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二十話「これが在るべきナンパ本来の形だ」


「そこのお嬢さん――俺とお茶しない?」


 ナンパ――それは一種の迷惑行為。

 残念ながら、その既存の概念(へんけん)は打ち破られる。今、この鍛埜雄志によって。

 友達の少なかった俺に現れた、細やかな変化をもたらしてくれたのがナンパだ。今まで不誠実に女性を誘う外道の嗜みと信じて疑わなかったが、もう違う。


 花の様な夏蓮さんの笑顔、六年間の空白という隔壁のあった春、それらと繋ぎ会わせてくれた。

 だから、中野には感謝している。俺は半ば高校生活の交友関係を諦めていた。……だって、話し掛けても皆が顔赤くして目逸らされるんだもんッ!

 要するに、路鉈高校は全員乙女だった。――という勘違いに行き着く寸前だったしな。

 逆だよ逆。みんな蒼褪めてたし、何に怯えてるんだろうな。

 俺の目付きか、『三丁目の狂犬と兄弟』という肩書は馬鹿にできないぜ。仲良く住宅街で追い駆けっこしたからな。


 俺の急襲によって、当然ながら一同沈黙。

 路鉈高校の制服で来てしまったのは、少し危険かもしれない。奴等に所在を暴露しているも同然、これで後日に報復の算段を立てるに益体のある情報となるだろう。

 やれやれ、ここでカッコ良い姿見せたら、このチャラ男達が学校前で俺を待ち構えて、乙女の顔しながら告白するんだろうな。

 先に断っておくぜ、野郎はごめんだ。


 チャラチーム筆頭、身長の高い男が見下ろしてくる。そこからの景色はさぞや良いだろうな。

 何たって、目前には世紀のイケメンたる広瀬翔!……と同じ体育祭実行委員会所属の人間が居るんだからな!!


「おやおや、エリートが何の用ですかい?まさか、女子を大胆にお誘いとか度胸ありますねぇ」


「心はエリートじゃなく、デリケートだ」


「でも、俺らが誘ってるんスよね」


「いや何、君らの交渉が難航しているのを見掛けてな。手本を見せてやろうかと」


 ナンパに関して老練な人間の雰囲気を醸し出す。手本という程に経験を積んでいない俺からすれば、チャラ男とは同格である。

 だが少しでも臆したところを見せれば、タコ殴りにされるのは自明の理。実は女の子を助けようなんて気概で挑みながら、土壇場じゃ同時に全力の保身も心がけてますっ☆


 俺の態度が気に食わないのか、チャラ男の侍らせていた部下(チンピラ)が舌打ちする。一瞬投げキッスの音かと思って胸が動悸(ドギマギ)した。

 俺を堕とすなら、まずは夏蓮さん級を三百人引き連れて来るんだな。因みに梓ちゃんなら一人で許しちゃう。

 いや、うん。夏蓮さんに会うまでは精神が廃れてきてた所為か、梓ちゃん以外は南瓜(カボチャ)にしか見えないからな。

 美少女でそんな症状が治るとか、男って単純なのね。私でも捕まえられそう(突然の性転換)♥️


「空気読めよ、俺達が誘ってんだからさ」


「空気読めてないのアンタ達だろ。相手が嫌がってるの判らないのかよ」


「嫌々でも俺達が気に入ったんだから良いだろうが」


「思考が世紀末覇者の下っ端の下っ端でワロタ。ツボ突いたら盛大に赤い花火になりやすかね。

 因みに俺は元◯皇拳が好きだな、あれで一回、森先生をぶっ飛ばしたい。

 まあ、思春期の男子から放てるのなんて、煩悩と欲の汚いオーラ程度なんですが」


「な、何だコイツ」


 好き過ぎて読み込んだからな。

 北◯百烈拳とアーンパー◯チ!くらいは習得(マスター)してる。……あれ、後者は違うか。

 でも、あのバイ◯ンマンの乗り物が拉げるどころか爆散するくらいだから、相当強い。

 というか、爆発で彼方まで飛ばされても死なない強靭さなら、某菌も肉弾戦の方が強いと思う。

 どちらかと言うと、俺はアンパンよりも黴菌のファンだからな。


 閑話休題。

 俺が女子だったら、絶対に嫌だ。

 こんな節操も無さそうな連中と遊んだら碌な目に遭わない。その日の夜の枕を涙で濡らす。

 だから、お金や高価な物品で釣られる事なんて……事な、んて……ナインダカラネッ!?


 ナンパは金でもルックスでもない。

 要は誠意の問題なのだ。

 女子が安心して時間を共有できる、その安心感を与えられるか否かが、最大の問題だ。


「話を逸らすな、バカ野郎!!」


「いや、めっちゃ脱線したのお前だろ。なに一人で暴走してんだよ」


 チャラ男に注意(ツッコミ)された。

 や、野郎ォ……やりやがる。最低でも中野よりは知性がありそうだな。あの阿呆の相手を日常的にしている俺としては強敵だ。

 これは油断ならない。


「お嬢さん、これからどちらへ」


「……しょ、書店です……」


 チャラ男より警戒されてる気がするな。

 こんな奇人よりもチャラい方が良いと。成る程、近代の女子の生態は謎だな。夏蓮さんも、何故に俺のナンパに応じたのだろう。

 しかし、書店か……。

 帰宅部で読書ぐらいしかやる事の無い俺としては、何たる奇遇か。趣味が合う相手である。


「書店か。俺最近は綾辻神門(あやつじごうど)先生の『秋泣』を読んだ」


「本当ですかっ!?あの作品、素晴らしいですよね!主人公設定や舞台背景の描写も精緻で、何より強調もさせず、けれど無意識に目を留めてしまう然り気無い一文が伏線になっていたり!後から解明されていく時に、ふと思い出させられる事が快感になって!加えて、種明かしとなる最後(クライマックス)まで読むのに辟易しない文章!私、綾辻先生の作品は大体読み通していて」


「成る程、成る程、成る程。判ったから喋る速度を三分の一の倍速でお(ねげ)ぇしやっす」


 少し殻を叩けば熱狂的なファンだった。

 相手の趣味や目的を尊重して話し掛け、距離を潰すのがナンパの基本だ。相手に自分の遣りたい事を強要したりするだけでは、人の心を動かす事はできない。

 先日の場合は、茶に誘うにしても、まずは詫びてから相手に頼む。(にじ)り寄って行くだけでは、ただの誘拐だ。


「そーうーでーすーね、でーはー貴方ーのー読ーんーだー」


「わお、速度調整自在かよ」


 ただ急に鬱陶しい女子に見えてきたな。

 意外に(アホ)と同じ臭いがする。類は類を呼ぶとはこの事。……まさか、俺は引き寄せられてしまったのかッ!?


 おっと、忘れるな。

 俺はここに、一人の男としてナンパに来たのだ。

 熱狂的な読書家となれば、接近(アプローチ)として正しいのは相手の趣向に則ること。目的を先に済ませて落ち着き、且つその時間を共有して親近感を懐かせる。

 ……あれ、何か俺ってナンパに手慣れている……?


「ゆっくり話したいし、良ければお茶しない?勿論、書店を見に行った後。何なら、お勧めとかあれば教えてくれると嬉しい」


「勿論ですよ!貴方に素晴らしい読書生活の極意を教授して差し上げます!」


 満面の笑みを咲かせる少女。成る程、目を付けたチャラ男は案外審美眼だけは良いのかもしれない。

 俺が振り返ると、彼等は沈黙していた。否、引いていた。俺ではなく、寧ろ彼女にだろう。消極的な女性ならば強引に連れられる、その戦法で挑んでいた彼等からすれば、突然現れたもう一つの(かお)に愕然となること頻り。

 どちらにせよ、掌を見るが如く、この勝敗は明らかだった。


「俺の勝ちだ」


「チッ、覚えてろよ。次会ったらただじゃおかねぇ」


 こちらに背を向けて歩み出すチャラ男。

 その背中は、何故か敗北の味を知ってカッコ良く映る……訳もない。(ざま)ぁ見ろ間抜けめ!


「絵に書いたような下っ端キャラだな……」


「よく小説で見る雑魚キャラですよねっ!」


「あれ、先刻(さっき)までの君は何処へ?」


 去った途端に笑顔で揶揄する彼女。

 最初からこの空気が全開だったなら、俺が助太刀に推参する必要も無かっただろう。でも、人の本性は外観のみでは判らない。

 いや……でも、俺の周囲にいる人間は単純なのばかりだよな。

 鉄拳制裁(あずさ)欲望忠実(なかの)子犬系美少女(かれん)殺害予告(はる)


 うん、いや、まあ、ね?

 言ってる事は間違いないから、取り敢えず彼等を例に挙げるのは止めよう。


 読書家の少女が一礼する。


「あの、助けて頂いて、本当に有り難うございます」


「良いさ、俺は女の子の困った顔が嫌なんだ」


「上目遣い、涙目」


「めっちゃ萌えます。何なら少し意地悪します」


 いかん、乗せられた。

 さて、ナンパが成功したなら、互いに最低限の認識共有が必須。勝者として、遺憾なく甘い汁を啜らせて貰う。


「じゃあ、書店に行こうか。俺は鍛埜雄志。君は?」


「はいっ、叶桐京子と申します!」


 花の咲き誇るような笑顔で応える。

 夏の暑気が少しばかり涼しくなった錯覚が起こる。偶然にも二人目のナンパ成功を果たしてしまったが、まあ仕方ない。罪な男だよ、鍛埜雄志。

 この現場を春や謎の同居人さんに目撃されたら、前者は即刻死刑で後者は飯抜きとなる。それでも、一人の女の子を救ったのだから、事情を話せば許してくれるだろう……謎の同居人さんとは会話になら無いが。


 さて、彼女と一時のデートを楽しみましょう。


「宜しく!叶桐――――ん?」


 笑顔の彼女、聞き覚えのある名前――危険な香りがする。





アクセスして頂き、誠に有り難うございます。


次回も宜しくお願い致します。

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