第11話 〈エリヤ様〉の正体
老人に描いてもらったチラシの裏の地図をたよりに、ノマと木村と亞月は〈肉丼の店〉にやってきた。
狭い店で、客はノマたち3人以外にいなかった。
「へいらっしゃい。何にしやしょう?」
と禿頭の店主が元気に言った。
壁に貼られたメニューには〈肉丼(並盛) 500円〉と〈肉丼(大盛) 650円〉の2種類しかなかった。
3人は全員〈並盛〉を頼んだ。
3分ほど待っているとカウンターに丼が3つ並べられた。
「あら、見た目は普通ね」
と亞月。
「いい匂いだな」
とノマが丼から立ちのぼるにおいを嗅ぐ。
「いただきま~す」
と木村はさっそく肉丼を食べはじめた。亞月も食べはじめる。
彼らの様子をみながら、ノマは割箸の先で肉片をつまみ、恐る恐る口に運んだ。
「……んッ!?」
「どうした?」
「美味しいッ」
とノマは微笑んだ。
「これ、何の肉なんですか?」
と亞月が店主に尋ねた。
「あはは、なんだろうねェ」
と店主は笑顔ではぐらかした。
「まあ、何の肉だっていいじゃないか。美味しいんだから」
と木村。
「それもそうね……」
「えッ、お前ら気にならないんだ……」
とノマ。
「うふふッ、本当に美味しいわァ。肉汁たっぷりで口の中でとろけるような舌触り~」
亞月は絶賛しながら肉と御飯を口の中に勢いよく送りこんでいく。
――が、急に充血した目を見開き、眉をしかめ、苦しそうな表情をしはじめた。
「うぐッ……」
口に含んだ肉や御飯が溢れるように零れ落ちる。
「アンコ、大丈夫かッ!?」
ノマが慌てて大声を上げた。
「ぐふッ……あがッ、ごぼッ……!」
激しく咽る亞月。形相が尋常ではない。
「おい、まさかッ!? こらッ、店主! 危険な肉を私らに食わせたなッ!?」
とノマが店主を睨みつけた。
「み、み……、水ゥ……」
亞月が苦しそうに呻くように訴えた。
「あ、すんません~。お冷出すの忘れてました~」
と店主は亞月の前に水入りのガラスコップを置いた。
それを素早くつかみゴクゴクと音を立てて飲む亞月。
「ぷはあァ……。いやあ、ご飯が喉につかえちゃって。えへへッ」
亞月が照れ笑いする。
「なんだよ、まったく。人騒がせなッ!」
ノマは怒って亞月の背中を強く叩いた。
「めんごめんご~」
黙って肉丼を食べていた木村は静かに食べ終わり、箸を丼の上に置いた。
「さっき、喫茶店の爺さんが〈慧里彌様〉の話してたよね」
と木村がノマに話しかけた。
「ああ……村の護り神とかなんとか言ってたな」
「旧約聖書の預言者エリヤって知ってる?」
「いや知らん。聖書なんて読んだことないし」
「かつてイスラエルにエリヤという預言者がいた。このエリヤという人はすごくて、旧約聖書によれば天候を操ったり死んだ子供を生き返らせたりしたというんだ」
「すごーい。まるでキリストみたいね」
と亞月が横から口を出した。
「そうなんだよ。エリヤはキリストのように様々な〈奇跡〉をおこなった人なんだ。だけどボクが注目しているポイントはそういう奇跡じゃなくて、エリヤが神によって天に連れていかれた、という旧約聖書の記述なんだ」
「へええェ。宇宙に帰っちゃった~、みたいな?」
亞月がおどけながら言う。
「待て待て待て。ひょっとして、その旧約聖書のエリヤがこの村の守護神だとでもいうのか?」
とノマが遮るように言った。
「ノマちゃん、勘がいいねえェ。そういう解釈が実際にあるんだよ」
「奇跡の人が、この村に来たってことッ?!」
と亞月が訊く。
「そう。神によって天に連れていかれた後、日本のこの村に降臨した――。そういう伝説があるんだよ」
「いやいやいや。さすがにそれは無いだろう。荒唐無稽すぎる」
とノマ。
「でもね、キリストが青森県に渡来したとか、モーゼが石川県に渡来したとか、そういったにわかには信じがたい伝説が意外に日本各地にあるんだよ」
木村がそう言うと、店主が急に顔を輝かせて話に入ってきた。
「あ。オレ、学生の頃に日本全国を旅行したんですけど、青森の旧戸来村に行ったことありますよ」
「キリストの墓を見たかい?」
と木村。
「見ましたよ~。〈キリストの墓〉ってちゃんと書いてありましたァ」
店主は得意げだ。
「ちょっとちょっと! キリストって確か磔になって殺されたはずだよね。その人がどうやって日本に来れるって言うのよ? 幽霊が来たの?」
亞月が当然の疑問を口にした。
「キリストには双子の弟がいたという説があるんだ。その説によれば、処刑されたほうがじつは弟で、キリスト本人は日本に逃れてきたんだということになってる」
「双子……」
「まさか~」
亞月は笑った。
「ボクだってそんな話は眉唾だと思ってるけどね」
と木村は笑い、続けた。
「――だけど、キリストとかモーゼの話は置いておくとしても、ユダヤと日本には深い関係があると考える人は多いんだ。〈日猶同祖論〉っていうのがあって、それによれば日本人の先祖――つまり縄文人――はイスラエルからやってきたのだという」
「ええッ、そうなの?」
「まあ、人類学でも人類の共通の先祖はアフリカで誕生し、その後全世界に散らばっていったと考えられてるから、日本人の先祖が大昔に中東からやってきたのだとしてもそんなに不思議はないな」
とノマが言った。
「ところで店主――」
木村は店主のほうに向き直り、次のような質問を投げかけた。
「このへんで謎の病気が流行ったりとか、そういう話は聞いたことないかな?」
突然変な質問をされて店主は困惑した表情を見せた。
「謎の病気……? さあ聞いたことないですねえェ」
「すぐそばに農業試験場があるよね。牛の品種改良をやってるんだってね?」
「あ、ああ……。それがなにか?」
「この店と、とくに関係は無いよねェ?」
「か、関係なんて、あるわけ無いじゃないですかァ……。イヤだなあ……ははは。本当に……」
「そうか、それならいいんだけど」
木村は財布から千円札1枚と五百円玉を1個取りだし、カウンターの上に置いた。そして、少しわざとらしく付け加えた。
「――あ、そうそう、ついでだからもうひとつ教えて欲しいんだけどさ。〈A.I.〉っていうイニシャルに心当たりは無いかな?」
「A.I.……?」
店主はしばらく考え、「あっ」というように小さく口を開いて、つぶやいた。
「心当たり……あります」
〈つづく〉




