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第29話 地獄の人工ウィルス

 「お前がその人工ウィルスを今ここで使用すればお前自身も無事ではないはず」

 とノマが毛瀬を睨んで言った。

 毛瀬は微笑んだまま説明した。

 「ご心配はありがたいのですが、無用です。私はすでに〈ゲヘナ99〉を無効化するナノマシンを自分の体内に入れています。いわばワクチンのようなものですよ。ワクチンが存在しないウィルス兵器にはまったく意味が無いですからね。こういうものを開発するときはワクチンとセットで開発するのがセオリーです」

 「御高説は結構だ。とっとと私たちを殺したらどうだ」

 というノマの言葉を聴いて毛瀬はわざとらしく頭を左右に振った。

 「ひとつだけ知っておいてください。私は別にあなたがたに恨みがあって死に至らしめるのではありません。そこだけは勘違いしないでください。偉大な目的のために必要な犠牲なんですよ」

 「ふん。マッドサイエンティストが言いそうなセリフだな。どうせこれまでにもたくさんの生物を実験体として殺してきたんだろう?」

 「ええ、ええ、そうですよ。これまでにじつにたくさんの様々な生物で実験をおこなってきました。クマムシ、ミミズ、ネズミ、猫、犬、サル、羊、牛――。そうそう、牛に人間のDNAを組み込んだキメラも使いましたよ。結果はいずれも素晴らしいものでしたよ。彼らはデータのために貴重な命を私に捧げてくれました。私はねえ、早く人間を使って実験をしたくてしかたがなかった。遠足が待ち遠しい子供のようにね、ずっとこの日が来るのをウズウズして待ち焦がれていたんですよ。わかりますか、この気持ち? ――ようやく人間で実験できるんです、嬉しくてたまりませんよォ」

 「なあ、サイコパス野郎。オレたちはどうせ死ぬんだし、ひとつ教えてくれよ。慧里彌様ってのはどこにいるんだ? オレは今までずっと慧里彌様を探してきたんだ。けど、まったく手がかりが掴めなかったぞ。どこに隠れてるんだ?」

 と零が毛瀬に訊いた。

 「慧里彌様は別に隠れてなどいませんよ。HAJILE(ハジャイル)をご存知ですか?」

 「たしか、最近話題の〈美少女教祖〉の名前ですね……」

 と藍がつぶやく。

 木村が説明する。

 「〈ハジャイルの奇蹟〉という新興宗教団体の代表だな。自称12歳のたいへんな美貌の持ち主で、自分は宇宙から来た救世主だと言っている。一部ではキリストの再来と騒がれてて、人々の目の前で様々な奇蹟を起こして見せるという。水をワインに変えたり、水の上を歩いたり、病気を治したり。そういう派手なパフォーマンスで、信者の数を急速に増やしているらしい。最近はテレビ出演も多いし、ネットの掲示板でもその奇蹟が本物なのか激しい議論になってるな」

 「そのハジャイルですよ。それが慧里彌様の今のお姿です」

 と毛瀬。

 「ええッ!? 美少女に化けて布教活動なんかをしていてたのか。いったいなぜそんな……?」

 零は驚きを隠せなかった。

 「救済対象者を選び出すためですよ。救済される14万4000人に選ばれるためには慧里彌様への絶対的な帰依が必要条件です。ご自分を崇める信者たちの中から選ぶのは理に適っています」

 「――だとしても、どうして美少女の姿になんか……?」

 「わかりませんか? 今のこの資本主義の世界では、()()()()が重要なんですよ。私のような、あるいはあなたのような、オジサンではダメなんですよ。単に胡散臭(うさんくさ)いと思われておしまいです。しかし、美しい少女であればどうでしょうか? 人々がその周囲に集まり、進んで自分を投げ出そうとする。アイドルのビジネスと同じですよ。〈アイドル〉の元々の意味をご存知ですか? そうです〈偶像〉ですよ。元は宗教用語です。神の姿を刻んだ像ですよ。ユダヤ教は偶像崇拝を厳しく禁止していました。なぜでしょうね? それが人間にとってとても魅力的な行為だからですよ。人間は形があるものに安心するのです。逆に、目に見えないものを人間は不安に感じる。神や霊、そういったものです。真・善・美なんていうものも同じですねえ。言葉で言われてもそういうものの存在や価値を信じることができない。しかしどうでしょう、神や真理や美が確かな姿をもっていたとしたら。人間は、その魅力に抗うことができなくなるんです」

 「悔しいが、お前の言う通りだ……。ケイド人は賢いな」

 零は降参だという感じに目を閉じた。

 「おしゃべりはそろそろおしまいにしましょう。最期に言っておきたいことなどはありませんか?」

 「この、ウンコ野郎! 死ね死ね! 地獄に落ちろ!」

 とノマが大声で罵倒する。

 「あんた、絶対にぶん殴ってやるからね! 覚悟しときなさいよッ!」

 と亞月は毛瀬に中指を立てて見せた。

 「かはは、下品ですねえ。これから死ぬ人間がどうやって私をぶん殴るんですか?」

 そう笑いながら毛瀬は、試験管がセットされた装置のボタンを押し、

 「今、タイマーが作動しました。ここにカウンターが表示されているでしょう。この数字がゼロになったらその小部屋(ブース)のなかに〈ゲヘナ99〉が流れ込みます。さあ、あと20秒。……15秒。……10、9、8、7――」

 と嬉しそうにカウントダウンしていく。

 「くそう……これまでかッ」

 木村は悔しそうに歯ぎしりして目を閉じた。

 藍と零の親子は抱き合った。

 亞月はしゃがみ、ノマを抱きしめた。

 「来世では結婚しようね……」

 「――4、3、2、1、0!」

 毛瀬のゼロのカウントとともに、天井からガスが噴き出した。

 「……」

 小部屋の様子を見つめる毛瀬。

 「ゴホッゴホッ……」

 「何だ、この気体……」

 「……なんか甘い匂いがします」

 小部屋内の実験体たちの様子はとくに苦しむわけでもなくこれまでと変わっていなかった。

 「甘い匂いだと!?」

 毛瀬は慌てた。ゲヘナ99とは違う何か別のものを実験に使ってしまったというのか……?

 

 「フォッフォッフォッフォッ~」

 という奇妙な笑い声とともに、実験室に背の低い人物が入ってきた。

 顔には宇宙人のお面をかぶっていた。

 「何者ですかッ!?」

 毛瀬は振り返り、とっさに白衣の内側に手を入れた。外側からは見えないが、おそらくは拳銃でも隠し持っているのだろう。

 背の低い人物は、自分の喉を手でトントン叩きながら奇妙な声で言った。

 「ワレワレワウチュウジンダ」

 

 

 〈つづく〉

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