第93話「Good_Bye_Golden_Sunny_Day」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
『今日、冒険者になれた。レオンは涙を流して喜んでいた。カッコいい顔が台無し。いいとこなくなっちゃうじゃない。
でも気づいたの。彼は私と一緒に受かったことに、喜んでいたんだ。私が落ちていたら、きっと彼は冒険者になろうとはしなかっただろう。そういう人なのだ。
本当かっこつけ。そこがいいんだけど』
ページをめくる。
『親と喧嘩をして、ひとり暮らしを始めることになった。そしたら一緒にレオンもついてきてくれて、引っ越し作業も手伝ってくれた。サフィリアなんていう酷い街で住むことになった翌日、レオンは財布を取られた。
なのに笑ってるの。これから大儲けするんだから、気にすんな、なんて言って。
しょうがない。私の力で、大儲けさせてあげよう。そのために頑張ってきたんだから』
ページをめくる。
『エリーっていう獣人の子と出会った。亜人のせいで誰もパーティを組んでくれないらしい。誘ったら、ふたつ返事で友達になれちゃった。亜人なんて関係ないわ。彼女は強い子よ。
はぁ。レオンもしっかりと勉強して、もっと魔法使えるようになればなぁ。でも、強くなりすぎたらモテちゃうか。それは駄目かも』
ページをめくる。
『Jランクのゾディアック・ヴォルクス。はじめは絶対に怖い人だと思った。けど、話してみると、ただのお菓子好きのお兄さんだったわ。緊張して損した。けど、ちょっと喋り方怪しいというか、不審者っぽいというか。
なんで顔がいい人は、何かしら問題を抱えているのかしら。もっと明るく話せばいいのに。
レオンとエリーと一緒に、ゾディアックさんと仲良くなっていこう。うん。仲間として。Jの人と一緒に冒険なんて、夢みたいだもの』
ページをめくる。
『一緒にアクセサリーを買ったら、不良品だったわ。レオンが怒ってくれて、嬉しかった……』
『あんな幽霊と戦えるなんて! 倒せたからいいけど、レオンが気絶してた。馬鹿だ私。レオンが死んだら、どうするのよ。もっと強くならなきゃ。強くなるって誓ったんだから』
『いっぱい魔法を覚えてきた! これでみんなをもっとサポートできる。エリーと一緒に特訓よ!!』
『あそこのケーキ、美味しかったなぁ。ゾディアックさんが必死にメモを取っていて、笑っちゃった』
『ロゼさん可愛いけど、私だって負けてないわ。レオンったら鼻の下伸ばして! もう。
……私もドレスを着てみようかな』
ページを、めくり続ける。
『失敗した。レオンと喧嘩しちゃった。仲直りしなきゃ。レオンだって、私と同じ気持ちだもの。頼りにしてるって、言わなきゃ。あなたがいなきゃ、私はダメになっちゃう』
『明日は誕生日!! ちゃんと謝って、仲直りできたら、今度こそ告白しよう。好きだって。
頑張れ、私! レオンはニブいから、直接好きだって言おう! いい返事が、もらえるといいなぁ』
日記はここで終わっている。次のページをめくっても、白紙だった。めくってもめくっても、白が続く。そして最後のページが目に飛び込む。
そこには文字が書かれてあった。
『これを見ている誰かへ。これを見ているということは、私はもうこの世にいないのでしょう。冒険中に死んだのか、病死したのか、事故死なのか、まったくわかりません。
冒険中だったら、嬉しいです。私は、誰かの役に立って死ねたら、もう思い残すことはありません。もし、私が死ぬことで、誰かが幸せになってくれるなら、それで充分です。
これを見ている人へ。
どうか、私を、忘れてください。そしてこの本を、レオン・ハーティレイクという人に届けてほしいです。
それだけが、願いです。よろしくお願いいたします。
アイリ・カーディナル』
綺麗な字だった。何度も見たことがある、アイリの字を、レオンは撫でる。
もう顔も見えなければ声も聞こえない。
今までの思い出が頭の中を駆け巡る。レオンはただ、その字を撫で続ける。
瞬間、本のページが光り始めた。一部分が、紫色に光り輝き、文字が浮かび上がる。
目を見開いて、その文を読む。
『ああ。そうか。ちゃんと渡せたんだ。
レオンへ。
すごいでしょ。あなたの魔力だけに反応して文字が浮かび上がる、私特製の魔法。恥ずかしいこと書くから、レオン以外に見られたくなかったんだぁ。
はぁ。でも、これ見てるってことは、私はあなたより先に死んでるってことか。残念。
ねぇレオン。私が冒険者になろうとした理由知ってるっけ? 覚えてるかな。私が魔物に襲われた時、あなた木の枝と石だけで魔物を撃退しちゃったの。凄くかっこよかったわ。けど、大怪我もしちゃって。だから私誓ったの。あなたを守れるくらい、強くなろうって。
ねぇ、レオン。私、あなたを守れて死ねたかな?
あなたに、好きって言って、死ねたかな。
告白も成功して、一緒に住んで、それから、それから。
幸せに、一緒に、暮らして。
あなたの隣で、笑って、死ねたかな。
お願いがあるわ。レオン。
どうか、悲しまないで。そして時々でいいから、私のことを、思い出してほしいな。
どうか、私のことを、忘れないでほしい。
レオン。ありがとう。あなたに出会えて、一緒に生きて、一緒に戦えて。
私は、幸せだったわ。
レオン。大好き。
本当に、心の底から、あなたのことが、大好きなの。
ありがとう。
さようなら。
アイリより』
頬に、雫が伝う。それが、文字の上に落ちる。それでも文字は、煌々と光っていた。
まるで、アイリが話しかけているかのように。まだ生きているかのように。鼓動のように。光っている。
「アイリ……」
涙をこらえるように、空を見上げる。いつの間にか、日が赤くなっている。移動し続け、随分遠くへ来たのか、時差が生じているせいだろう。
太陽の光と夕焼けに染まっていく空。自分を照らす光は、まるで黄金。
アイリの髪と同じ、黄金の輝き。
「アイリ……」
この声に、誰も反応しない。レオンは歯を噛み締め、本を閉じて胸に抱く。
「アイリ……!」
会いたい。
まだ、彼女に何もできていないじゃないか。好きだって、伝えられていない。
まだまだ、いっぱい、一緒に色んなことをしたかった。
一緒に冒険をしたかった。
一緒に行きたかった。
一緒に、生きたかった。
けどもう、いないんだ。
レオンは涙を拭い、鞄を覗く。
本をしまい、ゾディアックが渡してくれた餞別を取り出す。袋の中には、アイリの誕生日に食べようとしていた、抹茶のマカロンが入っていた。
袋の封を解き、丸く、可愛らしいそれを、口に運ぶ。
ほろ苦く、そして甘い、ちょっとしょっぱい、優しい味が口の中に広がる。
嘘ばっかりついてきた。迷惑ばっかりかけてきた。
けど、最後だけは、ちゃんと約束を果たせた。
「アイリ。見てるか?」
もし魂というものがあるなら。
一緒に飛竜に乗れていたら、嬉しいな。
アイリ。ありがとう。
一緒にいれたこと、誇りに思う。
ありがとう。
一面に広がる黄金の空の下で。
レオンは口元に笑みを浮かべる。
旅はまだ、始まったばかりだ。
レオンは心の底から、空に向かって、ある言葉を吐き出した。
「俺も大好きだよ……アイリ」
飛竜は、黄金の空に、飲み込まれていった。
Dessert4 Finished!!




