九話「修羅場の予感」
五時限目の授業を受ける俺は、猛烈な睡魔に襲われていた。宿敵の森先生が放つ問題なのだが、これが非常に難解である。
今回の授業は、森が用意した問題を解く事。大問を二つ、其々に三問を設えた様式、これを制限時間二〇分以内、そして残る時間を解説。これなら特に支障無いが、すべてが森の趣味である応用問題。
皆が一問を解くのに苦慮しており、果たして制限時間内に完答する者が現れるか否か、疑問を禁じ得ぬ難易度の高さ。
おのれェ……森、俺が珍しく出席しているからって、腹慰せに何ちゅうもんをぶっこんで来とんじゃい!!
現に、右斜め前方に居る中野は許容量を超える難問題に、机に突っ伏しており、俺も集中力が途切れて、窓の外に居る連中が気になり始めたところ。……だってつまらないんだもん!
言い訳をさせて貰おう。
確かに、森の問題に辟易したというのもあるが、それ以上に強烈な印象で俺の意識は校庭に引き寄せられた。
サッカーに興じる別クラスの女子達、並みいる者達の中でも異彩を放つ一人の存在。俺の幼馴染である琴凪春は、華麗なドリブルで次々と敵の防御陣を躱して行く。
昼食後に中野から新たに得た情報。
校内裏ランキングで首位を争う夏蓮さんと春。
成績でいうなら、夏蓮さんは学力に於いて追随を許さぬ高度な知性を有するが、運動は平均以上という差異。対して、春は文武両道、学力は常に夏蓮さんと僅差にまで詰め寄り、学年一の運動能力という非の打ち所が無い秀才。
しかし、両者の番付を現在のものにしたのは、偏に人当たりの良さらしい。夏蓮さんは、様々な人間からの人望を集めやすい。交友関係はこのクラスに留まらず、別の学年にすら及ぶ。
春は畏敬を集める人だが、それ故に近付く人種にも限りがある。下心の有無は兎も角、それは友情というより忠誠に近い意思によって編成された集団を構成しており、友人もほとんど限定されてしまう。
いや、彼女は接する人間を厳しく選択するのだろう。
今も、パスを出さずに独走し、数々の障害を乗り越えてゴールへと躙り寄る。戦々恐々、もはや敵チームは途中で諦念に足を止める者すら見受けられた。確かに、あれほど圧倒的であるとスポーツへの気概を失う事もある。
瞭然とした格差、覆しようの無い差を目の当たりにする事、それは大抵の人間が忌諱する。もう少し愛想よくすれば、本当に可愛いんだがね。
強力なシュートを決め、春は悠揚と自陣に戻って行く。膝を突いて項垂れる敵チームを平然と見下ろし、また味方達は春ならば当然とばかりに粛然とその場に佇んでいた。
これ……学校の体育ですか?何だかやたらと強い悪の組織を見てる感じがする。楽しく、和やかにボール蹴る競技じゃないの??
踵を返した春が、ふと俺の方向を見遣った。あ、雑念ましましで見てるの露呈た。
体育で躍動する女子の肢体を見てたんじゃないよ、本当に。
神じゃなく、鍛埜雄志に誓って嘘じゃない。……それだと心配ですよね(笑)。
暫く見上げていた彼女だが、少し照れ臭そうに視線を逸らすと、小さく手を振って来た。
……どっっっっっ可愛ぇぇぇぇえええ!!!???
ファンサービスですか、マジですか。
おいおい柄にも無い事すんなよ、幻滅するぜ?因みに俺はお前に恋してる(瞬間的に)。
何だよ、昼食の後に幼馴染としてもっと仲良く談笑したかった後悔でもあって、そういう態度なのかね。だとしたら嬉しいぞ、放課後の気分も楽になる。
そう考えていた時、俺は視界の隅に現れ素早く肉薄する黒い物体を見咎めた。咄嗟に右に体を煽って回避する。
「ッぶな!?」
「鍛埜君、解答した三問とも正解なのは喜ばしいが、残る三問は未解答とは。しかも、解答中に余所見とは感心しないですね」
「先生!大問2が異常に難し過ぎます!見て下さいよ、僕の解答欄!この驚きの白さ、寧ろ汚してはならない神聖さが滲み出てきてます!」
「問題を誉められると、作り甲斐はありますが、やはり解答して貰わないと困りますね」
「俺が居る限り困らせてやる!何なら鬱憤で禿げるまでな!」
今度は先程よりも素早い攻撃で叩かれた。
視界の隅では、可笑しそうに笑っている夏蓮さんが見える……天使やねぇ。
そして中野、そろそろ起きろ。
「残る七分で二問解答しなければ、貴方に課題を出します。頑張って下さい」
「何だって――!?高校生から放課後の甘い時間すら奪おうってのか、この鬼畜!」
「反抗よりも回避に努める事が賢明ですよ」
「人道を逸した悪魔め……いつか必ず成敗してやる!先生ってカッコいいですよね、尊敬してます!」
「急に媚びないで下さい、引きます、早く解きなさい」
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結果的に、俺は居残る事になった――中野と。
くそっ……何で、中野なんだ!もう少しマシな面子は居ないのかよ!?そう考え、周囲を見回すが斎藤や橋ノ本は居ない。
アイツらは数学が得意なんですって、あらやだはしたない!そんなんじゃ、俺に嫌われますわよ!?
この苦界に希望は無い。
春とは連絡先も交換していないから、居残りで行けない事を伝えられない。生徒会室に行こうにも、教卓には生徒と談笑する監視役の森。マジで頭頂部を森林伐採して森じゃなくて、某国民アニメの波◯さんみたく、ただの木にしてやろうか!
俺が課題を睨んでいると、俺の席に歩み寄って来る影があった。
見上げてみると、眼鏡を掛けた夏蓮さんが立っている。マジ、差違萌え。
「雄志くん、苦戦しているみたいだね」
「ふはは、ご冗談が上手い。俺が数学に苦戦だって?そんな事、恥ずかしくて言えたもんじゃない!」
「言ってるも同然だよ、それ……」
だから保健室で梓ちゃんと遊びたかったの!
くそ、放課後に美少女と戯れる時間まで奪いやがって。しかも六年以来の幼馴染だぞ、少しは譲歩しろや、悪魔かよ。
俺の煩悶を察してか、夏蓮さんが自分のノートを見せる。其処には、彼女が傾向として類似する問題を解答した軌跡がある。丁寧な書き方、見易く配置された図などは、さながら満足度No.1の参考書。
俺が見上げると、恥ずかしそうに胸前で両手の指を忙しなく絡めさせ、視線を逸らして微笑む夏蓮さんがいる。
「手助け出来ないかな……と思って」
「やめろよ惚れちゃうから。愛してる。あ、手遅れだったわ大好き」
「え、ええ!?」
冗談にも顔を真っ赤にしている。初々しくてつい嗜虐心を擽られる。……最高の玩具だぜぃ(悪党の顔)。
「わ、私も終わるまで待ってるから……解らない所は、よ、良ければ聞いてね」
じゃあ早速。
おお、夏蓮さん!貴女はどうして夏蓮さんなの?違うわ、これ『ロミジュリ』だわ。
そんなこんなで、俺の手先も動きを加速させ、課題が終わりに近付いた頃だった。
我が教室の扉を開く者が居た。
近くに居た生徒を視線で呼びつける。
「すみません、雄志は……」
そう、その声に俺も夏蓮さんも中野も振り返った。
「っ……琴凪……さん……」
「げ……春にゃん……」
「え、美少女、眼福」
そんな俺達に、彼女――春は視線を細める。
空気が冷たくなっていく。何者をも凍てつかせる声音が、俺達へと響いた。
「その呼び方、やめて」
はい、すみません。
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
日間ランキング13位!本当に本当に有り難うございます。感動で何も言えません……!これからも頑張ります!
雄志「中野、やったぞ!」
中野「あ?どうせ苦情が来て喜んでんだろマゾヒストめ」
雄志「出鼻から伝える気失せるな……。日間ランキング13位だぞ」
中野「そうか、遂に俺も頂に近付いたか」
雄志「お前の独力じゃないから、絶対」
中野「じゃあ何だってんだよ!?」
雄志「梓ちゃんと俺のゴールインを夢見てる皆様の応援だよ!!」
中野「そんな応援してる奴は地球に居るわけねぇだろ!」
雄志「読者に地球外で閲覧してる方が居るかもだろ!?」
中野「それはワロタ」
次回も宜しくお願い致します。




