第1話 幼女になる
西暦2023年、地球上の生物はパンデミックによって全滅した。
しかし、ごくわずかだがそれを回避した者たちがいた。宇宙ステーションで仕事をしていた者たちだった。彼らは地上との交信ができなくなった後、宇宙船で地球の周回軌道を離れて火星に向かった。
火星に降り立った彼らは、シンプルなコロニーを築いてサバイバル生活を始めた。
火星の環境は過酷だった。平均気温は-63℃。成分のほとんどがCO2の希薄な大気。低重力。砂嵐。
彼らが火星に持ちこんだ食料はあと数火星週間で尽きる計算だった。火星で自給自足をおこなうのは理論上は不可能ではなかったが、それを実現させるにはあまりにも時間と資材が足りなかった。
風向きが変わったのは、彼らが火星に入植してから23火星日目のことだった。
探索担当チームが火星人の古代遺物を発見したのだ。
科学者チームが調べあげたところ、それはタイムマシンだと判明した。厳密に言えば、4次元移動マシンとでも呼ぶべきものだった。空間と時間を一瞬で飛び越えて任意の時空ポイントに出現することができる装置だ。
棺桶にも似た直方体のマシンには、スイッチやレバーやディスプレイのようなものは一切無かったが、マシンの内部に横たわると操作方法が頭の中に勝手に入ってくるつくりになっていたため、マシンに関する必要な情報を得ることができた。それは思考によって操作する機械だった。
火星入植者たちは喜んだ。このタイムマシンを使えば、過去の地球に戻ってパンデミックを未然に防ぐことも可能だ。このまま火星にいてもあと2火星週間程度しか生き延びることができない。ならば、多少危険ではあってもタイムマシンで過去を変えるべきだと、議論の末にその結論に達した。
タイムマシンは一人乗りだった。
生物学者である乃々間ノマ博士がタイムトラベラーに立候補した。他に立候補した者はいなかったので彼女が過去へ旅立つことに決まった。
タイムマシン自身の説明によればタイムトラベルが可能なのは一回限りということだった。使い捨ての簡易的なタイムマシンだったのだ。ということはつまり行ったきり戻ってくることはできないということを意味していた。
乃々間ノマは別れを惜しむ仲間たちが見守る中、パンデミックが起きる前の2001年の地球へと旅立った。
ノマが地球に到着したとき、彼女は幼女になっていた。
〈つづく〉