二十六話「生徒会長は一味も二癖も違う」
玄関先で倒れる女性に、俺達は黙るしかなかった。
まさか親友が友達を招いたのは、自身の失態を隠蔽する為に協力しろと脅迫するのが目的か。現場へと俺達を招く事で、後戻り出来ぬように。
さて……どう逃げてやろうかな。
数時間後には絶妙に不味い品が届くし、訪ねた中野の家では死人が出ている。
ここ最近は数奇な運命を辿っている、と言ってもここまでの惨状は無かった筈だ。
警察か某少年探偵を要請するか、硬直する俺達の環を抜けて、中野が揚々と進み出た。
何の躊躇いも無く家に上がると、そのまま遺体まで近寄ってから屈み込む。
顔は見えないが、高身長でスタイルの良い女性だ。よく見れば、路鉈高校の制服を着ている……それも男性用の。
色々と指摘が追い付かぬ状況下で、唯一行動した中野は死体を手で揺すった。
「姉ちゃん、何してんだよ」
その一声が掛かるや否や、今まで倒れていた体が発条仕掛けの機械の如く、奇妙な撥ね方で立ち上がった。
この前、ベッドの上に画鋲を置いたの忘れて寝た時、尻に突き刺さって思わず跳躍した時の俺みたいである。
一瞬、目前にA級ホラーでも降臨したかと見紛う体術で起き上がった彼女は、中野の両肩を摑んで双眸を輝かせていた。
何してんだ中野、おまえ美人が接触しているぞ!
いつものお前なら興奮してる筈だろ!
「もう、遅いわよ浩介!!私がどれだけ待機してたか知らないでしょ!?」
「その意味の判らねぇ歓迎の所為で、いっつも一家が変人扱いされてんだぞ」
「今見た辺りで、もう間違いないだろ」
「鍛埜くん、何か……言ったかね?」
どうやら中野家の歓迎法らしい。
先刻まで死体として突っ伏していたのは、中野の姉である。出会った事もなければ、話に聞いた事も無いので些か以上に新鮮味がある。
凛々しい眉毛と茶髪のポニーテール、スカートの丈は足首に達するまでの長さ。
顔立ちは美人の部類であり、明らかに可憐なヤンキーガール。
「皆さん、こんばんは」
「月が綺麗ですね」
「あはは、よく言われるわ」
「「「「嘘付けッッ!!!!」」」」
「どうも初めまして!中野浩介の姉、早希で~す。生徒会長やってまーっしゅ」
「「「「嘘~ン付けッッ!!!!」」」」
「趣味は運動、嫌いな物は雑務!生徒会の日常は楽しいわよ!」
「「「「うっそ付けィ……!!!!」」」」
見た目と職務のギャップが烈し過ぎて全く納得できない。こんな人が路鉈高校の生徒会を総轄してるなんて考えられないッ!
……いや、俺とか中野とか、そんなのが許容されている時点で、有り得るのか?これが総督だから、俺達は……安心して活動できる。
「これから姉御と呼ばせて下せぇ!」
「ふふん、宜しい!では早急に餡パンを買って来い」
「初対面で人の友達を遣んな」
呵々大笑する早希さんは、廊下を踏み鳴らしながら居間へと向かった。その後ろを従いていく俺達は、彼女の背中に不安を抱いていた。
中野の家に泊まる時点で幾らか怖い思いをしていた。
敷波さんへの言葉に、何か新兵器らしき物の発動を示唆する部分があった。
さらに一泊してる途中で、この姉がどれだけ介入してくるか。
うん、夏蓮とか春は兎も角、如何に年上といえど度が過ぎとる。
俺は梓ちゃん一筋なんだぞ、あの白衣姿の妖艶な先生に敵う訳がねぇ。
「中野、一応お前もアレだけど確認したい」
「鍛埜、訊く側なのに失礼な奴だな」
「お主の姉上は、我々にとって敵性個体であるか?」
「橋ノ本、姉ちゃんに後で謝っとけ」
「彼氏、居るのか?」
「斉藤、見境ねぇな」
個々で持つ疑問が違った。
俺の聞きたい内容を訊ねる奴が全く居ない。
普通、あんな衝撃的な出会い方したら、もっと指摘すべき部分があるだろうが!!
すると、中野はまたしても俺の心を察して微笑む。
そこには、人生を達観した大人びた雰囲気を含んでいる。
「判るよ鍛埜、お前の言いたい事。姉さんは確かに変人だが、誰よりも家族想いな人なんだ」
「違う、スリーサイズが知りたい」
「上から一、一、一」
「棒人間よりは太くて安心だわ、超草だわ」
「お前も誰かのスリーサイズ言え」
「七六、七十、七十八」
「中々にスレンダーだな。いったい誰のだ?」
「俺のだ」
「大事だからメモっとこ」
「いやだもう、中野さんっておませねっ」
この苛つく会話が終わる時、居間に着いた。
それから畳に腰を下ろすと、早希さんが颯爽と茶を淹れてくれて、和菓子なども供してくれる。
最初の印象は色んな意味で秀逸だったが、人への気遣いが出来る辺りは最低限生徒会長なのだろう(めっさ失礼)。
畳の匂いが微かに、そして心地よく鼻先に小さく触れる程度で薫って気分が落ち着く。
こんな環境下で勉強が出来るのに、一体どうして住み着いたのは奇矯な中野なんだろう。
俺だったら、この部屋で昼寝しかしないけど。
俺達は礼を言ってから、茶を啜った。
……茶を……啜った。
「どう?お味は?」
「外見で騙されたけど、底の方で熱く滾るような赤色が見えるんですが……」
「結構なお点前で」
「それ本来ならこっちの台詞だけど、自信のある人は嫌いじゃないよ」
油断も隙もない。
人が安堵した途端に砲撃をぶちこんでくる辺りが、中野すら可愛げに思える凶悪な精神を垣間見せる。
天然ではない、計画的に楽しんでいる。
泊まりに来た弟の友達を玩具にする生徒会長とか、俺が読んでるラノベでも錚々居ないぞ。
中野は呆れて物も言えず、机に顔を伏せていた。
判るよ、身内にこういう人が居ると処し難いよね。俺も最近は他人の複雑な家庭内事情を意図せず知ってしまったり、ナンパしたり、その度に幼馴染と同居人に脅かされたり。
「ちょっと浩介、そこで寝ちゃ駄目よ」
「姉ちゃん、俺の言いたい事わかるだろ?」
「そんなの判ってるわ!私も浩介大好きよ!」
「正解に掠りもしてねぇ」
中野が俺の方へ情けない表情の顔を向ける。
「こんな事なら、橋ノ本の家が良かったかもな」
「夜通しでゲーム三昧だろ、死ぬわ」
「じゃあ、斉藤の家とか」
「ナルシズムな内装で、多分居心地が最悪だ」
「鍛埜の家しかねぇじゃん」
「死人が出る」
「お前は毎朝『復活の◯文』でも唱えて来てるのか」
「おこえのはかんときんならひしとつたって(以下略)」
「それいつのだ」
「明日用のだ」
恐らく明日も必要になるのだ。
でも、中野の部屋に閉じ籠っていれば、基本的に彼女は介入して来ないだろう。つまり、まだ対処法は幾らでもある。
そう考えれば、俺達はまだお泊まり会を楽しめるんじゃないか?
暫し早希さんの猛攻に耐えていた俺達は、引き際を見計らって立ち上がった。
絶妙な撤退のチャンスを逃すわけにはいかん。
「よっし、取り敢えず中野の部屋で何か遊ぼう――――」
ピンポーンっ。
インターホンが鳴る。
その瞬間、一同の顔が蒼白となる。
そうだ、まだ地獄は終わっていない。
第二の“敷波桐花の料理”はまだ、終わっちゃいなかった……。
読んで頂き、誠に有り難うございます。
次回も宜しくお願い致します。




