脇役Aの人生
ーー
俺は今まで何もしてこなかった。
良いことも悪いことも何一つ。
平凡に暮らせればそれでいい、別に何にも頑張らなくていい、
程よく勉強ができて、程よく運動ができればそれで普通に生きていられる。
必死に勉強するガリ勉くんや、必死にスポーツをして夢見る奴、そんな人間を見て、正直バカにしてた。
彼氏?彼女?リア充?インスタ映え?夢?希望?友情?そんなのもどうでもいい。
そんなのなくたって別に生きられるし。
寝て起きて同じような1日をそれとなく過ごして寝る。
その繰り返しだけで十分。
俺が一番賢い。
そう思ってた。
彼女に出会うまでは。
ヒロコと出会ったのは2年前の夏。
蝉が電柱で喚いていた日だ。
汗を流しながら歩いていく臭い人間ばかりのコンクリートの歩道で、
汗ひとつ流さず風に靡く細い髪の毛を掻き分けた彼女は他と違った。
俺の落としたガムを顔色一つ変えず拾ってくれて、何も言わず俺の口に戻してくれた。
俺はその時頭から足先まで稲妻が走るように思ったんだ。
出会ってしまった。と。
俺はそれ以来、ヒロコのことが頭から離れなくなって、程よくこなしていたはずの普通の生活すらもできなくなってしまった。
勉強も全く頭に入ってこなくなったし、スポーツもやる気が起きない。
俺の頭を彼女が支配していた。
俺が今まで知らなかった感覚。
恋だった。
それからなんやかんやあって付き合うことになり、
俺は遂に今まで必要のないものだと思っていた'彼女'というものを作ってしまった。
俺の世界が変わった。
彼女を中心に俺の世界が動き出したんだ。
平凡?普通?、なんだそれ。
いつしか俺の中に、ヒロコと一生一緒に生きていくという夢が出来上がっていた。
何があっても愛し、何があっても守り抜く。
ヒロコが俺のすべて。ヒロコさえ生きていれば俺の平凡な生活なんていくらでもくれてやる。
ヒロコと見る夕日、星、ヒロコと感じた喜び、悲しみ。
俺は今、世界で一番リア充だ。
そう思っていたある日。
一枚のカードが空から降ってきた。
ようやく変わり始めていた俺の人生が一気に崩れることになる。
初めは半信半疑だった。
これを持っていれば生きられる、なんて。
ゲームでもあるまいし、そんなことあるわけがない。
一応持っておこうよ、
とヒロコに言われなければ絶対捨てていただろう。
ヒロコには感謝しなければならない。
カードが降った次の日、世界は地獄に変わった。
このカードは一体なんなのか。誰がなんの目的で作ったのか。
世界で何が起きているのか。
一切わからない。
わかることはただ一つ。このカードは本物だ。このカードを信じて、カードに頼って生きていくしかないのだと。
何があってもヒロコを守り抜く、そんなことを思っていたのになんて情けない。
平凡に生きられればそれでいい、そう思っていた自分はもっと情けない。
こんな時に結局、平凡な自分じゃ何にもできないんだから。
ただ生きるだけのことに必死なんだから。
そして俺は今、絶望的状況を迎えている。
ヒロコと協力してなんとか三日間を生き延びた。
俺は何もしていない。ヒロコに生かされたと言っても過言ではない。
俺はヒロコを守るつもりがいつのまにか守られていた。
目の前に、見たこともない怪物がいる今だって。
俺の足は生まれたての子鹿のように震えてしまって立ち上がることができない。
ヒロコは必死に立って逃げようとしているのに。
俺はなんて情けないんだ。
ネームプレートにザバルガルと書かれているケンタウロスのような怪物は、5本の腕をうねうねと動かし、1本の左手で俺たちに襲おうとしている。
耳元まで裂けた口には大量の血が付いている。
恐ろしい。
こんなのに勝てるわけがない。
もう終わりだ。
ヒロコと一生一緒に生きていく、という夢が崩壊する。
平凡な生活ですらももう…。
俺が夢を持って、リア充を始めたこと自体が間違っていたのかもしれない。
ヒロコ、ごめん。俺のせいだ。
俺のせいで世界がこんなになってしまったのかもしれない。
俺のせいでヒロコまでこんな目に合わせてしまっているんだ。
「ヒロコ、ごめん…。」
死を覚悟した
その時だった。
ゴパアアああン!!!
目の前にいた怪物が突然弾け飛んだ。
何が起きたのかわからなかった。
俺とヒロコの顔に怪物の体液が降り注いだ。
もう一度目を開けた時には、怪物の上半身は無くなっており、下半身の馬の部分だけが体液を噴射しながらそこに立っていた。
「「酷いのだ、我々ごと撃つんじゃないのだ」」
声がした方向を見ると、4人の男達が立っていた。
1人の男が怪物に向かって右手の掌をかざしていた。
俺たちを助けてくれたのだ。
ああ、神さま、俺にもう一度チャンスをくださるのですね。
ありがとうございます。
「よし、倒したぜ。これで明日も生きられる。」
手をかざしていた男が言った。
背が高く、肌が黒い。
長い髪は毛先があらゆる方向に曲がっている。
「ダニエル、さすが。これで僕達4人とも生きられる。」
一番まともそうな、弱そうな男が言った。
俺とヒロコは衝撃的な光景を目の当たりにしたせいで立ち上がれないままだ。
こういう時、まずは人としてお礼を言うべきなのだろうが、
助けてくれた人間が目の前にいるのに、上半身をなくした怪物の下半身も目の前にいるせいで、なかなか恐怖が抜けてくれない。
「なあ、こいつらはどうする?」
ダニエルと呼ばれる男が歩み寄ってきて言った。
「「どうでもいいのだー。」」
双子?らしき男二人が、怪物の下半身を蹴り飛ばしながら言った。
俺はこの時、ようやく気づいた。
こいつら、何かがおかしい。
「せっかく助けたんだから連れて行こうか。」
まともなのはこいつしかいない。
「そういうの面倒くさいんだよね。女は可愛いからいいけど男はいらなくね?」
「まあ、それもそうだね。」
全然まともじゃなかった。
よく見ると、一番闇が深そうな目をしている。
血筋からやばい奴の感じだ。
多分おそらく、家族にサイコパスがいる奴。
学校ではおとなしいのに、裏では相当な事をやってるタイプの奴だ。
「「やっちゃうのだ。」」
ダニエルという男は不適な笑みを浮かべた後、俺に手をかざした。
さっき怪物を倒した何かしらの能力を使うつもりだ。
こいつらはなんなんだ。
人間なのか?こいつらも怪物なのか?。
言えるのは一つ。間違いなく、心は人間ではない。
そうだ、悪魔だ。こいつらはきっと人間でもなく怪物でもなく、悪魔だ。
ああ、神さま。さっきお礼を言ったことを撤回します。
ヒロコ…、君は生きてくれ。
最後まで守れなくてすまない。
今までありがとう。
短い間だったけど、楽しかったよ。
ゴッ。
鈍い音がしたと思った瞬間、俺の視界は真っ暗になった。
ーー