第27話 グレート・リセット
「オリジナル……ということは、これと同じようなものが他にもあるというのか?」
木村は振り返り毛瀬に問うた。
毛瀬は嬉しそうに説明した。
「最初の一機を造るのはほんとうに大変でしたが、コツさえつかめてしまえば量産はそれほど難しいものではありませんでしたよ。――120機、私たちはコレを造ろうとしている。日本を含む120ヶ国がこの計画に参加し秘密裏に進めています。参加国は1国につき1機を保有できるルールになっています。30年かかってようやく70機程度が完成したところですよ」
「120機!? そんなに大量に造って何をしようというんだ! 戦争か!?」
木村が声を荒らげた。
「いやだなあ、違いますよ。武器なんか積んでいません。純粋に人を宇宙に運搬するためのものですよ。1機につき1200人の人間が搭乗できます。このサイズの乗り物にどうやって1200人も乗るのかと不思議に思われていますね? 見た目よりも内部はずっと広いんですよ。〈量子空間展開法〉と私たちは呼んでいますが、ようは内部が三次元ではなく四次元だということです」
「これで宇宙に移住しようってことか?」
「まあそんなようなものです。ノアの方舟の話は知ってますよね? 旧約聖書を読んだことが無い人でもあの話は知っている、そのくらい有名な話です。慧里彌様がやろうとしているのはそれととても似ています」
「――大洪水でも起こすっていうのか?」
「いやいや、それはコストがかかりすぎます。すべてが氷でできた小惑星か彗星でも地球に落とせば可能かもしれませんが、あまりに非効率な方法です。――あなたにもうひとつ質問してもよろしいですか? 〈千年王国〉というのをご存知ですかな?」
「たしか『ヨハネの黙示録』に書かれているハルマゲドンの後に訪れるというキリストの王国――だったか?」
木村が思い出しながら答えた。
「正解です。このケイド・シップは人々を千年王国に連れて行くための方舟なんですよ」
「その人々っていうのは誰のことだ? まさか人類全員を連れて行くってわけじゃないんだろ?」
「勘がイイですね。『ヨハネの黙示録』にはどう書かれているかご存知ですか?」
「えーとたしか、ハルマゲドンの時、14万4000人が神によって救われる――だったはず」
「正解です。慧里彌様は人類の中から14万4000人を選別し、最後の日に救済すると約束されたのです」
「待て待て、14万4000人以外の人間はどうなる?」
木村のその言葉を聴いて毛瀬は大仰に笑った。
「かははははッ! 決まってますよ。もちろん、――全滅です。人間だけではありません、地球上の全生物が例外なく絶滅するのです」
「なんだと……」
「私たちは、これを〈第六の大量絶滅〉と呼んでいます。またの名を〈グレート・リセット〉。神による生物創造のそのまったく逆のことが行われるわけです!」
「ふざけるな!」
とノマが叫んだ。
「ふざけてなどいませんよ。これは慧里彌様のたいへん重要な計画なのです。私たちはこの地球にケイド人の皆様1200万人をお迎えするために、彼らの母星とそっくりな環境を再現するべく慧里彌様と一緒に〈地球ケイド化計画〉をずっと進めてきました。もうじき、この地球は恵みの地という意味の〈恵土〉という名前に変わります。――私たちは、慧里彌様の計画に全面的かつ献身的に協力する、その見返りとして肉体も魂も〈救済〉していただく。完全にウインウインだとは思いませんか?」
「お前はッそれでも人間かッ! お前たちは自分らが助かるためにケイド人にこの地球を売り渡そうとしてんだぞ!」
ノマは激昂して叫んだ。
対して毛瀬は菩薩のごとき柔和な笑顔を作って言った。
「――慧里彌様はこう仰っています。人間時代の価値観や倫理感などはなるべく早く捨てなさい、と。……知っていますか、14万4000人が〈救済〉された後、どうなるか? 〈脱肉〉するんです。私たちは有機体のカラダを脱ぎ捨てて魂だけの存在になるんです。人種、性別、年齢、美醜、そういった人を差別的意識で苦しませる差異は一切消滅します。さらに、魂が再び受肉することがないように魂に刻まれたノイズ的な個体情報は消去され、私たちはまっさらな幾何学的存在になるのです。均質でアノニマスな存在として永遠に楽園で生き続けるんです」
「気色悪いです……」
と藍が小声でつぶやいた。
「そんなわけのわからん存在になってまで生き続けたいのか? お前たちは」
ノマは眉を強く顰めて言った。
毛瀬は満面の笑みで両腕を大きく広げた。
「もちろんです! そのために私たちはすべてを慧里彌様に捧げてきたのです!」
「なあ木村。こいつの喉を撃ち抜いてかまわないか?」
ノマは毛瀬に向けたレールガンの安全装置を解除した。
「待て。こいつを殺したとしてもこいつらの計画自体は変わらないぞ」
木村はノマを止めようとした。が、ノマの殺意は本物だった。
「おい、毛瀬とか言ったな。お前――、全生物を絶滅させるウィルスについて何か知ってるんじゃないのか?」
毛瀬の顔から笑みが消えた。
「ウィルス? ……いったい何の話です?」
ノマは毛瀬の表情の変化を見逃さなかった。疑念が確信に変わった。
「やはりそうか。藍、そいつに触れろ!」
「はいッ」
藍は毛瀬の腕をつかんだ。――はずだったが、藍の手は空中を虚しく掻いただけだった。
「えッ!?」
「幽霊!?」
と驚く亞月。
「ホログラムか!」
木村が光学的トリックを見抜いた。
「ご名答! これもケイド人のテクノロジーですよ」
毛瀬がそう言った次の瞬間、床からガラスのような壁が素早く隆起し、ノマたち四人を取り囲んだ。
「何だッ!?」
「かはは。まるで虫籠の虫ですねえ!」
毛瀬は手を叩いて愉しそうに笑った。
亞月がガラス壁をバンバンと叩く。
「なんなのこれッ!」
「アンコ、バットだ。バットで思いっきり殴れ!」
とノマ。
亞月はロング缶バットを延ばし、ガラス壁に向かって力いっぱい叩きつけた。しかし、壁には傷ひとつつかなかった。
藍はコンパウンドボウで矢を放った。しかし矢はガラスに弾かれ跳ねかえって床を転がった。
ノマもレールガンを放ったが、射出されたボルトは跳弾し木村の安全靴に当たった。
「危なッ!」
と焦る木村。
「すまん、意外と威力あるんだなコレ」
「ボクがやろう」
木村は日本刀を構えた。そして「ヤッ!」という気合とともに壁に向かって日本刀を力いっぱい振り下ろした。が、刀身が曲がってしまった。
「クソっ……やっぱり安物はダメだな」
しばらく虫籠のなかの騒動を眺めていた毛瀬はもう見飽きたのか、くるりと後ろを向き手を挙げユラユラと揺らした。
「私は忙しいのでこれで失礼するよ。――では、ごゆっくり」
床の小さな穴から薄い赤色のガスが噴き出しはじめた。
「あれっ力が……」
とノマは言いながら手に持った武器を落とし、そのまま崩れるように倒れてしまった。
「ノマちゃん!?」
そう呼びかけた亞月もすぐに後を追うように倒れた。
「催眠ガスかッ! 藍ちゃん、息を止めるんだ!」
木村がそう呼びかけたが、時すでに遅く藍も強制的な眠りの沼へと引き込まれていった。
息を止めていた木村も限界になってきた。
木村は、遠ざかっていく意識の底で、死を覚悟した。
〈つづく〉




