第92話「Sunny_Day」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
昨日の依頼報告書を片付けていると、集会所の扉が開く。中にいた大勢の冒険者達と、受付に座るレミィ・カトレットの視線が、入口に注がれる。
注目されている人物は、臆さず一定の足取りで、受付へ向かう。そしてレミィの前に立つと、一枚の紙を差し出す。
「……本当にいいのか?」
受け取る気はなかった。しかしこれは、仕事であるため私情を挟むことはできない。だから今の確認を取る言葉には、引き止める意味も込められていた。
相手はそれを察知してか、頭を振る。
「いいんです。お世話に、なりました」
顔の半分に包帯を巻かれた、レオンが薄っすらと笑みを浮かべ、そう言った。
♢ ♢ ♢
レオンの手によって倒されたアーノルドは、その後グランド・オールに引き渡された。気を失いながらも「死にたくない」と呟いていたが、誰の心にもその言葉は届かなかった。
レオンとエリー、そしてゾディアックは、屋根のある場所に腰を下ろし、行く末を見守っていた。
「いいのかい? レオン君」
連れていかれるアーノルドの背中を見ていると、隣から声がかかる。ジャンクが赤ら顔で話しかけてきた。
エリーに手当てをされながら、レオンは頷く。
「俺の復讐は、これで充分っす。殺したら、アイリに怒られる」
「そうか。ならお言葉に甘えて、あいつにはたっぷりと灸をすえてやろう」
ところで、と言葉を紡ぐ。
「レオン君。ここまで手伝ったのだから、報酬が欲しい」
「……がめついなぁ。まぁいいさ。何が欲しんだ」
「君が欲しい」
「え」
エリーが目を丸くする。レオンは両手を使い、体の前でバツ印を作る。
「勘違いするな。君の実力を見て、グランド・オールの専属護衛、並びに冒険者にならないかとスカウトしているのだ」
「マジっすか」
「大マジだ。ここでは、君は仕事がしづらいだろう。どうだい?」
ジャンクの言う通り、この国内でのレオンの評価は最悪に近い状態だ。今回の件で冒険者達からは違う目で見られるかもしれないが、キャラバンからの心証は中々修復できないだろう。
レオンの目はエリーと、傍らに立つゾディアックに向けられる。
「……レオンが決めることだ」
「レオンさん。自由に決めてください」
「でも」
「色んな世界が、見れるかもしれませんよ」
ここで会ったパーティも大事だ。
だが冒険者の性か、レオンの頭には、無限に広がっているのではないかと思える世界の絵図が広がる。
大型のキャラバンと移動すれば、色んな世界を見て回れるだろう。
「……ゾディアックさん」
「ん?」
レオンはゾディアックを見上げる。
大きな漆黒の姿。一目見れば、魔物にしか見えない。
だが、知っている。その中身は、優しく、強い、騎士の姿があることを。
「ありがとうございました。あなたのおかげで、俺は、ここまで、強くなれた」
礼を言いながら首を垂れる。
ゾディアックは、兜を外し膝を折る。目線を座るレオンに合わせる。
「こちらこそ、ありがとう。頼りないリーダーだったが、君達と一緒に戦えたことを、誇りに思う」
同様に、頭を下げる。
それが、決別の言葉でもあった。
♢ ♢ ♢
去っていく後姿を見て、レミィは肘を机に置く。
「また、去っていくのか」
冒険者との出会い、そして別れ。それが一番多いのは、この受付だろう。
難儀な仕事だと思いながら、レミィはレオンの背中に言葉を投げる。
「幸運を。立派な、冒険者さん」
微笑みを浮かべ、そう呟いた。
♢ ♢ ♢
集会所を出て馬車に乗る。
嵐は過ぎ去り、サフィリアの上空には、雲一つない青空が広がっていた。道には水溜りと雪が積もっている所が多かったが、街は大盛況だった。
昨日の静かなサフィリアも、味があって好きだったが、やはりこの街はお祭り気分がよく似合う。
レオンは優し気な目で、馬車の中から街を見る。アイリと一緒に、4人と一緒に、色んな場所に行った。あの喫茶店はアイリと一緒に入ったところだ。あの装備屋で、ゾディアックに相談をした。エリーと一緒に、露店でアイテムを買い漁った。
思い出が溢れて、消えていく。目を閉じれば近くからアイリの言葉聞こえる。
だが、目を開ければもういない。
ひとりなのだ。レオンはそれを認識し、目を伏せた。
馬車を降りると、すぐに北地区の入口が見える。大きな門に向かって歩いていると、その手前で、仲間達が立っていた。
息をのんで駆け出す。ゾディアックとエリーが立っていた。
ふたりの前に行くと、レオンは笑顔を見せる。
「どうしたんすか! エリーも」
「……すぐ出発だと聞いてな。急いできたんだ」
「もう! まだ傷も治ってないのに! 開いても知りませんよ!」
エリーとレオンがじゃれ合う。ふたりとも、服装はラフな格好だった。軽鎧に身を包んだレオンとは違う。
「これは餞別だ。ロゼが、作った菓子だ」
「マジっすか! やったぁ、美人さんからの菓子だぜ。行きすがら食べます!」
そうして、ひとしきり話した後、レオンは真剣な目でふたりを見る。
「じゃあ、行きます。俺」
「……どこに行くんだったか」
「機工の国。ブラック・スミスです」
機械信仰の国、別名『違法国家ブラック・スミス』。
ギルバニア王国でさえその存在を無視しており、近隣の国とも固有を交わさない、まるで孤島のような国だ。その国に、朝は無いらしい。
ゾディアックも行ったことがない国だったため、詳しいことは言えない。
だが、レオンの目は爛々と輝いていた。
「気をつけて、行って来い」
「はいっ!」
レオンはそう言って、ふたりの間を通る。
「レオン!」
ゾディアックは、その背中に声をかける。レオンが振り返る。
「離れていても、俺達は仲間だ。もし何かあったら、俺を頼れ。必ず助けに行く」
「……そっちも、何かあったら、呼んでください。俺、飛んでいくんで! あ、エリーも呼んでいいぞ!」
「私はついでですか!!? もう!」
笑い合い、レオンは踵を返して歩いていく。もう二度と振り返らなかった。エリーは見えなくなるまで、その背に手を振っていた。
そうして、レオンの姿は住民達に飲み込まれ、見えなくなった。
残ったふたりのうち、片方が、先に言葉を切り出した。
「ゾディアックさん。私も、お別れです」
エリーを見ると、悲し気に微笑んでいる。
「私、今回の件ではっきりしました。やっぱり、仲間を失うことは、辛くて、耐えられそうにないんです。アイリちゃんだったからかもしれませんが、こんな思いをするくらいなら、私は、冒険者を続けられません」
覚悟はできていた。亜人でありながら、周りの目を気にせず白魔道士になれた時は、嬉しかった。だが、その覚悟は口だけだった。友がいなくなるだけで、自分の心は壊れそうになった。
こんな思いを何度もしていたら、自分が壊れてしまう。
エリーの思いを受け取ったゾディアックは、ゆっくりと頷く。
「それで、どうするんだ?」
「亜人街で、町医者をやってみようと思います」
「……そうか」
エリーは慌てて両手を前で振る。
「で、でもでも! 冒険者の資格は手放しません。何かあったら、戦います! ゾディアックさんに何かあれば、すぐに参上します! だから、その……私……」
言葉に詰まるエリーの頭に、ゾディアックは手をのせる。ふわりとした感触が伝わってくる。
「俺達は、仲間だ。かけがえのない、4人だ」
「……はい」
「困ったら、すぐに相談してくれ。家に行けば、ロゼもいるから」
「……はいっ!」
エリーの顔に、笑顔が浮かぶ。
目尻が少しだけ、濡れていた。
♢ ♢ ♢
西地区に戻りエリーと別れ、家の前まで来ると、黒いゴシックドレスに身を包んだ少女が立っていた。
ゾディアックに気づくと、可愛らしい顔に花が咲き、さらに可憐さが増す。
「おかえりなさいませ、ゾディアック様」
「ただいま」
ロゼはゾディアックの腕に抱きつく。
「今日、晴れましたね」
「ああ。嵐が過ぎ去った後は、必ず晴れるんだ」
「……でも、ゾディアック様は暗いですね」
そんなことはないと、言えなかった。
「また、ひとりになってしまいましたか」
ロゼも悲しげに呟く。せっかく仲間ができたのに、ゾディアックが再びひとりになってしまった。ロゼ自身も気に入っていた者達が、こぞっていなくなってしまった。
「……いや。ひとりじゃない」
見上げると、微笑むゾディアックの顔が映る。
「ロゼがいる。それに……みんな、仲間だから」
その悲し気な笑みを隠すように、ロゼは背を伸ばし、顔を近づけた。
空の青さから目を逸らすように、瞼を閉じる。この人を悲しませたくない。ロゼはその思いを込めながら口づけをする。
空から音がする。
飛竜が飛び立つ音が、ふたりの耳に入る。ゾディアックは唇を離し、空を見上げる。
離れていても、繋がっている。
たとえ、この世とあの世でも。
「また会おう」
空にいる仲間に向かって、そう言葉を放った。
♢ ♢ ♢
「うぉおお!!! 飛竜だぁぁああああ!!!」
興奮した様子でレオンは叫ぶ。
ブラック・スミスへ行くためには、陸よりも空路を使った方が圧倒的に早い。
先日、専属になった前金として、レオンは飛竜のチケットをジャンクから受け取っていた。
北地区にある飛竜乗り場に初めて行き、灰色をした大型の竜を見た瞬間も、同じように叫び声を上げた。自分よりも圧倒的に大きい体躯に、自由度を示すような巨大な両翼を見て、興奮しない者はいない。アイリは空飛ぶトカゲだと言っていたが、これを見たらきっと考えを改めるだろう。
岩のように固い背中に乗り、魔法により酸素と重力が固定されると同時に、飛竜は飛んだ。無茶な操縦をされても簡単に落ちないようになっているため、レオンは立ち上がって両手を上げる。
声を発し、風を感じる。気持ちよかった。地面が一気に遠ざかり、サフィリアが小さくなっていく。地面にある物が、全て自分の下にある。巨大だと思っていた山の上にまで行く。興奮したようにキョロキョロと辺りを見渡し、いちいち派手なリアクションを取る。
周りには数名の乗客が乗っていたため、舞い上がるレオンを好奇の目で見ている。
レオンは全く気にせず、興奮し続けた。
数分後、ようやく落ち着いたレオンは、腰を下ろし景色を見ていた。
そして、ふとある存在を思い出す。
自分の鞄の中にある、アイリの日記だ。ブラック・スミスまではまだまだ遠い。レオンは飛竜の背中で、風を感じながら、アイリの日記を手に取り、広げてみる。
眩い太陽が、ノートを照らす。
そこには、アイリの様々な思い出が綴られていた。




