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第34話 最後の幼女

 ハジャイルは見えない力によって藍を弾き飛ばした。

 藍の体は人形のように床の上を転がり、やがて止まった。

 頭を強く打ったのか、藍は意識を失っていた。鼻から血が少し出ていた。

 「藍ッ!」

 零が慌てて藍の近くへと駆け寄った。

 ノマも駆け寄り、揺り起こそうとしていた零を止めた。

 「揺らすのは危険だ。しばらくそのままで。……しかし、なぜ藍はあんなことを」

 「ニンゲンはなんて弱いのかしら」

 とハジャイルは蔑むように笑い、ノマたちのほうに空中を歩くように近づいてきた。

 「わたくしはわたくしの計画を邪魔されるのが好きではありませんの。時間の無駄に思えてしまいますのよ。この価値観についてはニンゲンの皆さまもきっと共感していただけるものと信じておりますわ。――さあ、このつまらないおしゃべりタイムをそろそろ終わりにしませんこと?」

 ノノは拳銃を取りだし、ハジャイルに向けた。毛瀬が持っていた拳銃だった。弾丸は弾倉にいくつか残っていた。

 「止まれ! こっちに来るなッ!」

 ノノが引き金を引き、一発の弾丸が発射された。しかし弾はハジャイルには当たらなかった。

 「クソっ、反動が強すぎて幼女の手では当てることもままならん! (こぼる)、お前がアイツを()れ!」

 とノノは拳銃を零に投げた。

 零は拳銃を受けとり、動揺した。

 「えっ!? オレ、こんなの撃ったことがないんだけど……」

 「オートマチックだから引き金を引くだけだ。バカにだって撃てる!」

 とノノ。

 「いや、しかし……」

 「撃たなきゃ私たちはアイツに殺されるぞ! 生きてこのUFOの外に出たいんだろッ!?」

 「で、でも、暴力じゃなくて話し合いでなんとかならないかなァ?」

 と亞月がノノに言った。

 「アンコは今までのやりとりを何も聴いていなかったのか?! 交渉は決裂したんだよッ!」

 木村が怒鳴るように言った。 

 零はハジャイルに狙いをつけ、目を閉じて拳銃の引き金を引いた。

 発射された弾丸はハジャイルの腹部に命中したのち背中側へと貫通した。しかし、腹部にあいた穴はメタマテリアルの自己修復能力ですぐに塞がってしまった。

 「――ですから、わたくしに危害を加えようと試みる行為なんてまったく無意味なのですわ。ニンゲンの皆さまはどうして学習能力が著しく貧弱なのかしら」

 ハジャイルはつまらなさそうに言った。

  

   *   *   *

 

 藍は夢を見ていた。いや、夢とは少し違うものかもしれなかった。

 世界が不思議な色に輝いていた。夜でもなく昼でもなく、しかし空には様々な色の星々が輝いていた。

 「……ママ……」

 どこからか声が聴こえた。

 藍は振り返った。

 5歳くらいの全裸の幼女が立っていた。瞳はこの空と同じような美しい色をしていた。

 「ママ」

 と幼女が藍に言った。

 「リア……」

 と藍が幼女に呼びかけた。

 「また会えたね。もう会えないかと思ってた」

 リアと呼ばれた幼女がそう言い、藍の手を握った。

 「前は……私が体育の授業中に熱中症で倒れて意識を失ったとき、でしたね」

 「うん。……ぼくはこの惑星の環境に適応できなくて、結局カラダを捨てて魂だけになってしまっているから、ママがこうやって無意識の底に降りてきて高次元世界にアクセスしてくれないと会うことができないんだ」

 藍はしゃがみ、リアを抱きしめた。

 「前回は偶然に会えたけれど、今回は理由があって意図的に会いにきたんです……」

 「うん、何があったのかは知ってるよ。ぼくはいつもママのそばでママの様子を感じているからね。わざと意識を失うような危険なことまでして()()に来たということは――、ママはぼくに何かお願いがあるんじゃないのかな?」

 藍はリアの宇宙(そら)色の目をまっすぐに見つめた。

 「……力を貸してください。2年前、リアは私に〈憑依〉することができると言っていましたよね」

 「ママが意識を失っている間だけね。普通、肉体は持ち主の魂のコントロール下にあるから、別の魂が勝手にコントロールすることはできないんだ。でも、意識を失っている間は魂と肉体の結合が一時的に弱くなっているから、うまくすれば別の魂が肉体に入りこむことができる。これがいわゆる〈憑依〉。とくに魂の波長が近いヒトのカラダには入りやすいんだ」

 「私に憑依してハジャイルを殺してください。私では彼女を殺すことができない。ハジャイルの一部を受け継いでいるリアならハジャイルを殺せるのではありませんか?」

 リアは悲しそうな顔をした。

 「ハジャイルはぼくのもう一人のママなんだよ。それを殺せって言うの?」

 「彼女を殺さなければ、私が死ぬんです。……それでも構いませんか?」

 「どっちかのママを片方だけ選ぶなんてぼくにはできない……」

 藍はうつむいているリアを突き放した。

 「……では、そのまま見ていなさい。私はもうじき死にます。あなたとはもう二度と会うこともありません……」

 藍のその言葉を聞いてリアは目を閉じて沈黙した。その沈黙はとても長いものだった。

 もう二度とリアはしゃべらないのだろうと思えたほど時間がたったとき、リアが言った。

 「――わかった。でも、それが失敗したら、ママもぼくも存在ごと消えることになる」

 藍はうなずいた。

 リアは藍の体のなかに入り、一体となった。


   *   *   *


 倒れていた藍が突然、目を開き、上体を起こした。

 倒れてからわずかに数十秒後のことだった。

 「藍! 良かったッ」

 喜ぶ零。

 しかし、藍はそんな零には目もくれず、ノマの手にあったポーンを取りあげた。

 「これ、ちょっと借りるよ」

 と藍が言った。普段の藍とは目の色が異なっているように見えた。

 「お、おう……」

 と動揺するノマ。何が起きているのか理解ができていなかった。

 藍はポーンを握って立ちあがり、一度強く息を吸うと、ハジャイルに向かって一気に駆け出した。

 藍はポーンで空中に〈∞〉の形を描いた。ポーンが矢のような形状に変化した。

 ハジャイルは藍に気づき、走り寄ってくる藍をただ見つめていた。

 「ですから、無駄ですわ」

 とハジャイルは冷ややかに言った。

 藍がかすかに笑い、小さくつぶやいた。 

 「それはどうだろう?」

 その表情を見てハジャイルは藍が()()()()()()()をようやく察知した。ハジャイルの顔にこれまで一度も現れたことがなかった恐怖の色が浮かんだ。

 藍はメタマテリアルの矢をハジャイルの眉間に思い切り突き刺した。

 「ガルアァーッ!?」

 ハジャイルは意味不明の濁った叫び声を発した。

 「ボディの96%をメタマテリアルに置き換えていても、残り4%の有機体が残っているならそこを攻撃すればいい。つまり生来の脳、そこがあなたの唯一の弱点だ」

 と藍が静かに言った。

 「――リア。藍に〈憑依〉したのですね……。そんな方法があったとは気づきませんでしたわ……。さすがはわたくしの娘です……」

 ハジャイルは藍の目を見て優しく微笑んだ。

 そしてゆっくりと目を閉じた。

 「ごめん、ママ――」

 そう言って藍は、崩れるように膝をつき倒れた。リアの憑依が解けたのだった。

 藍に重なるようにハジャイルも倒れた。

 同時に、宙に浮いていたゲヘナ99の試験管6本が床に落ちて転がった。試験管は無事だった。



 〈つづく〉 

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