表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/95

第9話「誘拐事件」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 集会所に行くと、前よりも侮蔑の視線が減っている気がした。ゾディアックは視線だけを周りの冒険者に向ける。

 冷たい目を向けられている。口では言われなくなっただけマシか、と無理やりいい方に考える。


「なんか変な目で見られてない? 俺達」

「教えてあげるわ。レオン」

「なんだよアイリ」

「チャックあいてる」

「うそ!!?」

「嘘よばーか」


 後ろにいる子達に飛び火しなければいいが、と不安に思いながら受付に行く。

 今日もエミーリォではなく、レミィ・カトレットが椅子に座りながら睨んで来た。美人から睨まれるのは慣れない。ゾディアックは溜息を押し殺し、手渡しされた報酬とクエスト完了の手形を見せる。

 本来は後者だけでいいのだが、ゾディアックは報酬を見せるのが癖になっていた。報酬をくすねているんじゃないか。仲間よりも多く貰っているのではないか。その疑いを晴らすために。


「よぉ。黒光り」

「……」

「レミィさん、こんにちは!」

「はいこんにちは。アイリちゃんとレオン君も、お疲れみたいだな」


 声色が違う。自分に向けられているのは明らかな敵意であるため、ゾディアックは視線を逸らした。さっさとここを抜け出したい。


「お前も、お疲れ様だ」

「……」


 少し目を見開いてレミィを見る。手形を確認し、ペンを走らせながら言葉を続ける。


「新入りの冒険者達の面倒を見てくれている。本当に助かっているんだ。お前がいれば安心だしな」


 手形を確認し終えたレミィは、口元に薄っすらと笑みを浮かべる。


「先週来た3人は、まだクエストから戻ってこない」

「……それは」

「どっかの街行ったのかなぁ。私がガサツだから。うん、そうに違いない。そう思うだろ?」


 初めから答えなんて期待していない聞き方だった。ゾディアックは何と言おうか迷い、口ごもる。

 レミィは手形を引き出しにしまい、書類に目を通している。それを見て、少しだけ息を吸う。


「レミィ」

「……何だよ」


 顔を下げて書類を見ているため、レミィの表情はわからない。


「俺が役に立っているなら、嬉しい。それと……気を、落とさないで、欲しい。それじゃあ、お疲れ、様」


 そう言って踵を返したゾディアックは、2人にも別れを告げ集会所を後にした。


「……わからない人ね。距離感が掴めないっていうか。あまり喋らないし」

「でもよ、あの見た目で小粋なジョークを交える余裕もあるお喋りだったら、それはそれで嫌だろ」

「確かに。ある意味怖いわ」


 レオンとアイリはそう言って笑い合い、新しいクエストがないか掲示板へと向かった。




 レミィは離れていくゾディアックの背中を見続けていた。そしてゾディアックが集会所を出た瞬間。

 机に両肘をつき、両手を使って1つの拳を作ると、それを額に当てる。そして大きな溜息と共に項垂れる。


「はぁ~! つれぇわぁ。好き過ぎてつれぇわぁ~~~……」


 何あのたどたどしい喋り方。可愛すぎか。何あの励まし方。あんなんキュン死するわ。抱きしめたいわ。むしろ(いと)しすぎて殴りたいわ。

 レミィが自分の世界に旅立っていたその時、軽鎧の剣士が受付前に立つ。


「レミィさんー。クエスト完了したから手形受け取って」


 無表情でレミィは立ち上がる。


「今から私はお前を殴る」

「何で!!?」

「この胸の高鳴りを鎮めるんだよぉぉおおお!!!」

「あ、狂ってるなこの人。誰か混乱治す薬持ってきて!! 強めの……あぁ、待って! ああああぁあああ!!!!」


 胸倉を掴まれ頬を殴られた剣士の叫びが、集会所に木霊した。


♢ ♢ ♢


 家の扉を開けると必ず電気がついていて、人のいる気配がする。これのなんと嬉しいことか。

 そして必ず甘い香りが鼻腔を擽ってくれる。あの子の匂いだ。


「変態か」


 自分で突っ込んでしまう。ゾディアックは兜を取り外しながらフッと笑う。

 廊下の奥からパタパタと音が聞こえ、白ブラウスと紺色のドット柄スカートを身に纏った金髪の美少女が姿を見せる。


「お帰りなさいませ! ゾディアック様!!」

「ただいま」


 吸血鬼のロゼは笑顔で駆けつけ、


「それ!」


 ゾディアックに抱きつく。


「ん」

「んふふふ~」


 抱きしめ返すと嬉しそうな呻き声が聞こえる。


「汚れるぞ、ロゼ。離れた方がいい」

「え……酷いです、ゾディアック様。私に抱きつくなと?」

「ほら、俺今汚いから」

「汚れてもいいからあなたに抱きつきたかったのに……じゃあもうゾディアック様に触れません。ふんだ」


 頬を膨らませ、ワザとらしく顔を背けるロゼが可愛らしく、ゾディアックは片手で口元を隠す。にやけ面を見せるわけには行かなかった。


「悪かったよ。許してほしい」


 ロゼはムッとした顔で向き直ると両手を広げる。


「ふむ。許してほしければ、ぎゅーってするがよい。ぎゅーって」


 ”昔の口調”に戻っていたのを聞いて、ゾディアックは噴き出す前にロゼを抱きしめた。


「ふふふー。よいぞよいぞー」

「許してくれるか?」

「はい。許してあげましょう、ゾディアック様」


 白いブラウスに少し汚れがついてしまった。だが、ロゼの笑顔はそんなことを微塵も気にしていないらしい。今度はもっと綺麗に帰ってこようとゾディアックは誓った。




 ワインレッドの縦セーターに着替えたロゼと共にゾディアックは夕食を食べた。今回は激辛料理だったため、何度か味覚を失いながらもテーブルの上に並べられた料理を平らげた。


「スープはもういいかな」

「辛すぎましたか?」

「ヒリヒリしてる」


 そう言って舌を出すと、ロゼはクスクスと笑う。


「”わんちゃん”みたいですよ、ゾディアック様」

「犬っぽい? どちらかというとロゼだと思うな」

「わんわん! なんちゃって」


 犬の真似をして小首を傾げるロゼの頭を撫でたくなった。

 それから夕食の片付けを2人で行い、終わった後は麦酒の入ったグラスを片手に、2人でソファーに座って電像機を見始めた。


「あ、あの番組終わっちゃいましたね……」


 ゾディアックの両足の間に腰を下ろしているロゼが、ゾディアックに体重を預ける。羽化登仙(うかとうせん)の気持ちだったが、顔に表情が出ないようゾディアックは我慢する。


「そろそろニュースの時間ですかね?」

「そうだな」

「何かつまみでも持ってきましょうか?」

「出来れば甘いのがいいな」


 ハッとしてゾディアックは立ち上がると自室に行き、バッグの中を漁る。報酬の入った袋を見つけ、中からある物を取り出す。

 その後再びリビングに戻り、ソファーに座る。


「ほら、これ見て」

「これは……クッキーですか?」


 両足の間に座っているロゼに、綺麗に包装されたクッキーの袋を見せる。


「今日護衛をした商人団体が、甘味系の料理を売っているらしくて。報酬にクッキーがあったんだ」

「いいですね。とても美味しそうです。食べてみましょう」


 ロゼはそう言って包装を解き、クッキーを一口食べる。


「ん! チョコチップって奴ですね。はい、ゾディアック様」


 振り向いてクッキーを持つと、ゾディアックの口元にそれを向ける。ゾディアックは特に恥ずかしがることもなく口を開け、クッキーを食す。


「うん、甘過ぎなくて美味しい」

「甘いのが苦手な人でも食べられるようにって感じでしょうか……私としては、もっと甘い方が好きですね」


 その言葉を聞いたゾディアックは考え、そして決めた。


「なら、俺が作ろうか」

「お。何ですか。またお菓子作り挑戦ですか」

「ああ。今回は……クッキーだな」

「じゃあお手伝いします! うんと美味しいクッキー、作りましょう!」


 そう言ってロゼは体重を後ろに倒す。鍛えられた体に体を預け、金髪がふわりと揺れる。ゾディアックは頷きを返し、ロゼの腰に手を回して密着させた。

 その時、電像機がニュース番組に切り替わった。


『続いてのニュースです。またもや冒険者の行方不明者が出現、同じ職業の様です。誘拐されたのは「ラズィ・キルベル」さん、31歳の冒険者。白魔道士だったため襲われたと警備隊は結論を出している模様。

 白魔道士だけを狙った誘拐事件、これまでの被害者数は5名。警備隊並びに商人団体に重苦しい空気が流れ始め、騎士団はこの件を……』

「怖いですねぇ。誘拐事件なんて」

「そうだな」

 

 生返事を返しながら、ゾディアックの胸はざわめきだした。

 白魔道士ばかりを狙った誘拐事件、そして今日のクエストには、白魔道士であるエリーは「用事がある」と言ってパーティーを抜けた。


「まさかな……」


 軽くそう言って笑うが、最悪の事態を思い描いてしまい、また心がざわめきだした。

 翌日になったら、エリーが無事かどうか確かめよう。


 もしエリーが襲われていた場合は、ロゼの力も借りるかもしれない。

 ゾディアックは不安を振り払うように、強くロゼを抱きしめた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ