第32話 美少女救世主ハジャイル
「か、かわいい……!」
と亞月がハジャイルを見てつぶやいた。
「お前は幼女以外でもいいのかよ」
ノマが呆れ顔で亞月を睨んだ。
「12歳までならまったく問題ナシよ~」
と興奮する亞月。
ハジャイルは微笑み、
「人間年齢で言えば12歳程度の外見に設定しております。気に入っていただけて光栄ですわ」
と言った。
「ランドセルを背負わせたいッ~」
亞月がつぶやいた。
「ランドセルをですか? なぜですの? わたくしは小学校に通っておりませんわ」
ハジャイルは小首をかしげた。
「いや、妄言だ。無視していい」
とノマ。
「き、きみが……ハジャイル? 宇宙人の?」
と木村が美少女に訊いた。
「宇宙の住人、という意味では、わたくしは宇宙人ですし、あなたがたも同じく宇宙人ですわよ」
ハジャイルは爽やかな笑顔で言った。
「……し、しかし、なぜ裸なんだ?」
零がもっともな質問を投げかけた。
「わたくしの故郷では、ニンゲンの皆さまが〈服〉と呼ぶ概念が存在しないのですわ。なぜニンゲンの皆さまが皮膚を見せるのを嫌がるのか――、わたくしは未だに理解がよくできていないのです。もし、気分を害されるようでしたら服を現出させることもできますが、いかがいたしましょう?」
ハジャイルは可愛らしく首をかしげた。
「いや、別にそのままでいいぞ」
とノマが言った。
「ありがとうございます」
とハジャイルは小さく頭をさげた。
「きみは、その……これまで見たこともないぐらいに大変な美貌の持ち主なわけだが――、その外見はどうやって手に入れたんだ?」
と木村。
「ニンゲンの皆さまの文化のなかに散見される至高や崇高や美のイメージを拝借し、合成して創りあげたものですわ。最初期は中年男性の姿でいましたが、あまり評価が思わしくありませんでしたので、試行錯誤を繰り返して今の姿にいたりました。このデザインが完成するまでに、18年かかっていますのよ」
「外見年齢よりも長い時間をかけて獲得した形態か……。不思議な感じがするな」
ノマが言う。
「いえいえ、ノマさんやノノさんも似たようなものではありませんこと? 内面は28歳の熟女でいらっしゃるのですよね?」
「私たちの素性を知っているのか?」
「わたくしたちは時空間の異常を察知することが可能ですのよ。タイムトラベルによる時空震が2度も観測されましたので、わたくしは信者を使ってあなたがたを調べさせていたのですわ。あなたがたも顔見知りの喫茶店イライジャの老店主もわたくしの信者の一人ですのよ」
「そうだったのか。……なあ、あんたは本当は何歳なんだ? これまで何年生きてきたんだ?」
「地球年に換算して申し上げますと――、およそ2万4700歳ほどですわ」
「2万――?! きみたちには寿命は無いのか? 本当に不死なのか?」
木村は驚き、詰問した。
「不死、と申し上げて良いのかどうかわかりませんが、わたくしたちの物理的ボディは〈上位物質〉で創られていますので、永久的に自己修復を繰り返し、個体のアイデンティティを保っておりますのよ」
「そうすると……、実質的に死なないということは世代交代もなく、生殖行動も存在しないのか?」
「遠い昔のわたくしたちの祖先は、あなたがたと同様に、〈性〉があり、生殖をおこなっていましたわ。けれども、わたくしたちの祖先はあるとき〈死〉を克服する方法を見つけたのです。方法は2つありました。ひとつは、有機化合物の割合をどんどん減らしメタマテリアルに置き換えていくという方法。もうひとつは、有機化合物のボディを捨てて〈魂〉として永遠に生きるという方法、ですわ」
「なるほど……。後者の方法が毛瀬が言っていた〈脱肉〉というやつか」
「メタマテリアルは大変にコストがかかってしまいますの。わたくしのこのボディを構成しているメタマテリアルの総数はおよそ1200兆個。これを創るために必要なエネルギーは太陽系の全質量を合わせたよりも巨大なものが必要なのですわ」
「途方もないテクノロジーだな。そんなあんたたちが、なぜ地球に移住なんかしようと考えてるんだ? 超高度なテクノロジーを使って人工の惑星ぐらい簡単に造れるだろう?」
ハジャイルは少し悲しそうに目を伏せた。
「それではダメなのです――。あなたがたは、一生ヴァーチャルリアリティの世界で生きていけますか? あるいは、人工的に合成されたサプリメントのようなものだけを一生食べつづけられますか?」
「それは、まあ、無理だな。オレならば耐えられない」
と零が言った。
「それと同じなのですわ。わたくしたちは故郷の惑星を失ってから数万年にわたり、銀河系内を漂流してきました。宇宙船内部に仮想的に再現された環境とともに。――しかし、どれほど高度な技術で再現された仮想世界であっても、どうしても真の〈自然〉にはかないませんでしたの。緻密な演算によって導きだされた人工環境はあまりにも完璧すぎたのですわ。そこには、自然が本来有する〈不完全性〉がありませんでしたの。もちろん演算で不完全性をも再現することはできますが、それは計算された不完全さであり、宇宙本来がもっている〈偶然による完全なる不完全さ〉とは似て異なるイミテーションにすぎないのですわ」
「それってつまり……、すっごくリアルなカニカマをがんばって作ってきたけど、どんなにリアルになってもカニカマはカニカマでしかなくて、本物のカニには絶対になれない、ってことと同じ?」
亞月がそんな質問を投げかけた。
ハジャイルは小さくうなずいた。
「その通りですわ。テクノロジーが高度になればなるほどに、本物と偽物の境界線は曖昧になっていきます。しかし、それは本物と偽物が一致することを意味しませんわ。知覚のレベルにおいてはその差異が皆無だとしても、魂のレベルにおいてはその差異は依然として白と黒の違いくらい明確なものとして存在しますの。――わたくしたちの間で〈本物の惑星〉に住みたいという願望が生まれたのは、およそ1万2000年前です。その頃からわたくしたちは地球の調査をおこなってきましたのですわ。実際に数名が地球に降り立ち、ときに神のふりをして、ときに天使や精霊のふりをして、ニンゲンと交流をおこなってきたのです。皆さまも、2000年前に地球を訪れたわたくしたちの仲間の者をよくご存知ではないでしょうか。イエス・キリストと呼ばれている者がそれですわ」
「……しかし、キリストはマリアという処女から生まれたということになっているが」
と木村が疑問を口にした。
「はい。イエスは〈脱肉〉した者だったので、マリアというニンゲンの子宮を借りてニンゲンの嬰児として〈再受肉〉するという方法を取りましたの。成功確率が低いリスキーな方法でしたが、うまくいきましたわ。しかし残念ながらイエスはニンゲン社会では受け入れられず処刑されてしまいました。もちろん、イエスは成人してから物理的ボディの大半をメタマテリアルに置き換えていたので本当の意味での〈死〉はまぬがれ、宇宙船に無事に戻ることができました。――けれども、その事件があってから、わたくしたちの間ではニンゲンの評価が大きく変わりました。それ以前はニンゲンは共存可能な種族だと認識していましたが、〈イエス殺害事件〉以降はニンゲンは共存不可能な存在だと見なされるようになりましたのよ」
「……だから、人間を全滅させるという結論に至ったわけだな?」
とノマがハジャイルの目を覗き見た。
「そうです。悪く思わないでくださいね。もう決まってしまったことなのですから」
そう言い、ハジャイルはブラックホールの手前で空中に留まっていた6本の試験管を、何らかの力で自分のほうに引き寄せて目の前の空間に固定した。
「――そのためにこれが必要なのですわ」
〈つづく〉




