第2話 運命の出会い
乃々間ノマが地球に到着したとき、彼女は幼女になっていた。
幼女になった状態で、休耕田にできたミステリーサークルの中央に、全裸で倒れていた。
ノマは気を失っていた。おそらくタイムトラベル時の何らかの影響なのだろう。
ノマが気がつくと、ベッドの上だった。
「私……どうして……」
何がどうなったのかよく思い出せなかった。たしか、火星にいて……それから……。
ノマは起き上がり、部屋の中を見回した。全身を映せる大きめの鏡があった。自分の姿を映して見てみた。幼女だった。6歳くらいだろうか。
幼女……だと?
頭が混乱した。私は28歳の熟女だったはずだ……。それがどうしてこんな姿に。わけがわからない。
「そうか」
ノマはあることに思い当たった。これが〈異世界転生〉というやつなのかもしれない……。
「いやいやいや」
そんな非科学的なことがあるはずがない。私は科学者なのだ、都市伝説だのオカルトだのといったエヴィデンスのない非科学的なものからはずっと距離をとって生きてきたではないか。転生なんてあるわけがない。……だんだん思い出してきたぞ。
ノマは思い出した。
少し前まで2023年の火星にいたこと。火星人が造ったと思われるタイムマシンに入って、22年前の地球に旅立ったこと。そしてその目的は人類を含む全生物が全滅したあのパンデミックを未然に防ぐこと――。すべてクリアに思い出した。
ノマは部屋を出た。
「おい、誰か! 誰かいないのか?」
大きな声をはりあげてみたが、家の中は静かなままだった。
見たところ、この家は木造2階建ての民家のようだった。その2階にいるらしかった。
ノマは階段を降りた。
廊下を歩いていくとカチャカチャという音が聞こえてきた。メカニカルキーボードのタイピング音だ。誰か人がいるのは間違いない。
襖をそっと開けてみた。
和室で男がPCに向かってキーボードを叩いていた。男がノマのほうを振り返った。50歳くらいの冴えない感じの中年男だった。
「ああ、目覚めたん――」
中年男が言い終わらないうちに、ノマが大声で言った。
「今は何年の何月だ!?」
それを聴いて中年男が不気味な笑みを満面に浮かべた。
「ほほぅ」
「何年の何月だ。教えろ」
「それそれ。その言葉をリアルで聴けるとは思ってなかったよ。うふふ。君はタイムトラベラーだね?」
興奮気味の中年男。
「そうだ。私は――」
説明をしようとしたノマの言葉を中年男が遮った。
「あ、ちょっと待って、ちょっと待って。この記念すべきインシデントを記録しておきたいからね……」
中年男は机のビデオカメラを手に取り、慣れた手つきで操作して録画を開始した。
「あ、もう一回『今は何年の何月だ!?』からやってもらっていい?」
「はあ?」
「頼むよ。あとでお菓子あげるからさ」
「お菓子だと? バカにするな! 私はこう見えても――」
「まあまあ落ち着いて。じゃあお金あげるから。お金なら、欲しいでしょ?」
たしかに地球で生活するためには金は必要だ。もらえるのならもらっておきたい。
「わ、わかった……やればいいんだな。……い、今は何年の何月だ!」
「うーん、さっきと違う。ちょっと噛んでるし、なんか切迫感がない」
中年男は不満そうだった。
「ワンモアプリーズ」
「今は何年の何月だッ!?」
「うーん、ちょっと力みすぎかなあ……もっと自然に」
「自然ってなんだよ」
「君の魂自身が発声してるみたいな感じで」
「わけわかんねぇ演技指導してんじゃねえよッ!! 魂って……そんな有るのか無いのかわかんねぇもん意識したことねぇからできるかよッ!」
「クールダウン、クールダウン。あと、言葉遣いがガサツで良くないなあ……。もうちょっとお淑やかにしゃべってみて?」
「ったく……。今は何年の何月……でしょうか?」
「うーん、弱いなぁ。もう1テイク」
「今は何年の何月なのでありますか!?」
「あ、いいねぇ。いいねぇ。あーでも、鳥の鳴き声入っちゃったからもう1回やってもらっていい?」
「いいかげんにしろッ!! そのカメラ壊すぞ」
ノマはこれまで感じたことのない疲れを感じた。
「わかったわかった。そんなに怒らないでよ。ボクは記録をちゃんととっておきたいだけなんだから……」
「で。何年の何月なんだよ?」
ノマは中年男を睨んだ。
「知りたい?」
「知りたいから訊いてんだよッ!」
ノマは中年男の脛を力いっぱい蹴った。
「いぃッてぇェ……」
中年男は涙目になりながら、今が2001年7月21日であることをノマに告げた。
ノマはこの日、500円をゲットした。
〈つづく〉