無能スキルを手にした男は世界を救う英雄になる為に仲間を殺す
後書きまで読んでいただけると幸いです
かつての青々しい大地は、人から流れる血により赤く染まっている。至る所から上がる煙で空は暗く、そこら中に倒れている死体から放たれる異臭は鼻がもぎれそうな程であった。
風や炎、水、様々な魔法が飛び交いその勢いは終息の気配を感じさせ無い。
無論、騎士達はそろそろ体力の限界が来始めていた。
そんな中で瞬きする間も無い程の速さで敵を穿ち、それを筆頭に続いて数十人がもの凄い早さで大地の地形を変えて行く。
ローブに身を包み、その正体は分からない。
必死に逃げ惑うも、狙われたら最後、首と胴がお別れするまで追い続ける。
「全軍撤退!『クロ』襲来!繰り返す!全軍撤退!『クロ』襲来!」
「くそ!逃げ切るんだ!誰か早く団長に報告するんだ!」
数千もの騎士が撤退を始める。だがその間にも一人また一人と薙ぎ倒されていく。
『クロ』と呼ばれる集団の先頭を駆け抜ける者は、他とは違い敵を倒す度に攻撃の威力、速度が増して行く。
この事を、後にこの戦争で奇跡的に生還を果たした騎士はこう語った。
『あの赤い眼光は今でも忘れる事の出来ない悪夢だ』
『まさに《死神》だ』と。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「おい!そっち大丈夫か?」
「おぅ!こっちは大丈夫だぜ!」
「よし!それじゃあ、せーのでいくぞ!」
「「せーの!」」
校門に掲げられた看板、そこには可愛らしい文字で一言『聖美祭』と書かれている。
都立、聖美学高校。都内でも中堅に当たるレベルのこの高校は、普通科、芸術科、機械科、体育科の四つに分かれている。
中堅レベルながらもそれぞれの学科で有名人を輩出しているこの学校は、例年定員の倍以上の受験者が集まる。それに加え卒業生の殆どは有名企業、又は一流と呼ばれる大学へと歩みを進める。
そんな聖美学高校が一番注目を集めるのが、年に一度夏に開催される文化祭。
有名企業へ行く殆どの卒業生は、この文化祭でヘッドハンティングを受ける。
そんな重要な行事には勿論、未来の掛かっている生徒達は全力で準備に取り組む。無論、教師陣の協力も手厚い。一部を除いては••••••。
「あー、めんどくせぇー」
「先生がなに言ってるんですか、ちゃんと働かないとダメですよ」
「そんな事言ったら、お前だってこんな所に居ないでみんなと一緒に準備して来いよソウタ」
「俺は今やってるこれが仕事なんですよ、サボってる先生と一緒にしないで下さい」
「いや違うんだな、準備に力を入れ過ぎて倒れてしまった人が出てきたら交代出来る様に待ってるんだよ」
「なんですか、その屁理屈」
年期を感じるクーラーと、最新型の扇風機による快適な部屋の中で自分の家と同等に脱力しきっている男、須藤冬馬はこの美術準備室の主である。
三十二歳独身、彼女居ない歴五年という記録を持っているこの男、未だに屁理屈を吐き「自分はまだ大丈夫、いつでもリア充になれる」と言う言葉が口癖である。
確かにあまり手入れされていない口周りの髭や、ボサボサの髪の毛は無視しても、年齢に比例しない若々しい顔立ち、女子が好む高身長、などとモテる要素は十分に持ち合わせている。だがそれでも彼女が五年も居ない理由は明確、屁理屈な性格のせいであった。それに気づかない限り彼女なんて出来る筈が無いのに、それに気づく事のない哀れな独り身。
そう言った謎の自信に満ち溢れている冬馬を反面教師と感じるソウタは現在、クラスメイトに頼まれた小道具を美術室に借りに来ていた。
「お前たちのクラスは何やるんだ?」
「『柿太郎外伝〜どんぶらこまでに〜』って言う作品の劇です」
「な、なんだ『柿太郎外伝』って?」
「なんか、柿太郎が川から流れてくるまでの物語をクラスで考えて劇にするんです」
「な、なんか凄そうだな」
「いや、まだ去年よりはましですよ。去年なんか教室でメイド喫茶でしたからね!」
「おぉー!メイド喫茶いいじゃないか!去年はこの時期出張とかで、何かと学校にいない日が多かったからな。行ってみたかったなー!」
「あれ、でも確かお前達のクラスなんかすげー怒られてたような?」
「そうなんですよ!実はクラスのムードメーカーの奴が、サービスと言って客の要望に応えて過ぎて客の何人かワイセツ容疑で逮捕される所だったんですよ!」
「あぁー確かそんなことだったっけな」
「それに比べれば、今年なんてかわいいものですよ。ただ、監督がその問題起こしたムードメーカーなのが心配ですけどね」
「お前らよくそいつに監督任せたな」
ソウタは美術室から筆や絵具、その他諸々必要な物を集めダンボールの中にまとめた。
「それじゃ、俺は教室に戻りますね。先生もちゃんと仕事して下さいよ」
「おーう、任しておけー」
「はぁー、全く。それじゃあ失礼します」
生徒の前でも堂々と怠けられる冬馬に呆れながら、ソウタは小道具を持って二つ下の階の自分の教室へと向かった。
聖美学高校の四つの学科の主な内訳は、全ての学年それぞれ芸術科と体育科、機械科は二クラス、普通科三クラスに振り分けられている。
一、二、三組が普通科。四、五組が芸術科。六、七組が体育科、八、九組が機械科になっており、その中のソウタは普通科の二年二組である。
荷物のせいで自分の足元がよく見えずフラフラしながら階段を降り、なんとか教室までたどり着く。
「おぉーソウタお疲れさん!」
「随分時間が掛かったな、ソウちゃん!」
「意外と重いし、足元見えなくて凄く歩きにくいんだよ」
真っ先に駆け付けた、元気な男子二人。刈り上げの髪の毛が印象的な、佐久間豪。オカッパがチャームポイントの鈴村玄はソウタの友人、親友と呼べる存在である。
高校入学当初から同じクラス、席が前後という奇跡から知り合った三人は、登校下校をも共にする仲である。
「あっ、春馬君お疲れ!急に頼んじゃってごめんね、ありがとう!」
次に駆け寄って来た少し茶色く長い黒髪が似合う美少女、篠原水菜。聖美学のシンデレラとも言われる彼女は、才色兼備、文質彬彬、温厚篤実と『完璧』と言って良い程の、誰もが憧れる存在。
最近はある事がきっかけで、よく一緒にいる事が多い。少なからずとも篠原に好意を抱いているソウタにとってとても嬉しい事であるが、ソウタ同様彼女の事を好む周囲の眼差しの圧力には、少々面食らってしまうものがある。
現在もそれと同様の周囲からの圧力の中、美術室から持って来た小道具の確認を始めた。
「うん!これで大体必要な道具は揃ったね!」
「それじゃあ、舞台のセットの制作を始めましょう!」
「「「おぉぉぉぉーーーー!」」」
両手を合わせながら笑顔で言うと、まるで鶴の一声の様にクラス全員がさっきよりも活気溢れた雰囲気に包まれた。その異様にも当たり前の様に見える光景にソウタは「すげぇ」の一言以外言葉が出て来なかった。
そんな騒めくクラスのドアを開け教室へと入って来る、二人の男。大柄な金髪の男、濱崎郎悟。その後ろには目立たない様に横いる細身の男、大崎秀。この学校でも言わずと知れた不良。素行が悪いが、その頭脳と何でもこなす才能から合格を手にした二人。
退学させようにも出来ないこの二人には、教師陣も手を焼いている。
そんな二人の登場に場の雰囲気は再び静まり返る。いやむしろさっきよりも重い、凍りつく様な雰囲気だ。
「あー、めんどくせぇー。文化祭とかやってらんねぇよ」
「全くだぜ、昨日の女との遊びの方が楽しいよな、あっそういえばよこの前さ••••••」
教室の後方にある椅子に座り、取り敢えず出席だけはしてますと言わんばかりの態度。
クラスメイトの一人、佐藤陽太が篠原に良いところを見せようと、二人の元へ駆け寄る。あまりにも無謀な行為ではあるが、二人を注意して文化祭の準備を促す事に成功すれば、少なからずとも篠原からの好感度は上がるだろう。
その為には多少のリスク、いや多大なリスクを背負ってでもやる価値のある行為であった。
それ程までの彼女からの好感度は彼らにとって重要なのであろう。
「ふ、二人も一緒にぶ、文化祭の準備しようよ」
「あぁ?何言ってんだお前?準備を手伝えって、誰に向かっていったんだ?あぁ?」
「俺達はオールして遊んで疲れてんだよ、休憩の邪魔してんじゃねぇよ」
「で、でも••••••」
(す、すげぇ。引かないなんて)とソウタを含め数人が感じた。だが今回に限っては、この勇気は仇となった。
「おい、お前調子乗んなよ」
二人の表情が険悪になり、遂には濱崎が陽太の胸ぐらを掴み顔を近づける。濱崎の身長は百八十センチメートルに対し、陽太の身長は百六十センチメートル。胸ぐらを掴み上げられると陽太の足は浮き上がった。
「や、あ、す、すみません。すみません。すみません!」
今にも殴り掛かりそうな濱崎、ここで問題事を起こせばどんなペナルティがあるか分からない。だからこそ止めなければいけないのに、陽太のこの惨状を見た者は二の舞いになりたくないと足がくすみ、動けなくなった。
一人を除いては。
「やめて、みんな一生懸命準備をしているの、だからこそ成功させたいから今は問題を起こすのは辞めて欲しいの。佐藤君が気に触る事をしたのは私も謝るから、この通りお願い!」
あのシンデレラが頭を下げて、謝っている。思っても見なかった人物の謝罪にしどろもどろになる濱崎。
「ふ、ふざけるな!お前が謝っても意味ねぇんだよ!俺を腹立たせたのが悪いんだ!それを許して欲しいなら、素直にこいつの顔面を一発殴る!それだけだ!」
「それはだめーーー!」
「ひぃぃぃぃ!」
「まずい!」と言いながら濱崎の元へ止めに入ろうとするソウタ。自分の横を走り抜けるソウタの姿を見て、驚く篠原。そんな走って来るソウタなんか目もくれず、陽太の事を殴ろうとする濱崎。
(間に合え!)
そんな光景を楽しそうに見ている大崎は、視界にふと入った窓越しに見える校庭から輝く光に目を向けた。
「お、おい、ちょ、あれなんだ?」
「んぁ?」
殴る手を止め窓の方を見る、それにつられて他のクラスメイトも窓へと視線を向ける。
「な、なんだあれ?」
校庭のど真ん中で輝く謎の光の球、それは直径十メートル程まで大きくなる。その光の球から体育館へ光線の様なものが発射される。発射される一瞬、とてつもない光が辺りを包み込む。その眩しさに目を瞑るソウタ達、光が収まり目を開けると光の球は体育館へ向け光線を発射し続けながら徐々に小さくなり、消滅した。
「な、何だったんだ••••••?」
困惑し固まるソウタ達一同、あまりに一瞬かつ理屈の通らない謎の現象に濱崎は殴るのを、陽太は殴られるのをすっかり忘れてしまった。
「お前はここを動くな!」
「先生⁈」
息を切らしながら、険悪な顔で教室に入って来た冬馬。彼の登場により、ようやく固まった身体が動き始めた。
「先生、これは一体どういう事なんですか?」
「強盗か何かの仕業なんですか?」
「も、もしかして濱崎君達のオトモダチ?」
「あぁ?お前何が言いたいんだ?」
「い、いえ、じょ、冗談ですよ」
「今のところよく分かっていないが、先生方が全力で捜査中だ。担任は各々教室で待機になった。とにかくお前らここから動くな!」
騒めく教室、それはソウタ達のクラスに関わらずほぼ全ての教室で騒めきが起こっていた。
(一体何だ?何かこんな展開何処かで観た様な気が••••••)
「あっ!」
「えっ?どうしたの春馬君?」
「あっ、えっ、いや何でも」
「ん?」
「あーーーっ!」
「えっ、今度はどうしたの?鈴村君?」
「分かったぞ、これはもしかして••••••」
鈴村が話しているその時、体育館の中からさっきよりも強い光が学校全体を包み込んだ。
「うわっ!目を瞑ってるのに眩しい!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
大きな光が学校全体に行き渡り数秒、徐々に収まり目を開けられる様になった。
「め、目が〜」
「みんな大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。でも••••••」
「ん?」
「••••••はっ⁈」
教室内を見渡すも変化は無い、学校も特に異常無し。
ただ、教室から見える景色が閑静な住宅街から大草原へと姿を変わっていた。
読んでいただきありがとうございます。
好評の場合連載を予定しておりますので、是非感想やブックマークなどで反応頂けると幸いです。