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第3話 第四種接近遭遇《フォース・カインド》

 「それで、えーと乃々間(ののま)ノマちゃんだっけ? 君は2023年の火星から、2001年のこの地球へタイムトラベルしてきた、と。そしてその目的は、今から22年後の2023年に地球の全生物が謎のウィルスによって滅亡するので、それが起きる前に原因をつきとめて滅亡から地球を救うためだ、と。……そういうことだね?」

 中年男はビデオカメラでノマを撮影しながら言った。

 「そうだ。その要約で概ね正しい」

 ノマはそう答え、机の上にちょこんと腰をおろした。

 「フツーはそんな話信じないよね?」

 と中年男はわざとらしく困った顔をしてみせた。

 「そう思う。私自身、話しながらまるでB級SF映画みたいだなと……」

 「だが――」

 と、中年男は力強く立ち上がった。

 「ボクはフツーじゃあないからね。ノマちゃんの言葉を一語一句信じるよ」

 「そ、そうなのか……。ところでさ、アンタは誰なんだ?」

 「おっと。これは失礼」

 と中年男は机の引き出しから名刺を一枚取りだしてノマに渡した。

 ノマが名刺の印字を音読する。

 「〈オカルト研究家 フェレンゲル木村〉――。って、めちゃくちゃ怪しいな!」

 「ああ、肩書は一応そうなってるけど、UFOやUMA(ユーマ)や都市伝説の研究もやってるから」

 「全部同じカテゴリーだろうが!」

 「これだからトーシロは……」

 と木村は不敵な笑みを浮かべた。

 「そんなんでどうやって生計立ててるんだよ?」

 「おもにオカルト雑誌の執筆だねェ。あとは、ホラーDVDの監修とかシナリオの仕事もたまに。ラジオに出たりすることもごくたまぁにあるかな。ちょっと変わったところだと、UFO系電波ソングの歌詞を書いたりとか」

 「どんな歌なんだ?」

 「『第四種接近遭遇』って曲なんだけど――♪キャトり キャトられ ミューティレーション♡ キューティ ミューティ ミューティレーション♡ イェイ!イェイ!イェイ!♪――」

 ノリノリで歌う木村に呆れてノマはため息をついた。

 「もういい、歌わんでいい。それは売れたのか?」

 「300枚ぐらい?」

 「だろうな」

 「倉庫にCDいっぱいあるから好きなだけ持ってっていいよ?」

 「いらねぇよ」

 「ぐすん……」

 木村は肩を落とし悲しそうな顔をした。

 「キモっ。『ぐすん』って口に出して言うヒトはじめて見た……」

 「キモって言わないで」

 「じゃあなんて言えばいい? 生理的にムリって言ったほうがいい?」

 「もっとひどくない?」

 「そんなことより――」

 「ボクの作品を〈そんなこと〉って言わないで~」

 「〈そんなこと〉だよ! ああもう面倒くさいなあ……。それで、そのオカルト研究家の木村氏がどうして――」

 「フェレンゲルって呼んで♡」

 「そんな妙なペンネームで呼びたくねぇよ! なんだよフェレンゲルって」

 「フェレンゲル=シュターデン現象って知らない? オカルト界隈だとわりと有名だよ」

 「知らんし」

 「ナチスドイツの時代、シュターデン博士が飼っていた愛猫のフェレンゲルは――」

 「説明しなくていいから。ほんとうに。ほんとうに要らないから」

 「ほんとうに?」

 「ほんとうに。誓って」

 「そう……」

 木村は寂しそうな顔をした。

 あっ……。きっとこの人は、家族も友人もおらず、人と話す機会がほとんど無いから、こうやってたまに他人としゃべるとどうでもいいことまで話したくなってしまうのだろう。ノマはそう思い、木村のことを少し気の毒に感じた。

 「……そもそも、なんで木村が私をアンタの自宅に連れ帰ってるんだよ。あと、この服。誰のこれ? ちゃんと説明してもらおうか?」

 「あ、その服はボクのだよ。ボクが子供のときに着てたヤツ」

 「ウゲッ……そんな古い服がとってあったのかよ……。何十年前のだ? なんか臭いな」

 ノマはシャツの匂いを嗅いで、ミカンの皮の匂いを嗅いだ猫のように顔をしかめた。

 「たぶん防虫剤の匂いなんじゃないかなぁ?」

 「防虫剤がこんな匂いするか? なあ、ファ◯リーズみたいなもの無いか?」

 「ああ除霊スプレーね。あるよ」

 と、木村は棚からファ◯リーズを出してきた。

 「除霊スプレーじゃないだろ、消臭スプレーだよ。なんだよ除霊って、まったく……」

 ノマはファ◯リーズを自分の全身に噴きかけた。

 さらには木村にもファ◯リーズを噴射した。

 「うわ、何するのッ?! ボクは霊に憑かれてないぞ!」

 「いや、普通に臭いんだよ。煙草の匂いと、あとニンニク臭」

 「あ、そう? 自分ではわからないなぁ。仁丹食っとこ。ノマちゃんも仁丹食べる?」

 と仁丹をボリボリ噛み砕く木村。

 「何それ。要らねぇよ」

 「未来には仁丹が無いのか……」

 「あるかも知れないけど、少なくとも幼女は食べないぞ」

 「そうなの? 美味しいのに?」

 「うん。食べない。……てゆうか、そんな話はどうでもいいからさぁ。早く本題のほうに行ってくれませんか、センセイ」

 「あ。そうだったそうだった」


 木村によると、ノマを発見したのは次のような経緯だったという。

 その日の早朝、彼がいつも記事を書いている雑誌の編集者から転送されてきた電子メールの情報を頼りに、取材するべく自宅から数十キロ離れた襟猗(えりあ)村に自家用車で向かった。メールには、昨夜、休耕田のあたりで強烈な発光現象があり同時に大きな爆発音のようなものが聞こえたと書かれていた。さらには村の上空にオーロラに似た光が数十分にわたり見えていたという。メールにはデジカメで撮影された不鮮明なオーロラの写真も添付されていた。木村はそれらの怪現象がUFOに関係するものだと直感的に思った。

 現地に到着した木村は、メールに書かれた目印になる自然物や人工物を頼りにおおよその位置を特定した。そして調査を開始して1時間が経とうとしていたとき、ミステリーサークルを発見し、さらにはそのほぼ中央に横たわっていたノマを見つけたのだった。

 木村は最初、宇宙人が倒れているのだと思った。しかし近づいて見るとそれは人間、人間の子供であることがわかった。全裸だった。子供の体からは白い煙が出ていた。木村はブルーシートで子供を包み、自家用車に乗せた。


 「意識が無かったんだよな? どうして病院に連れていかなかったんだ?」

 と、ノマは疑問を口にした。

 「あー。そういう発想にはまったく至らなかったなあ。第一、宇宙人である可能性も完全には捨てきれなかったし。まあ、普通に呼吸してたし、ケガとかも無かったから。……それに、ボクみたいなオジサンが赤の他人の幼女――それも一糸まとわぬ素っ裸の幼女――を担いで病院になんか行ったらおかしいでしょ?」

 「おかしいというか、何らかの犯罪性が疑われても不思議は無いわな」

 「だよねェ」

 「私の体から白い煙が出ていたと言ったな? その、なんとかサークルの中で」

 「ミステリーサークルね。まあこれは日本独自の呼び方であって、(つう)の間では〈クロップサークル〉と呼ぶね。……うん、ノマちゃんの体から出ていた白い煙だが、最初はエクトプラズムかもとも思ったが、どうも一般的なエクトプラズムとは様子が違っていたんだな。だからボクはこう仮説を立ててみた」

 「ほう。聴かせてくれ」

 「タイムトラベルの過程で衣服が焼け焦げたためではないかと。まあ焼け焦げるといっても、通常の焦げ方とはまるで違う、そう……なんて言うか、分子レベルで分解されるような焦げ方」

 「なるほど、それで私の肌には火傷も何も無いわけだ」

 「おそらくだけど、タイムマシンは生きた細胞以外を別の時空ポイントに移動できないんだと思う。混入した異物は分解されてしまうんだと思う」

 「うむ、なかなかに説得力のある仮説だな。ミステリーサークルのほうはどう説明できる?」

 「たぶん、タイムマシンによってこじ開けられた時空の穴の副産物なんだろう。穴の直径がすなわちミステリーサークルの直径というわけ。上空にオーロラが出たというのは、タイムマシンによって時空が歪められたときにそのあたり一帯の磁力線も一緒に歪められたからだと思う……」

 「やるな、ちょっと見直したぞ木村」

 「えへへへ」

 「笑い方がなんかキモいんだよな」

 「ノマちゃん辛辣~」

 「そうかぁ? 思ったことをそのまま言ってるだけなんだが」

 「それがヒトを傷つけるんだと思うよ。もうちょっとフツーの幼女っぽくできない?」

 「私は幼女じゃないから! いや、今は体が幼女になってるけど……、中身は大人だから! 中身は28歳の熟女だから!!」

 「ねえ、そっちのほうがキモくない?」

 「!?」

 ノマは何も言い返せなかった。たしかに6歳の幼女の体に28歳の熟女の精神が入っている状態というのは、考えようによってはかなり不気味で気色の悪いことだと言える。

 「ひとつ、私のなかで解決されていない大きな謎があるのだが……」

 と、ノマが心なしか元気のない声で言った。

 「なにかな?」

 「私が幼女になった理由だ」

 そう言うと同時にノマの腹が鳴った。

 木村はやはり不気味に笑い、

 「ご飯にしよう」

 と言った。


 

 〈つづく〉

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