第33話 終わりなき幼年期
「待て、ニンゲンと相容れないというのは理解できるが、しかし、なぜ全生物を根こそぎ滅亡させる必要があるんだ?」
とノマがハジャイルに問うた。
ハジャイルは小さくため息を吐き、言った。
「この地球からニンゲンだけを排除したとしても生態系は破壊されてしまうのですわ。なぜなら、家畜や農作物をはじめてとしてニンゲンの管理がなければ安定的な生存ができない生物種が非常に多いゆえ、それらの系が崩壊すれば天然の生態系にまで影響は波及して、結局は大半の生物種が絶滅に至ってしまうのです。〈人新世〉というコトバを聞いたことがありませんこと?」
「たしか、最近提唱された新しい地質学的な時代区分の呼び名だな。1950年代以降、人類が地球に不可逆的な影響を与え続け、それがすでに回帰不能点を越えたとして学者たちが警告を出している」
と木村が言う。
ハジャイルはうなずいた。
「そうですわ。あなたがたも薄々気づいていらっしゃるはずですが、このままニンゲンによる惑星改造が進めば6度目の生物大量絶滅が起きることは確実ですのよ。――遅かれ早かれほとんどの生物が死滅するのであれば、惑星上の現生態系をリセットし、ゼロからデザインし直そうと、わたくしたちは考えましたの。――あなたがたにお訊きしたいのですが、どちらがこの惑星にとって〈善い〉こととお考えかしら?」
ノマは頭を振った。
「わからない……。が、お前は、死にゆく者がいた場合、助かる見込みがないのなら安楽死をさせるべきだ、と言いたいのだな?」
「もちろんそうです。苦しみは最小限のほうが良くありませんこと?」
「……お前の言うことももっともだと思う。だけど、もっと根本的な質問をしてもいいか? ――お前たちが移住する先はどうしても地球でなくてはダメなのか? 銀河系内には地球以外にも生存に適した惑星があるだろう?」
「その言葉をそっくりそのままお返ししますわ。地球人こそなぜこの惑星にこだわるのです? わたくしは信者たちと約束をしましたのよ。地球から脱出するための時間的猶予を差し上げますと。時間はまだ残っています。元々は20世紀の終わりに〈グレート・リセット〉をおこなうつもりでしたが、信者たちから懇願されまして、その時期を20年延期いたしましたのよ」
「ということは、つまり、2020年までに地球を立ち退けば、人類は種族としての絶滅を回避できるということなのか?」
「ええ。かつてノアがそうしたように、大きな宇宙船でも造られるとよろしいですわよ」
とハジャイルが微笑んだ。
「いや、しかし……。確かに人類は地球の環境をめちゃくちゃに破壊しているし、大量絶滅を引き起こす未来が来るのは避けられないのかもしれないが……。とは言え、やはりこの地球が私たちの故郷だし、地球を捨ててどこかへ移住するなんて考えにくいことだ。地球は私たちのものだろ。どうしてお前たちに渡さなければならない?」
ハジャイルはそのノマの訴えを聴き、残念そうに首を横にふった。
「あなたがたはこの惑星上に偶然的に誕生した生物に過ぎませんわ。あなたがたは地球の所有者ではないのですよ」
「なんだと……? じゃあ、地球の所有者は誰だっていうんだ?」
「わたくしたちですわ。わたくしたちは、銀河連邦法に則り約1万2000年前にこの惑星を正当な方法で所有しましたのよ」
「銀河連邦?」
「あなたがた地球人は文明レベルが低いため銀河連邦に加盟することができませんが、銀河系の多くの惑星国家が銀河連邦に加盟しておりますわ。銀河連邦法によりますと〈連邦に加盟していない未開惑星に限り、連邦加盟済みの最初の訪問者に所有権が付与される〉というルールがありますのよ」
「そんなふざけた話があるか! そんなルール、私たち先住者が納得するか!」
とノマが怒鳴った。
「あなたがたもじつは似たようなことをやっておられますのよ? あなたがたニンゲンも地球の表面を観念的に区切り『ここは私の土地だ』とか『ここは我々の国だ』とか、やっているではありませんか? その場所には元々先住生物がいますよね? しかし、あなたがたはそんなことはお構いなしに大地も資源も先住生物も恣にしませんこと?」
「それは……まあ、そうだ……」
「では、納得していただけましたかしら?」
「い、いや……」
ノマは唇を噛みうつむいた。理屈ではハジャイルには勝てないことを思い知らされ、心の中は屈辱感で塗りつぶされていた。
「そんなの納得できませんッ!!」
と、唐突に藍がハジャイルに向かって言い放った。
「藍……!?」
驚いたのはそんな姿を見たことが一度も無い零だった。
藍は目を見開き、渾身の力で叫んだ。
「納得できるわけがないじゃないですか! そんな理不尽な話! ……私は未成年で、選挙権もありません。未成年者は、なんでも大人たち――力がある者――が勝手に決めたことに黙って従うしかないんです……。学校でも、家庭でも、常にそうです。私たち子供には自分で何かを決定して現実を動かす権利がないんです!! ……これがどんな気持ちかわかりますか! わからないでしょう!」
藍は泣いていた。泣きながらしゃがみ込んでしまった。
ハジャイルは藍に歩み寄り、藍の涙を指で拭った。
「ええ、わかりませんわ。貴女がニンゲンという惨めな種族に生まれたことを呪うしかありませんわ。ニンゲンの文明はあと1000年ほど成熟すれば銀河連邦に加盟できる可能性がありますが、しかし、おそらくそれは叶わないでしょう。なぜなら、戦争などによって自滅する可能性が極めて高いからですよ。地球の文明が将来的に加盟できるほどの文明レベルに到達できると考える者は銀河連邦内にごくわずかしかおりませんわ」
「銀河連邦への加盟の条件はなんだ?」
と木村が尋ねた。
「統一理論、超光速航行、世界政府、不死、重力子通信、この5つですわ」
「人類はどれもまだ手に入れていないな……」
と木村。
「諦めてください。銀河系には現在3万6000を超える知的生命体が生息する惑星が存在しますが、そのうち5つの条件をクリアできるのは確率的にはわずかに0.1%未満にすぎませんわ。多くの文明がそれよりも前に滅亡しますの。あなたがたの地球も例外ではありません。わたくしたちのシミュレーションによればあなたがたの地球文明が滅亡する確率は30年以内に90%以上ですのよ。銀河連邦内には、そういう脆弱な文明を積極的に庇護すべきだという論調も一部にはありますが、わたくしたちはその考えに否定的ですわ。銀河連邦の繁栄を考えるとそういった過干渉は将来的に禍根になる可能性があるからですのよ」
藍はハジャイルの手首をつかんだ。
ハジャイルはニッコリと優しく笑った。
「あなたのサイコメトリー能力でわたくしの記憶を盗みとることはできませんわよ。わたくしのメタマテリアルのボディには時間が流れていませんの。残念でしたわね」
「……ガう」
「え? なんと仰っしゃりましたか?」
「ちがう!」
藍はそう言い、金属の矢をハジャイルの喉に突き刺した。浴衣のどこかに隠し持っていたのだろう。
「宇宙人も血を流すのかしら?」
と藍はハジャイルを睨みつけた。
ハジャイルは喉から矢を抜きとった。血はまるで出ていなかった。喉の傷は見る見るうちに塞がっていった。
「――野蛮ですね、こんなことをして何の意味があると言うんですの? わたくしたちは不死なのですわよ」
そう言ってハジャイルは矢を投げ捨てた。
〈つづく〉




