幕間:機嫌を直して
今回は春さまのターン。
俺は体育祭一週間前の休日に外出する。
その目的は極めて簡単、この前の中野家の宿泊が散々な事は兎も角、それで機嫌を損ねた春の面倒を見る為だ。
罪を償う名目での春が企画した刑法。
まぁ?正直、俺としては御褒美なんですがね。
今日もまた器宮町へ赴いている。
春曰く、路鉈の地理は把握しているし、美味しい店も網羅しているので厭きたとの事。
俺としては、ショッピングモールとか学校以外はそう利用した事が無いんで何処でも新鮮味あるんだけどもねっ!
理由はどうあれ、機嫌を損ねた己の罪は自責の念をもって償うべきだ。
夏蓮とは既に二回も二人きりの外出をしたが、春とは誰かが共に居たり、校内だったりとあまり放課後の時間を共有した例がない。
いつかの仲良しな幼馴染の関係を取り戻そうとする余り、暴走してつい俺を怖がらせてしまう不器用少女なのだ。
うん、そうであってくれ。
斯くして、俺は二つの町に挟まれた祷花湾に面する器宮倉庫街へと来ていた。
ここは普段、輸入輸出用に大きな貨物船も停泊する場所、漁船もあったりと叶桐の産業の要所とも知られている。
既にこれから叶桐の産物を格納したブロックを運んでいるのだが、俺はそれを尻目にデートします。
話は逸れたが、一見この一般人が立ち寄り難い場所は、しかし一部が揚げられた新鮮な魚介の料理などを取り扱う店が軒を連ねる。
市外からの観光客が訪れる人気の場所として周知されていた。
春はどうやら、この中より気に入る店を見つけたい様だ。
俺はいま制服で立っている。
その理由としては、午前中に器宮東高校での実行委員会があったからだ。云わば仕事帰り、昼食から春と過ごす予定。
こんな場所で一緒に歩いてたら、中野やら面倒な連中に発見されそうで恐ろしいがな。
集合時間の約十分前、俺の目は人波の奥から異彩を放つ少女を捉えた。
異彩……まぁ、うん、可愛いってのもあるけどさ、そりゃ周囲と較べたら異質だもん。
だって……同じ制服着てるし、それ春だし。
私服を期待していたが、まさかの制服で俺の下に来た琴凪春さん。
財布と携帯電話のみという些か不備の目立つ軽装の俺とは違い、学生鞄を持って来ている。
今日はショートカットの髪を後ろで結っており、小さな後れ毛が少しうなじの辺りで巻いているところが愛らしい。
成る程な、これが現代の美少女……御馳走様です。
「春さんや、なして制服なの?」
「制服デート、した事が無かったから」
「征服デート?さすが春さん、既に路鉈高校の生徒会として器宮侵略に早くも手を」
「違う」
「ん?」
いや、冗談だけども。
違う、の含意がどこか俺に別の感想を要求している語調であった。デート、まさか相手からそんな風に思われていたとは。
そうだな、先ずは女の子と休日に出掛ける際には必要な事がある。
男に課せられた、“お約束”というやつだ。
「制服、とても似合ってるぞ」
「…………」
「襟とか綺麗に整えてるとこ流石だ」
「…………」
「ふぅん??」
あんれぇ?違うんでちゅか。
可笑しいな、よく漫画のヒロインとかはこれで喜ぶんだけどな。
あ、条件として惚れられてるのが最大だった。先ず機嫌損なってる相手にそれするの愚策か。
逆に、俺は女子と出掛ける経験自体が通常より劣っているのだから、漫画で熟知した気になって驕るのは駄目だな。
無表情の春様にどう対応すれば良いんだ?
えーと……じゃあ……。
あ、髪型か!!
髪型について言って欲しいのか!
はっはー、もう判っちゃったぞ?
このユウくんにかかれば、どんな難事件も迷宮入りなんぞさせないからな!
真実はいつも私、アイムジャスティス!
「髪、似合ってるな。すごい可愛いぞ」
「……本当に?」
漸く期待した感想が来たのか、少し嬉しそうに頬を赤らめる。
危ないな、一瞬だけ心臓の鼓動が祭囃子を上回る速度に跳ね上がったぞ。血管が危うく切れるところでした。
夏蓮さんの様に天真爛漫な気質と違って、冷静で美しい系の春は、不意に見せた笑顔が反則である。
「おう、超似合ってる!」
「……ありがと」
「何なら俺も同じにしようかな!」
「やめて」
「いや、冗談だって」
「それ、あと三回ね」
え、三回だけ?
ギャグ言って良いの三回だけ?
それ、俺の個性死んじゃわない?
おふざけはそれまでにし、俺と春は倉庫街へと踏み入る。
観光客の波にやや押されながら、二人で離れない様に手を繋いだ。
勇気だして俺からです、大事な事だからあと十回は言います。勇気だして俺から(以下略)。
最初に目についた露天は、鯖の塩焼なんかをやっていた。
店舗の後部で内臓の処理などを済ませて焼いた串刺し鯖を、焼きたてで提供する業態。店前に並ぶ行列から盛況しているのが判然としている。
一本四〇〇円……これ欲しいな。
ふと袖を引かれる感触を得て俺が隣を見ると、春がそちらを凝視したまま制服の袖を断続的に引っ張っていた。
それも、普段ならばあり得ない驚天動地の輝いた目である。
確かに、女子って肉料理よりも魚料理が好きな子が多いって中野から聞いたな。
「春、あれ食べようぜ」
「……良いの?結構並ぶけれど」
「それくらい我慢できるさ」
「判った、蹴散らしてくる」
「どして、そうなった??」
滲み出る武力行使の香り。
甘い空気をそれこそ蹴散らす彼女の言動に屡々困らされること約十分して、俺達は鯖を手にした。
あれだよ?主人として英雄を使役するあの人気のゲームの方じゃなくて、本当にただの焼き鯖だよ?
貰ってから直ぐに春は美味しそうに頬張る。
俺は彼女の感想を待つ事にした。
「んっ、美味しい」
「そうか?捕ってきた甲斐があったぜ」
「あと二回」
「そうでしたね、いただきます」
忘れていた、その制限がある事。
俺も早速食べたが、新鮮な魚を直ぐに焼いただけあって旨い。何より叶桐の品質が良い事もあるだろう、腹を支配していた空腹感が幸福感へと転換される。
恐ろしや、春とのデートの積もりだったが、俺が病み付きになりそうだ。
「何かあれだな、こうしてると思い出すよな」
「何を?」
「あれだよ、あれ……なんだっけ……えーと……確か前にお前と一緒に……なんだっけ……」
「あと一回」
「冗談抜きですよ!?」
春はくすりと微笑んだ。
くそっ、可愛いなぁ。普段からそうしてくれれば、心臓も嬉しさドッキュンドッキュンなのに。
「海で釣りをした時に、雄志が思わぬ大物を釣って、それを一緒に焼いて食べた時でしょ」
「あ、そうそう」
俺が小学三年の頃、春を連れて近所の釣り趣味のおじさんに同行し、釣りを嗜んだ時だ。
俺が予想外の大物を釣ろうとして逆に海に落ちて、最終的におじさんが俺を引き揚げながら擲った銛で魚を仕留めたやつ。
……あの人もおかしいよな。
その後に教えて貰ってできる春もおかしいよな。最後なんか竿持たずに潜ってたし。
「春、どうした?」
「また釣りしたいね」
「おまえ水中で突いて来る方は禁止だぞ?」
「また素潜りしたいね」
「正直になるな」
久し振りに打ち解けながら、俺達は次なる店へと向かった。
読んで頂き、誠に有り難うございます。
次回も宜しくお願い致します。




