十五話「恐怖!ヤツの正体は……!」
自宅の扉を開けて中に入る。
いつもは孤独に足を踏み入れる私生活の場所に、もう一人が立ち寄った。確かに小学生以来の珍客だが、それでも再度と来る事はないと思っていたので存外驚いている。
しかし、感慨を懐くのは俺だけであったらしく、靴を脱いで上がる春は特に周囲を見渡す様子もなく居間へと向かう。まるでいつもの家に帰宅したかの様な足取りで、俺としては期待していた反応もなく残念だった。
もっとこう……わー!とかさ。叫ばれても困るし『気色悪いトコだな』とか言ったら張っ倒すけど。
美少女だぜ!?同い年の美少女が自宅、それも夜に入るんだぞ?キャッキャウフフな展開を期待しても仕方ないよな、日本男児たる者!
ま、そんな美味しい話があったら、今頃炭酸水の如くパチパチ弾けたリア充グループの一員になっていただろう。あんな奴ら……あんな奴らなんて……羨ますぃぃぃい(最近多いヒステリック)!!
しかし、まあ……色々あって、肝も冷えたけど、安全に自宅に戻れた事が幸福と思うのが筋かもしれない。多くを望んではいけないな、梓ちゃんは是が非でも手に入れたい。
しかし、春が居るとなれば夕食の準備を如何とするか。生憎と自分での料理は程々しか出来ないし、成績優秀で両親からの伝聞だが家事全般を熟す春に比すれば粗末な物。
歓迎の品が無いし……まあ、プレゼントは買ったけどさ。
俺が憂慮していると、台所から物音が聞こえる。覗いて見ると棚に収納していた調理器具を取り出すエプロン姿の春が居た。……その赤色のエプロンは何処から取り出したの?あと、何で其所にあるって知ってんの??
素早い手際で冷蔵庫からも食材を出している。……だから、何で知ってる!?まさか、監視カメラでも付けてたとか?
瞬く間に野菜炒めを完成させてしまった。
いや、完璧だからこそ恐怖しかない。我が家も同然に振る舞う彼女に心底言いたい。お前、家に来るの実に六年振りだろうが!
千里眼か、そうか超能力もってたのか凄いな君は一%でも良いからくれよ!男子にとって禁断の秘境たる女子更衣室の実態を暴けるというのに!
そんなヤツにこそ超能力を授けない、神様のイジワルぅ!
春は昔はとても無邪気な女の子だった。
近所付き合いで俺と一緒に遊んでは、共に泥だらけになって風呂に入った。……今度やってみればワンチャンス一緒に……げふんげふんッ!
それだけ仲良かったし、最後に遊んだ時も全然気まずくはならなかったけれど。まあ、どんな理由があろうと、友達として復縁出来たのは素晴らしい事だろう。
ともあれ、食事をする俺を真正面から見詰める春。うん、普段は一人だし見られながら食うとなると中々に羞恥を覚える。
ペットに餌を与える感覚なのかはしらんが、そんなに観察しても鍛埜雄志の生態は解明出来んぞ。梓ちゃんにボコられた体組織の損傷具合しか見えんからな。
しっかし、この味付け――何だか毎日食べているような気がするんだが……。いや、思い過ごし……だよな。俺の食生活を管理してるのは謎の同居人さんくらいだし。
どちらにしろ、お隣さんだから春にも何かしら話しておくか。
「美味しい?」
「俺、最近になって気付いたんだよ。毎日、俺の食事を作ってるれる存在に」
春が自身の分も食べようとした時だった。
彼女は少し微笑んで、箸を皿に置いた。そうだ、答えなんて最初から一つだったんだ。気付いてしまったら、もう手遅れだ。口にしてしまえば、もう後戻りが出来ない。
「……そっか、漸く私の事わか――」
「ああ――この家、間違いなく幽霊が居るわ」
「……………………は?」
謎の同居人さんは料理を行える程に卓越した技術、そして圧倒的な家事力!明らかにこの世で最も人を堕落させる能力に長けた化け物だ!!
だとしたら、もう甘えてはられない。元凶を取り除かなくてはならない。
俺は真っ当な人間になるんだ!いや、森に反抗するのは変えないし、梓先生への接触も止めない!そこを止めるべきだと社会が罰するなら、先ずは日本から征服してやる!
きっと……俺みたいな悩みを抱える人間が他にも居る筈だからな。
「春……頼む、マジで怖ぇ」
「……ゆ、幽霊に、何か、され、たの?」
あれ、何か動揺してる。案外オカルトの類いを信じちゃうヤツか。はっ、可愛いとこあるじゃねぇか、怖くても一緒にトイレは行ってやらねぇよ。俺のトイレ、付いて来てくれるなら話は別だがな。
兎も角、今まで甘く見ていた、非日常の恐ろしさを。確かに憧れた日はあったぜ、梓ちゃんと会うまでは。でも、まさか六年前から身近に在ったとは恐ろしすぎる。
しかし、謎の同居人さんが何をしたか……か。いや、別段実害を被る事は微塵もなかったな。物理的な襲撃も見受けられないし、金縛りといった物も。
「毎日……飯作ってくれる幽霊」
「その、何か、害が……?」
「いや、何が目的か判らんヤツだ」
「……………………………………………ぇ……………………………?」
「え、どうした。まさか『飯作ってくれるだけかよ、そんな深刻な顔して』とかバカにしてるんだろ!?結構な大事なんだぞ!?」
春が眼前に俯いた。図星だったのかよ!?
いや、放課後デートとか、恐らく春を招いた事も謎の同居人さんには露見している。また朝飯の質が下がる!
いや、今回は俺が恐怖心を晒したから、次からは何か攻撃を仕掛けてくるか、家から立ち去るかもしれない。後者の場合……もしかして、家に取り憑く精霊だったとか?炊事、家事をやってくれる精霊。
メイド、メイド姿で『実は私でした!』なんて出てきたら許すけど。現実はそう甘くないんだよな、メイド欲しい。
その時、春が俺の肩を物凄い力で摑んで来た。
「雄志……この事は、他言無用で」
「??な、何で……?夏蓮さんには話してしまったが」
「私も隣だから、何かあるかもしれない。けれど、これ以上の被害者を出す訳にもいかない。そして私と雄志の父母に余計な心配はさせたくない。良い?だから他言無用、私と二人きりで解決するのが常道であり最善。そうでなければきっと危険な目に遭う。――判った?」
「…………ぉ、ぉぅ……」
一息で物凄い長い事を話してたな。
内容は……取り敢えず俺と春以外には秘密、と?幼馴染の美少女と二人きりの秘密、憧れた状況がまさか幽霊対策だとは哀しいな。
でもまあ、秘密を共有する相手が増えた事は、少なからず安心感ができる。
「春にゃん」
「やめて」
「春、何処で寝るんだ?布団は出すけど」
「?一緒に寝るんじゃないの?」
「……………………はい?」
Qu'est-ce que t'as dit?
*フランス語で、『何を言っているの?』。
因みに鍛埜雄志にはフランス語を習得する程の語学力はなかったり☆
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雄志がここまで鈍かったなんて。
しかも、叶桐夏蓮にまで口外しているとは予想外だった。今度からは盗聴器も仕掛けて徹底的に日常の出来事を把握しなければ。
あの切花梓は気付いていた。
アレは特に危険……雄志が頼らないよう根回しが必要だ。私以外には縋らせない、依存させない、好かせない。
謎の同居人と称呼する彼から、畏怖を取り除いて行く様に印象操作を行う為の状況を誂えなければ。それによって次第に本当の意味での懐柔は始まり、最後に正体が判明した時に結ばれるように調整する。
今回の鈍感さは想定外のレベルだけれど、まだ手に負える範疇。操って、最後の最後に勝つのは……私だ。
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
春にゃ……げふんげふん。春さんには、いつか猫耳とか付けてみたいですね。
次回も宜しくお願い致します。




