始まりの日
6月8日。
今日もクソだるい一日だったなぁと制服のままタバコをふかしてたら空から一枚のカードが降ってきてさ。
目の前を落下したそれにクソ驚いて一歩仰け反っちまって、全然驚いてねーしっつー感じで平然とタバコを吸おうとしたんだが、タバコを持っている手とは逆の手を口に差し出してしまってさ、にんじんスティックを吸ってしまったんだよねー。
つーのはどうでもよくて、そのカードににわかに信じがてぇ事が書いてあったっつーことが重要だ。
ー
これを持っていれば6月9日に死にません。
ー
6月9日って明日じゃん、つって。
やーべーよな。この展開。
激アツじゃん?
人を殺せるノートじゃねえーけど。
なかなかのもんなんじゃねーのこれ。
って思ってすぐツイッターで検索してみたわけ。
そしたらさ、みんな持ってんの。
ウケる。
誰も死なねーじゃん。ハッピーエンドじゃん、つって。
次の日学校行ったら案の定これのトークだよね。
山中なんてシュレッダーかけてやんの。
谷口なんか信じまくってて絶対手放さねーって感じで。
おもしれーから体育の授業の隙に隠してやったんだけど。
まあ俺は別にどうでもいいっちゃーどうでもいいからさ、とりあえずポケットには入れてるのは入れてるけど捨ててもいいって思ってた次第だよね。
そしたら放課後、まさかの展開。
クラスメイトが一斉に苦しみ出してさ、やばいのなんの。
吐血してる奴とかいるし、目ん玉飛び出てる奴もいるし、黒板に頭叩きつけてる奴いるし、山中なんか穴という穴から液体ダダ漏れ。
ここは地獄かよっつって。
谷口は急に走り出して窓ガラス割って飛び出していくし。
ここ三階なの忘れてんの。
思っ切り地面にクラッシュだよ。
もうね、一瞬。
気づいたらみんな死んでた。
やばいよね。
いやぁ、その時マジ思ったよ。
このカード持っててよかったーってさ。
まじ死ななかったじゃん。
これまじやべーっすわ。
あざすって感じ。
という事があったので、僕は今、自分の人格を見失うくらい困惑している。
クラスで生き残ったのは、僕と佐藤の二人だけだった。
こんなことが起きているにも関わらず呑気にポケットティッシュで鼻をかんでいる佐藤と一緒に外に出ると、他のクラスの生き残りも続々と校舎から姿を現した。
おそらく全部で20人程度。
恐怖でガタガタと震えているものもいる。
「おーい、お前らリッスーン。」
しゃしゃり出たのは体育教師、のような体型をした英語教師だ。
「俺は正直、お前らよりファミリーの方がインポータントだからホームにリターンするけど、お前らフリーにしていいからなー。付いてきてもいいし、来なくてもいいし。じゃ、グ、バーイ。」
自分勝手なイングリッシュティーチャーに付いてくものなど誰もいなかった。
僕は佐藤と、佐藤の友達のダニエルと一緒に帰ることにした。
家族が心配だー、親友が死んじゃったー、とか言って泣き喚く奴らに関わりたくなかったからすぐに帰った。
「あいつの英語、なんか鼻に付くんだよな。」
ダニエルが唾を吐きながら言った。
唾は側溝の溝をするりと綺麗に通った。
佐藤が無視をしていたので、ダニエルと関わったことのない僕は聞こえないフリをした。
「おい、あれ。」
佐藤が両手をポケットに突っ込んだまま、顎で天をさした。
いつにも増して顎が長い。
見ると、三枚のカードがひらりひらりと僕たちの元に落ちてきている。
もしかして、また…。
固唾を飲んで、落ちてくるのを待った。
ダニエルはジャンプしてキャッチしようとして、失敗した。
佐藤はポケットから手を出さずに何故か一度ボレーキックをした。
ー
これを二枚持っていれば6月10日に死にません。
ー
再びきた、やばいやつ。
しかも二枚。
今ちょうど一人一枚ずつしか落ちてきていない。
デスゲーム的展開だ。
他のやつ殺さないと自分生き残れない的なやつ。
半端ないやつ。
あ、これ、そうだ、学校戻って、佐藤とダニエルと協力して他の奴らから奪ったらいいのではないだろうか。
顔を上げると、ダニエルが佐藤をナイフで刺し殺していた。
「ダニエルぅうううう???!?」
ダニエルは歯を見せて笑った。
自分は生き残ってやるんだという宣言をしているようにも見える。
歯についたワカメも見えた。
僕は恐ろしくなってその場から全力疾走で逃げた。
後ろからダニエルの高い声が聞こえたがもちろん無視だ。
一緒にいたら僕まで殺されるかもしれない。
全力で家まで走った。
街は壊滅状態だった。
至る所に死体、死体、死体。
よくわからないが、裸の死体もあるし、壁逆立ちした状態で死後硬直を迎えている者もいる。
そんな死体で溢れかえった街の中で、必死にカードを探している人間もちらほらいた。
筋肉質なボディービルダー系男子がダニエルから必死に逃げる僕の腕を掴んできたが、構ってる場合じゃなかったので人差し指と中指で目潰しをして逃げた。
家に着いてから思ったが、ついでにカードを奪っとけばよかった。
家に入ると、父親は首を吊って死んでいたし、母親は包丁で自らの腹を刺していた。妹はオルガンに潰されていたし、弟は袋をかぶって窒息死、姉は階段から落ちて首が変な方向に曲がっていた。
家の中まで地獄のようだ。
唯一生き残っていたのがペットの橋本さんだ。
橋本さんは僕が帰ってくるなり、両足で走ってきて二つの手を僕に差し出し、カードを渡した。
「ワシ、もう死ぬからこれあげるよ。」
橋本さんは黄ばんだ歯を見せる。
橋本さんは歯磨きが嫌いだから息が臭い。
渡されたカードは先程降ってきた、二枚持ってたら明日死なないカードだ。
「そんなことしたら橋本さんが死んじゃうよ?」
「ワシはもういいんだ。ワシは君達家族にペットにされて10年、死ぬことを許されずにずっと生かされていた。人間なのに犬のように扱われ、時には自分でも自分が人間だということを忘れてしまいそうにもなった。君以外の異常だった家族が死んでようやく解放されたんだ。やっと死ねる。君までワシを死なせてくれないのかい?」
橋本さんは泣いていた。
僕は知っている。橋本さんが今までどれほど頑張ってきたのかを。
だから、これ以上橋本さんを苦しませてはいけない。
「橋本さん、死んでいいよ。」
僕はカードをポケットにしまった。
これで二枚揃った。
明日僕が死ぬことはない。
「ありがとう。ありがとう。ありがとう。」