予選通過
6月13日。
ヒロコが死んだ。
ダニエルを置いてきてしまったことを悔やむばかり、すっかり忘れていた。
ヒロコは今日生きられるカードを持っていなかったのだ。
気分転換に四人でトランプでババ抜きをしている最中に、血を流し始めたヒロコを見て、僕とヤンヤン兄弟は唖然とした。
嘘だろ、マジかよ、って感じで。
普通忘れないだろ、と。
持ってないんなら早く言えよ、と。
こいつを賢い女だと思ってた僕が馬鹿だった。
どアホだ。
まあ、死んでしまったものはしゃーないし、昨日知り合ったばかりだし、こんな女よりダニエルのほうが心配だからもうどうでもいいけど。
「「次のカード落ちてくるのだ。」」
ヤンヤン兄弟も気持ちの切り替えが早かった。
僕達三人は、空を見上げた。
3枚、カードが降りてきている。
いつもと色が違う、
と思ったら夕日に照らされてるだけだった。
足元に落ちたカードを拾い上げた。
ー
君達は見事生き残り、品川区代表となりました。
これより東京代表を決めるために最終会場へと転送します。
ー
なんと、僕達は品川区代表になったらしい。
なんの代表なのかわからないし、いつのまにか何かしらの予選が開始されていたことに腹が立つ。
「何が代表だよ。ふざけんなよ。」
僕が何もない空に向かって叫ぶと、ヤンヤン兄弟は隣で爆笑した。
「おい何笑ってんだよ。」
「「誰に言ってるのだー。」」
こいつら殺したろうかな、ってくらいに腹が立った。
ただ、こいつらに怒っても仕方がない。
このカードを落として遊んでいやがる空の向こうの何かをぶん殴りたい。
思い切りカードを地面に投げつけた。
カランカラン。
と跳ねて、数メートル先で止まった。
すると、
キュインキュインキュイン
とカードから異音が発生しだした。
「なんだ、何かはじまった?」
「「我々のカードもなのだ。」」
僕達は、カードから発せられた眩い光にあっという間に包まれて意識を失った。
ー
どれくらい経っただろう。
長い夢を見ていたような気がする。
重い瞼を開いて辺りを見渡すと、そこには大勢の人間が、
だだっ広い無機質な部屋に集められていた。
見渡した感じものすごく広そうだが、ここは一体どこなのだろうか。
ざわざわと辺りが騒ぎ始めた。
そういえば、ヤンヤン兄弟が見当たらない。
離れ離れになったみたいだ。
「レデーース、エーン、ジェントルメーン!」
突然、部屋が暗くなり、声のした方向だけにライトアップされた。
そこには10メートルを超える大型の人間が立っていた。
「なんなんだ、あいつ…。」
周りの不安な声が多くなる。
「まずは第一次予選通過オメデトーーウ!」
大型の人間は手に持っていた花吹雪をぶあっと投げ散らかした。
花びら一枚一枚がデカすぎて座布団のようだ。
「おい!ここはどこだよ!」
雑魚キャラAが喚いた。
「そうだそうだ!ここはどこだ!ここから出せー!」
雑魚キャラBも場を盛り上げる。
「シャラアアアアップ!」
大きな人間が叫ぶと、部屋の中には地響きがし、
何人か気絶した。
雑魚キャラAもBも足を震わせて立てなくなり、その場にへたり込んだ。
大きな人間は笑った。
「ははは、お前らは私達のショユウブツなのだからとりあえずルール説明の間は黙っていなさい。」
所有物?ルール?
一体何がなんなのかさっぱり理解ができない。
そもそもこのでかいやつは何だ。
空からカードが降ってくるようになったのももしかしてこいつらの仕業なのか?。
「質問でーす。」
僕の隣に立っている、怖いもの知らずな一重の少年が言った。
この状況で声を発することができるこの少年は相当な手練れなのか、もしくはただの馬鹿なのか。
「何だわかぞう!いま黙れと言ったのが聞こえなかったのか!ぶち殺すぞ!」
「いや、俺たちも急に連れてこられてわけわからないんで、ルールとかより先にここが何なのか、今までの予選ってやつが何だったのかしっかり説明してもらわないと、納得できないんです。納得したら皆さん言うこと聞くと思うんです。」
この少年、意外としっかりとまともな事を言う。
さっきまで叫んでいた雑魚達とは何かが違うようだ。
「生意気なお前、名は何という。」
大きな人間は、少年の元に歩み寄りながら言った。
ライトの光は大きな人間を追って移動する。
近くに来ると、思った以上にデカくて迫力がすごかった。
ジャイアントザバルガルくらいの狂気を感じた。
「杉山練だ。」
少年はこの威圧にも一切表情を変えない。
僕はなるべく関わらないように隣で物音を立てずに立っているのがやっとだというのに。
「スギレン。私はお前が気に入った。特別に一つだけ教えてやろう。」
「恩にきる。」
「お前達人間にわかりやすく言うならこれは私達のゲームだ。」
「わかった。」
「よし。ではお前ら!ルール説明を再開する!」
スギレンが何を理解したのか僕には理解できなかった。
今のやりとり、いらなかった気がする。
おそらく周りの人間全員が同じことを思っているだろう。
怖くて声が出せないだけで。
「今からこの部屋に5枚のカードが落ちてくるー。30分後、そのカードを持っている人間がこの部屋の代表となり次のステージに進めるー。ステージは全部で3つだー。最後までクリアできた者が東京代表だー。それではー、第1ステージー、開始ぃいいいい!!!」
雑なルール説明があっさりと終わり、唐突にゲームの開始宣言がされた。
天井の中心がパカン、と開き、5枚のカードがひらひらと降りてきた。
全員がポカンと口を開けてカードが落ちてくるのを見上げる。
急にゲーム開始と言われても…
といった心境だろう。
僕も同じく。
気がつくと、先程までルール説明をしてきた大きな人間が消えていた。
「なあスギレン、どうする?」
心細かったので馴れ馴れしくスギレンに話しかけてみた。
「誰だお前。馴れ馴れしく話しかけんな。まずは名乗れ。」
スギレンは正常な返答をした。
「ヒトツバシススムだ。アサシンって呼んでくれ。」
「アサシンの要素がどこにあるかわからんがまあいい。どうするってなんだ。」
こいつ、明らかに歳下のクセにものすごく上から目線なのが腹立つ。
ただ、強そうなので何も言えない。
今、僕はなんのカードも持っていない雑魚なのだから。
「いや、まだ僕、いまいち状況が理解できなくて。」
「どこの区の代表か知らんがお前馬鹿なんだな。渋谷区にいたらとっくに死んでるぞ。理解するより先にカード取りに行けよ。」
「スギレンはよくそんな頭の整理ができるな。」
「整理?は?。全部さっきのでかいやつが説明してくれたじゃねーか。あのカードを持っているやつが次のステージにいけるって。この部屋の代表、って言い方しやがったからおそらくこの部屋以外にも他の部屋があるんだろうな。多分第二ステージからはそいつらとも争うことになる。だから、ここで余計な体力使わないようにさっさとカードを手に入れてあとはテキトーに敵をあしらっとけばいいんだよ。こんな風に。」
スギレンはやはり何かが違う。
修羅場をくぐり抜けてきたような圧倒的存在感がある。
そして、
スギレンの手にはいつのまにかカードが握られていた。
舞い降りてくるカードがいつの間にか4枚になり、1枚減っていた。
「は、?いつの間に!!?」
右手にはカード、
左手には何やら赤い物体があり、赤い液体が地面に滴り落ちていた。
すると、近くにいた人間が突然倒れた。
騒然とする周囲の人間。
一体、何が起きたのかわからない。
「おい、首が抉られてるぞ!。」
雑魚キャラAが言った。
「スギレン、お前、まさか。」
「アサシン、お前の想像してる通りだ。俺は手の平サイズなら何でも掴める。そういうカードを持ってる。お前の命も俺の手のひらの中だ。」
ビチャン、と手に持っていた肉片を地面に捨てた。
次に、右手に持っていたカードを胸ポケットにしまうと、もう一度、宙に向かって手をかざし、カードを手にした。
宙に舞うカードは1枚消えて3枚になった。
「俺は今から休憩するから。お前が囮になれ。」
僕はスギレンからカードを渡された。
ー
このカードを持っていれば次のステージに進めます。
ー
「スギレン、囮ってどういう、こと…、」
僕が戸惑っていると、
「うおおおお!」
周囲の人間が一斉に動き出した。
縛られていた縄が一斉に解けたように宙に舞う三枚のカードを争い始めた。
口から炎を出す者、手から電気を出す者。
さまざまな人間が殺し合いを始めた。
やばい、どうしよう、僕がこのカード持ってたら瞬殺される。
スギレンは部屋の隅で呑気に腰を下ろし、僕を観察し始めた。
僕はどうやら最初に話しかける相手を間違ったようだ。
「おいお前、ワシ見たぞ。カード持ってるだろ。」
ついに僕の前に敵がやってきた。
ああ、終わった。
生身で勝てるわけない。
いっそのことやられる前にカードを渡そう。
「すいません、持ってます。あげるので攻撃しないでください。」
「よこせぇえええ!!」
言葉が通じる人間じゃなかった。
僕がカードを渡すより先に右手を剣に変えて襲ってきた。
ああ、終わった。
僕はここまでだ。
楽しい人生だったよ。非常に充実していた。
後悔は、ないよ。
強いて言うならもう一度、普通に生きてみたかったかな。
さようなら、みんな。
さようなら、世界…。
ゴフン!
僕を襲おうとした人間が突然真横に吹き飛んだ。
え…。
飛んで行った人間は首が折れてしまって立ち上がれなくなりピクピクと動いている。
「私のスチューデントを手を出すとはガッツあるねぇー。」
立っていたのはゴツゴツした身体の男。
体育会系な見た目の英語教師だった。
「ミスターハルカワ!」
「ハロー、アサシンくん。ハウアーユードゥーイン?」
「アイム、ファイン、センキュー!」
僕には先生がとてつもなくカッコよく見えてしまった。
先生の上半身は筋肉が二倍以上に隆起していた。