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第28話 悪魔の実験室

 ノマが目覚めたときは、――やはりガラス張りの部屋の中だった。

 だが、意識を失ったときとは異なり、格納庫ではなく照明が強い実験室のような場所だった。その空間の中央にガラス張りの四畳半程度の部屋があった。ノマたちはその中に閉じ込められていた。

 ノマは隣で眠っていた亞月の肩を揺らした。

 亞月は目を覚まし、ゆっくり上体を起こした。

 「ノマちゃん……どこなの、ここ?」

 「わからない」

 答えながらノマは藍も揺り起こした。

 「気分が悪いです……」

 と、つぶやきながら藍が起きた。

 「吐いていいぞ」

 ノマは木村を揺すった。しかし反応が無かった。

 「木村、起きろ。木村」

 呼びかけながらノマが何度も揺らす。けれどもやはり木村は動かなかった。

 「生きてますか……?」

 と藍が心配そうに尋ねた。

 ノマは木村の胸に耳を押し当てた。心音が聴こえた。

 「おい、起きろ!」

 ノマは木村の腹部にパンチした。

 「うぐぅッ……」

 うめき声を発しながら木村が体を丸めるようにして目を覚ました。

 「――ちょっと痛かった」

 「ちょっとだろ、我慢しろ。こんなときに呑気に寝てるヤツがいるか」

 ノマは部屋の隅に(うつむ)きで倒れている人物がいることに気づいた。中年の男だった。

 ノマは男の背中を指でつついた。反応は無かった。何度か背中に刺激を与え続けていると、男が寝返りを打った。顔が見えた。

 「お父さん!」

 と藍が言った。

 その男は肉丼屋の店主だった。藍は眠っている男の顔を何度か平手で叩いた。男は目を覚まし、藍を見て驚いた。

 「あ、藍……ど、どうして?」

 「むしろ私が訊きたいです、なぜお父さんがこんなところに……?」

 藍は少し怒って言った。

 藍の父親は上体を起こし胡座をかくように座った。

 「藍、ケガは無いか?」

 「はい、ちょっと頭痛がしますが平気です」

 「……オレは、ずっと調べてたんだ」

 「何をです?」

 「この研究所の秘密だよ。店の食材を仕入れに来たふりをして地下の研究所に忍び込んだんだ。……しかしちょっとヘマをしちまった。警備員に見つかって、気づいたら独房に閉じ込められてた。だけど、数時間前にクスリで眠らされて、気づいたらココに――」

 「それで何日も家に帰って来なかったんですね……。心配してたんですよ」

 「すまん、連絡する手段が無かったんだ」

 藍の父親はそう言い、ノマたちのほうを見た。

 「――き、君たちは、たしか先日ウチの店に来た……」

 「お前、宇宙人側の人間じゃなかったんだな。誤解してたぞ」

 とノマ。

 藍の父親が名乗った。

 「オレは伊馬煉零(いまねり こぼる)。〈零〉って書いて〈こぼる〉って読むんだ」

 「ボクはフェレンゲル木村、オカルト研究家だ。そして、こっちはボクの妹で助手の亞月――」

 「助手になった覚えはないわよ。……みんなアンコって呼んでるからアンコでイイわよ」

 「私は乃々間ノマ。こう見えても生物学博士だ」

 零は目を白黒させた。

 「……博士!? こんな小さな幼女が? 何かの冗談か?」

 「冗談ではありません、本当です」

 と藍が言う。

 「君たちは家族じゃなかったのか……? いったいどういうチームなんだ?」

 「話しはじめると長くなるから詳しい説明はココを無事に脱出できたらな」

 とノマは零の肩を叩いた。


 足音がして人が実験室の中に入ってきた。

 「――脱出できたら、ですか。それは無理です」

 声の主は毛瀬戒十郎だった。

 「毛瀬!」

 「あなたたちは誰一人としてこの施設を出ることはできませんよ。生きた状態ではね」

 毛瀬はまっさらな白衣のポケットから試験管を一本取りだした。濁った黒い液体が入っており、ゴムの栓がされていた。

 「これが何か、わかりますか? わかりませんよねえ」

 愉しそうに毛瀬が言った。

 「何だ? もったいつけずに言ったらどうだ」

 と木村。

 「教えてさしあげましょう。――これは一種の兵器です。慧里彌様の故郷の星〈ケイド3号星〉で開発されたナノマシンに私たちが少し手を加えました。サイズは約0.5ナノメートル。原子より少し大きいくらいでしょうか。すごいでしょう。まだ試作段階ですけどね――」

 「つまり……人工ウィルスか」

 ノマがガラス壁をバンッと両手のひらで強く叩いた。

 「かははは。そうです、地球人の概念で言えば人工ウィルスがいちばん近いですねえ。しかし、過去に造られた人工ウィルスとはレベルが違うんですよ。これは〈準4次元構造体〉なのです。まあ簡単に言えば、3次元の物体では決して侵入できない完全に密閉された場所や、数キロの厚さの岩盤の下にまで難なく到達できる性能があるということです。私たちはこのナノマシンを〈ゲヘナ99〉と名付けました。これを細胞内に取り込んだ生物は、細胞核を内部から燃焼され100秒以内に死に至る――」

 「それをどうしようって言うんだ?」

 「愚問ですねえ、もちろん〈最後の日(ハルマゲドン)〉に使用するんですよ。今は不活性化する液体に溶かしてありますが、空気に触れると液体は一瞬で気化します。すると中に入っていたナノマシンはそれを活動開始の合図と認識し、活発に動き出します。そうしたらもうどんなことをしても止められませんよ。その瞬間から生物の細胞内に潜りこんで爆発的速度で自己増殖していきます。命ある物はすべて絶命していくでしょうねえ。――ああ、見ものだ。私はその時を早く自分の目で見てみたい」

 そう言って毛瀬は嬉しそうに笑いながら試験管を頬ずりした。

 「あの人気持ち悪いです……」

 と藍は木村にしがみついた。

 「私もノマちゃんに頬ずりとかするけど……、ウィルスに頬ずりとかさすがに引くわぁ」

 亞月が口に手を当てた。

 「狂人だな。本物のマッドサイエンティストだ」

 とノマ。

 「ああ。頭が完全にイカれていやがる」

 零はそう言って唾を床に吐き捨てた。

 毛瀬はウキウキした様子で手に持っていた試験管を装置にセットした。 

 「今から私が何をするか分かりますか? クッフフ、薄々わかっていますよねえ、違いますか? そうですよ。あなたたちをこの〈ゲヘナ99〉の実験台になってもらうのです。喜んでください、あなたたちは栄えある人間の実験体第1号なのですからね」


 

 〈つづく〉 

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