第19話 ノノとノマ
亞月が目を覚ますと、車窓の外は見慣れない景色になっていた。
「……あれえェ。ここどこ?」
と亞月は半ば寝ぼけながら尋ねた。
「K市だ」
と木村が軽自動車を運転しながら答えた。少し勢いはおさまってきたが雨がまだ降っていた。
「K市? どうして?」
「すまん、アンコ。あとでちゃんと説明する」
と、ノマが言う。
木村は軽自動車を停めた。
「ノマちゃん、文房具屋だよ」
「木村、助かる」
と言い、ノマは自動車から降りた。
「ボクたちは隣のファミレスで待ってるよ。買い物終わったら来てね」
「ああ」
とノマは返事をすると、小走りで文房具店に入っていった。
ファミレス店内。
木村と亞月はテーブルにつき、昼食をオーダーした。
「ノマちゃんどうしたの? なんか思いつめたような顔だったけど」
「ノマちゃんにはノノという名の双子の妹がいたそうだ」
「いた? ……てゆうことは、まさか」
「そのまさかだよ」
「そう……」
亞月は目を伏せた。
しばらくして、ノマが店に入ってきた。木村たちを見つけて、同じテーブルについた。
「すまん、待たせたな」
「先に注文したよ。ノマちゃんも注文しなよ」
と木村。
ノマは店員を呼び、ドリンクバーを注文した。
「それだけでいいの?」
と亞月。
「ああ、ちょっとやることがあってな」
とノマは文房具店で購入したレターセットをテーブルに拡げ、便箋に文字を書きはじめた。
「――手紙?」
と亞月が訊く。
「悪いが、書き終わるまで話しかけないでもらえるか。集中して書きたいんでな。……書き終わったら全部説明する。アンコに手伝ってもらいたいこともあるし」
ノマはそう言い、ボールペンを走らせた。
亞月に手紙の冒頭の文字が見えた。
ノノへ
* * *
乃々間ノノは乃々間ノマの双子の妹で、6歳だった。
今年に小学一年生になったばかりだった。
ノノとノマは外見がそっくりだったので、周囲の人もよく区別ができていなかった。
2人はときどき、名札を交換して、学校内で入れ替わったりするイタズラをして遊んでいた。
しかし、じつは簡単に区別する方法があった。ノマの利き手は右で、ノノは左だったのだ。鉛筆を持つ手も反対、傘を持つ手も反対、ボールを投げる手も反対だった。靴やパンツを履くときの足の順番も左右逆だった。
だから、2人はまるで実像と鏡像のようでもあった。
ノノは、自分がノマの鏡像だという妄想を持っていた。本当は自分はこの世界にいないんだ、と漠然とそんなふうに思っていた。
ハキハキ物を言い積極的に動くノマに対して、声が小さく引っこみ思案なノノは、親や先生たちから姉のようにもっとしっかりしなさいと小言を言われることが多かった。
その日、ノノとノマは父親の真之介と一緒に市立図書館に来ていた。夏休みの読書感想文のための課題図書を借りるためだった。
ノノとノマは2人で仲良く課題図書を選んでいた。
「こっちの本、面白そうだよ」
「うーん、でも、あんまり絵がないよ。文字ばっかりだよ」
「じゃあ、こっちの本は?」
「絵がカワイイね。これにしようかな?」
可愛らしい幼女たちがそんな可愛らしいやりとりをしている。
父・真之介は少し離れたところで科学雑誌を読んでいた。娘たちから目を離さないようにときどき娘たちのほうをチラチラと見ている。
そんな真之介に声をかけた人物がいた。
「あの、すみません」
真之介が声のほうを見た。彼よりも10歳ほど年上の中年男だった。バケットハットをかぶり、不織布マスクをつけていた。なんとなく怪しい雰囲気が漂っていた。
「あはい、なにか?」
と真之介が応じる。
「『月刊ウー』という雑誌を探しているのですが、見つからなくて……。どこの棚にあるかご存知ないですか?」
「月刊ウーですか? 聞いたことがない名前の雑誌ですね。登山雑誌かなにかでしょうか?」
「オカルト雑誌です」
「オカルト……? 占いとかそういう系ですか?」
「まあ、そんなもんです。こう見えてもボク、魔法使いなんですよ」
「はあ……。そっち系は、私は疎いのですが、たぶん向こうの棚だと思いますよ」
真之介は困惑した表情を見せて、娘たちがいる方とは反対のほうの棚を指さした。
そんなやりとりがおこなわれていた同時刻――
――サングラスをかけた20代半ばほどの女がノノとノマのところに現れた。
「あのォ~。お嬢ちゃんたちィ~」
と女が声をかけた。
「……」
ノノとノマは同時に女を見上げた。しかし何も言わなかった。
「あらァ~。カワイイわねえェ~お嬢ちゃんたち。ねえねえ、ちょっと教えてくれない?」
とサングラス女。
「……知らない人に話しかけられても無視しなさいって、お父さんが――」
とノマが女に向かって言った。
「あ。あたしねえ、木村亞月。26歳。無職。知り合いからはアンコって呼ばれてるのよ。……ほうら、自己紹介したからもう知らない人じゃないよね? よね?」
「う、うん」
とノノがうなずく。
「ちょっとトイレの場所を教えてくれないかなあ? ね、お願い? 漏れそうなのよ~」
と亞月が身をよじる。
「いいよ」
とノマ。
「ねえねえ、君たち、手を挙げてみて」
言われたまま、ノノとノマが手を挙げた。ノノは左手を、ノマは右手を、それぞれ挙げた。
「じゃあ、こっちのお嬢ちゃん。トイレまで案内お願いね」
と、亞月はノマの手を握った。
「うん、いいよ」
ノマはそう言い、亞月をトイレのあるほうに連れていった。
ノノが一人で残された。
そのとき、父親の真之介は誰かと話をしていて、一時的に娘たちのほうを見ていなかった。
ノノは学校でもらった課題図書のリストが書かれたプリントを見て、別の本を探しはじめた。
「えーと……」
「ノノちゃん――」
誰かがノノの背後から声をかけた。
ノノは振り向いた。
そこにはノマが立っていた。
「あれっ。さっき、サングラスのおねえちゃんと一緒に――」
とノノは驚いた顔をした。
「驚かせてごめん……。私はノマだけど……ノマじゃないの。うまく説明できなくてごめんね。だけど、どうしてもノノちゃんに会いたくて、本当は、たぶん、こんなことをしちゃいけないんだろうけど……、でもガマンができなくて――」
ノマは声を詰まらせながら、そう言った。
「なんかヘンだよ、ノマちゃん。服も違うし――。なんか、ちょっとコワい……」
そう言いながらノノは泣きそうな表情になっていった。
ノマはノノをぎゅっと抱きしめた。
「信じて。私は悪いヒトじゃないよ。ノノちゃんを助けにずっと先から来たんだよ。意味がわからないと思うけど――。ノノちゃんにとても大切なものを渡すから、受け取って」
と、ノマは青色の小さな封筒をノノに手渡した。
ノノは困惑した顔で封筒を見た。表には〈ノノへ 13才になったら読んでね〉と書かれており、裏には〈ノマより〉と書かれていた。
「なあに、これ?」
「ノノちゃんにとってとっても大事なことが書かれた手紙。これをもらったことは、絶対に誰にも内緒にしてね。お父さんにも、お母さんにも、ノマにも内緒」
「えっ。ノマちゃんからもらったのにノマちゃんにもナイショにするの?」
「そう。誰かに知られたら、この手紙にかけてある魔法が消えちゃうからね。わかった?」
「……う、うん。よくわからないけど、わかった。たぶん」
「今、私に会ったことも、誰にも内緒だよ。ノマにも。いいね?」
「うん」
「じゃあ、指切り」
ノノはノマと指切りの約束をした。
「じゃあね――」
ノマは、ノノに背をむけると、走って去っていった。
それからしばらくして、ノマが戻ってきた。
「待たせて、ごめんね」
とノマがノノに言った。
「う、うん……へいき」
ノノはうつむいた。
「あれッ、その封筒なあに?」
と訊くノマ。
「なんでもないよ、なんでもない。それより、本さがそうよ!」
とノノは封筒を隠し、元気に言った。
「そうだね!」
そんなやりとりをしていると、真之介が2人のところにやってきた。
「どうだい? 変わったことはないかな?」
「うん」
ノノとノマはうなずいた。
「借りる本は決まったかい?」
「まだ……」
「ええっ、まだ決まってないの? じゃあ、お父さんも一緒に手伝うよ」
ノマが図書館を出たときには、雨が止んでいた。
夏空には薄っすらと虹がかかっていた。
〈つづく〉




