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第14話 エイリアン・ベイビー

 「アブダクションされてから1ヶ月くらいが経ったある日……。私はお風呂で体を洗っているとき、自分の体の異変に気がつきました。以前よりお(なか)が少し出ているように感じたのです。でも、そのときはきっと食べ過ぎのせいだと思いました。父の店で肉丼をお腹いっぱいになるまで食べたあとだったからです。……けれども、それからさらに1ヶ月くらいが経った頃、体育の授業で体操着に着替えているとき、クラスメイトの子に『あれっ、なんかお腹出ていない?』と言われました。触ってみると、たしかに前よりさらにお腹が大きくなっているのがわかりました。私は少し怖くなりました――」

 藍は淡々と語った。

 「いやいやいや、()()じゃないよね。かなり怖い話だよ、それ」

 亞月は恐怖でノマの背中にしがみついた。

 「そのとき、もう初潮はあったのか?」

 とノマ。

 「――いいえ。だからまさか妊娠だなんてそういう発想にはいたりませんでした。私は何かの病気だと考えました。父の店でいつも食べるあの肉丼がよくないのかもしれない……とも考えました。当時、村の子どもたちの間で、あの肉丼の肉は遺伝子操作で造られた頭が3つで足が8本の牛の肉が使われていると噂されていたんです。大人たちは単なる悪質なデマだと思って誰もそんな話は信じていませんでした。……でも、私はデマだとは思いつつも確かめないわけにはいられませんでした。私は、その当時、農業試験場の所長をしていた祖父に『3つの頭の牛なんて作ってないよね』って訊いてみたんです。そしたら――」

 「そ、そしたら?」

 亞月は顔が青ざめていた。

 「祖父はニッコリと笑って『ああ、きっとチェルノブイリの記事を何かで読んだんだね。あれは放射能汚染による奇形で、我々が研究しているのは品種改良だからまったくの別物だよ』と言いました。チェルノブイリ原発事故が起きて10年、当時は事故現場の近くで奇形の牛やヤギが生まれたとか、そういう話題が実際多かったのです。……ですので、私は祖父のコトバを信じそうになりました」

 「でも、藍ちゃんは信じなかった?」

 と木村。

 藍がうなずく。

 「チェルノブイリの話をしながら祖父は私の頭を()でたんです。その瞬間、祖父の記憶の断片が私の頭のなかに流れこんで来ました。時間にして3秒とか5秒とかそのぐらいの短さです。でも、ハッキリと見えました――」

 「何が見えたんだ?」

 とノマが身を乗り出した。

 「――祖父の目から見た光景でした。試験場の地下室と思われる場所で、檻がたくさん並んでいました。床は血と糞尿が混ざったような液体で汚れていました。檻の中には牛……らしき生き物がいました。生後間もない感じで、まだ自力でしっかり立てない様子でした。その生き物が祖父(こっち)のほうを振り返りました。それは明らかに牛ではありませんでした。顔が……まるでヒトのようでした。苦しそうな表情をしていて……頭には牛そっくりの角が生えていました」

 「ぎゃああああッ!」

 亞月が叫び声を上げた。涙目になっていた。

 「やめてやめてやめて! もう聞きたくないよぅ……」

 「落ち着け。私の手をしばらく握ってろ」

 とノマが自分の手を亞月に握らせる。

 「……うん、ありがと……。舐めてもいい?」

 「少しだけならな」

 「――私が祖父の記憶を垣間見(かいまみ)たのはその一瞬だけです。そんなことがあった翌日、私は学校が終わってすぐに農業試験場に向かいました。真相をどうしても確かめたかったのです。盆踊りの日と同じように自転車に乗って畦道(あぜみち)を一生懸命ペダルを漕いでいました。……そのとき、私は体に異変を感じました。お腹のなかで〈何か〉が動いたのです。ハッキリ感じました。私は恐怖を感じ、泣きたくなりました。いいえ、実際に泣いていたと思います。泣きながら自転車を一生懸命漕ぎました。……でも、その後の記憶が無いんです」

 「またアブダクションされた?」

 とノマ。

 「……かもしれません。気がつくと私は病院のベッドに寝ていました。畦道の上で倒れていたそうです。村の人が発見して救急車を呼んでくれたということです。病院で検査を受けましたが、どこにも異常はありませんでした――」

 「お腹のなかの、その……〈何か〉はどうなったんだ?」

 ノマは恐る恐る訊いた。

 「不思議なことに、影も形もありませんでした。レントゲンにもCTスキャンにも何も写らず……。結局〈あれ〉が何だったのかはわかりません……」

 藍はうつむいた。

 「藍ちゃんは、自分の身に起きたことをどう解釈してる?」

 と木村。目が真剣そのものだった。

 「宇宙人が私の胎内に〈何か〉を入れ、しばらく胎内で成長させた後に抜き取ったのだと思います」

 藍はそうつぶやいた。

 「〈何か〉ってなんだ!?」

 ノマは藍と木村の顔を交互に見た。

 「……たぶん、()()()()()()

 木村は顎の無精髭を手でこするように撫でた。

 「ハイブリッド? 何と何の?」

 「もちろん、人間と宇宙人のだ」

 「やめてーッ」

 と亞月が叫ぶ。

 「ハイブリッドを造る目的はいったいなんだ?」

 「たぶん、宇宙人がこの地球に入植するためだと思う。宇宙人の故郷の惑星は地球とはおそらく大気組成がまったく異なっているはずだ。窒素の代わりにアルゴンが多かったり、酸素の代わりに塩素が含まれているかもしれない。たぶん重力も違うだろうし、気圧も気温も違うはずだ。だから、彼らが地球に移住したいと考えても簡単に実行することはできない。ゆえに、彼らは人間と宇宙人のハイブリッドを造り、地球環境に適応しやすいボディでゆっくりと地球環境に適応しながら何世代もかけて入植する計画なんだと思う」

 そう語る木村の表情はまるで名探偵のようだった。

 藍はそんな木村をうっとり見惚れている様子だった。

 「仮に、宇宙人の計画がそういうものだったとして……、藍がサイコメトラーの能力で見た祖父の記憶は一体何だったんだ? 関係はあるのか?」

 とノマ。

 「ミノタウロスとか〈(くだん)〉とか牛鬼とか、半人半牛あるいは半神半牛の怪物の伝説は多い。そういう古からの言い伝えがどんな意味を持っているのか謎だらけではあるのだが……。農業試験場の地下で飼われていた生物が、もし宇宙人の食料として研究開発されたものだとしたら、いろいろ辻褄(つじつま)が合わない? 人間が家畜を品種改良して味や栄養を良くしていくように、宇宙人も同じようなことを地球の動物を使っておこなっているのだとしたら……」

 「だ、だけど、顔がヒトって……」

 亞月が震える声で言った。

 「人間のDNAを組み込んだわけだな……。しかし一体何のために?」

 とノマが首を捻る。

 「コミュニケーションを取ろうと試みたのかも……。単なる食料を超えた知能の高くて従順な――いわば〈奴隷生物〉を造ろうとしていたのかもしれないねえ」

 と木村。

 「なにその悪趣味……」

 亞月は顔を大きくしかめた。

 「なあ、藍の爺さんはその後どうなったんだ?」

 ノマが藍に尋ねた。

 「……私が病院に担ぎ込まれた翌日、死にました」

 藍はとくに表情を変えることもなく淡白につぶやいた。



 〈つづく〉

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