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第31話 黒き盾《シュヴァルツシルト》の彼方へ

 6人は5組に別れて試験管を捜すことにした。

 ノノはノマと一緒に行動した。

 ノノによると、()()()()()()()は生物学者にはならず、ノマとはまったく別の人生を歩んでいるらしい。ノノは大学・大学院で生物学を学び、その後この農業試験場に就職したのだと言う。ノマからもらった手紙にパンデミックのことが書かれていたため、その真実をどうしても知りたくなったからというのがその理由だった。3年間勤めて、その間に試験場の秘密を徹底的に調べ上げたという。機密扱いの実験室に簡単に入り込めたのもそういう事情があったのだ。また、ノノは元の世界で木村や亞月、藍とも交流があったという。それもノマの手紙に書かれていたことを頼りに自分で人脈を構築したとのことだ。27歳のときJAXIAに就職し、そしてノマと同じように火星に行きこの時代にタイムトラベルして来たのだという。

 ノマは正直、ノノのそんな行動力に驚いていた。あんな引っ込み思案だった女の子がいつの間にこんなに(たくま)しくなったのか……。

 「ノマが私の人生を変えてくれたからだよ」

 とノノが言った。

 そして、

 「私だってノマと同じ遺伝子を持って生まれてきたんだもん。ノマと同じことができるはずだって、思ったんだ」

 とも言った。

 ノマはノノがまるで自分自身であるかのよう不思議な感覚を覚えた。

 「だけど変だよね。今この世界には私たちと同じ顔の人間が四人いるってことだもんね」

 とノノは笑った。


 およそ1時間後。

 ゲヘナ99の試験管を見つけだした6人は、UFO格納庫に再集結した。

 6本の試験管が藍の手の中に集められた。

 「……この人工ウィルスをこの世界から永遠に追放します」

 と藍が宣言した。

 「どうやって?」

 (こぼる)が娘に質問した。

 「このUFOを使うんです」

 と藍がUFOを指さした。

 「UFOで宇宙に飛ばすということか?」

 ノマが訊いた。

 「……その方法も完全な追放とは言えません。万一、UFOが地球に戻ってきて墜落でもしてしまったら大変なことになってしまいます」

 「じゃあどうやって……?」

 「このUFOのエンジンは直径2センチメートルの人工小型ブラックホールを内部に持っていて、それを高速回転させることでエネルギーを得る仕組みになっています。この情報は毛瀬の記憶から得ました」

 「つまり、そのブラックホールを使うということだね?」

 と木村。

 「はい、その通りです。幸い、このUFOには人工ブラックホールを安定的に制御するテクノロジーが備わっています」

 「ブラックホールの中にその試験管を落とせば、光も脱出できない強力な引力で引かれて事象の地平面に永遠にとどまり続けるというわけか」

 とノノが言う。

 「そうです。そうなれば、もう誰も決して取り出すことはできません」

 「いいな。さっそくブラックホールに放り込んでやろうぜ」

 とノマ。

 「私のあとに着いてきてください」

 藍はそう言い、UFOに向かって歩きはじめた。

 見たところUFOには出入り口のようなものどこにもなかった。

 「どうやって入るんだ?」

 と零。

 「ノマちゃん、例のポーンを持ってますか?」

 と藍がノマに訊いた。

 「ポーン? ……ああ、藍の家で見つけたチェスの駒だな。持ってるぞ」

 ノマはウエストポーチからポーンを取りだした。

 「そのポーンで空中に十字を描いてみてください」

 ノマは藍に言われたまま、空中に十字を描いた。

 すると、UFOの底部の一部分が音もなく分離し、格納庫の床のほうに降りてきた。

 藍は皆の顔を見てうなずき、自分からUFOの底部に乗った。

 他の5人も藍のあとに続いた。

 「では今度はポーンで円を描いてください」

 ノマはポーンで空中に円を描いた。

 UFOの底部はゆっくり浮き上がり、6人の人間を乗せたままUFOの元あった場所に戻った。

 6人はUFOの中に入った。


 UFO内部の空間は外見の大きさに比べてずっと広かった。小学校の校庭ぐらいの広さはあるだろうか。空間は暗すぎず明るすぎず、かつ適度な温度と湿度が保たれていた。わずかな風も吹いていた。

 藍は中心部の球体を指さした。金属製の直径5メートルほどの球体が床からわずかに浮いて静止していた。

 「あれがこのUFOのエンジンです。あの内部に人工ブラックホールがあります」

 6人は球体に近づいた。

 表面には継ぎ目や凹凸のようなものは無かった。

 藍がノマのほうを見て言った。

 「ポーンで十字を描いてください」

 「大丈夫なのか?」

 「そのポーンはいわば鍵のようなものであり、UFOを操作するコントローラーでもあります。……大丈夫です、ブラックホール自体は逆向きの重力子の鎖で4次元上に凍結されているので私たちが突然吸い込まれたりなどはありません」

 「よくわからんが、とにかく大丈夫ってことだな」

 ノマは意を決し、球体に向けてポーンを十字の形に振ると、球体の一部がくり抜かれたように開いた。

 球体の内部は真っ暗で何も見えなかった。

 中を覗いた木村が言った。

 「何もないな。本当に人工ブラックホールが入ってるのか?」

 「ブラックホールは光を吸収するんだ。見えるわけがないぞ」

 とノノが言う。

 「さっさと中に放り込んで家に帰りましょうよ。こんなところに長くいたくないわ」

 と亞月が言った。

 「では、投げ入れます。それでよろしいんですね?」

 藍はノマを見て確認をとった。

 ノマはうなずき、

 「モチロンだ。その人工ウィルスを永遠にこの世界から消し去ってくれ」

 と言った。

 藍は、試験管をブラックホールめがけて投げつけた。

 6本の試験管がブラックホールへと落下していった。――はずだった。しかし、実際には藍の手から数十センチメートル離れた空中にとどまったまま浮いていた。

 「おい、どういうことだ?」

 とノマ。

 「……わかりません。思いっきり投げたつもりだったのですが」

 藍が困惑する。


 「ごきげんよう!」

 突然、UFOの内部に声が響き渡った。遠くまでよく聞こえる美しい声だった。

 空間に虹色の光が縦横に(にじ)み、まるで花が咲くように、深淵から湧き出るようにして何者かが出現した。

 6人が()()のほうを見た。

 後光のような虹色のオーラを背負った美少女がそこに立っていた。美少女は全裸だった。足は床につかず1センチメートルほど浮いていた。髪の毛が無重力空間で無限にループする波のように揺れていた。

 美少女が天上を思わせる美しい声で言った。

 「はじめまして、皆さま。わたくしがハジャイルですわ」


 

 〈つづく〉

 

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