサイエンティストが造った幼女化する薬でも飲んだッ?」
亞月は一気にノマから離れた。
「ノマちゃんはね、パンデミックで滅亡する世界を救うために2023年からタイムトラベルしてきたんだよ」
「えっッ!? なにそのSF映画みたいな設定……」
亞月は混乱して目を白黒させた。
「そうそう、これからボクとノマちゃんはパンデミックの手がかりを探しに襟猗村に行くんだけど、アンコも行く?」
「えと、うんと……、まだ全然設定が飲み込めてないんですけど……。でも、この流れだと、あたしも行かないとダメなやつだよね、きっと?」
「帰ってきたばかりで悪いけどさ」
一度深呼吸をして亞月が言った。
「別にいいわよ、こういう展開にはあたし慣れてるから」
むしろ驚いたのはノマだった。
「行くんだ!? ……どんな人生を送るとこんな展開に慣れるようになるんだよ」
「じゃ、詳しい話はクルマの中で」
と言って木村は自家用車のキーを手にとった。
〈つづく〉