第9話「誘拐事件」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
集会所に行くと、前よりも侮蔑の視線が減っている気がした。ゾディアックは視線だけを周りの冒険者に向ける。
冷たい目を向けられている。口では言われなくなっただけマシか、と無理やりいい方に考える。
「なんか変な目で見られてない? 俺達」
「教えてあげるわ。レオン」
「なんだよアイリ」
「チャックあいてる」
「うそ!!?」
「嘘よばーか」
後ろにいる子達に飛び火しなければいいが、と不安に思いながら受付に行く。
今日もエミーリォではなく、レミィ・カトレットが椅子に座りながら睨んで来た。美人から睨まれるのは慣れない。ゾディアックは溜息を押し殺し、手渡しされた報酬とクエスト完了の手形を見せる。
本来は後者だけでいいのだが、ゾディアックは報酬を見せるのが癖になっていた。報酬をくすねているんじゃないか。仲間よりも多く貰っているのではないか。その疑いを晴らすために。
「よぉ。黒光り」
「……」
「レミィさん、こんにちは!」
「はいこんにちは。アイリちゃんとレオン君も、お疲れみたいだな」
声色が違う。自分に向けられているのは明らかな敵意であるため、ゾディアックは視線を逸らした。さっさとここを抜け出したい。
「お前も、お疲れ様だ」
「……」
少し目を見開いてレミィを見る。手形を確認し、ペンを走らせながら言葉を続ける。
「新入りの冒険者達の面倒を見てくれている。本当に助かっているんだ。お前がいれば安心だしな」
手形を確認し終えたレミィは、口元に薄っすらと笑みを浮かべる。
「先週来た3人は、まだクエストから戻ってこない」
「……それは」
「どっかの街行ったのかなぁ。私がガサツだから。うん、そうに違いない。そう思うだろ?」
初めから答えなんて期待していない聞き方だった。ゾディアックは何と言おうか迷い、口ごもる。
レミィは手形を引き出しにしまい、書類に目を通している。それを見て、少しだけ息を吸う。
「レミィ」
「……何だよ」
顔を下げて書類を見ているため、レミィの表情はわからない。
「俺が役に立っているなら、嬉しい。それと……気を、落とさないで、欲しい。それじゃあ、お疲れ、様」
そう言って踵を返したゾディアックは、2人にも別れを告げ集会所を後にした。
「……わからない人ね。距離感が掴めないっていうか。あまり喋らないし」
「でもよ、あの見た目で小粋なジョークを交える余裕もあるお喋りだったら、それはそれで嫌だろ」
「確かに。ある意味怖いわ」
レオンとアイリはそう言って笑い合い、新しいクエストがないか掲示板へと向かった。
レミィは離れていくゾディアックの背中を見続けていた。そしてゾディアックが集会所を出た瞬間。
机に両肘をつき、両手を使って1つの拳を作ると、それを額に当てる。そして大きな溜息と共に項垂れる。
「はぁ~! つれぇわぁ。好き過ぎてつれぇわぁ~~~……」
何あのたどたどしい喋り方。可愛すぎか。何あの励まし方。あんなんキュン死するわ。抱きしめたいわ。むしろ愛しすぎて殴りたいわ。
レミィが自分の世界に旅立っていたその時、軽鎧の剣士が受付前に立つ。
「レミィさんー。クエスト完了したから手形受け取って」
無表情でレミィは立ち上がる。
「今から私はお前を殴る」
「何で!!?」
「この胸の高鳴りを鎮めるんだよぉぉおおお!!!」
「あ、狂ってるなこの人。誰か混乱治す薬持ってきて!! 強めの……あぁ、待って! ああああぁあああ!!!!」
胸倉を掴まれ頬を殴られた剣士の叫びが、集会所に木霊した。
♢ ♢ ♢
家の扉を開けると必ず電気がついていて、人のいる気配がする。これのなんと嬉しいことか。
そして必ず甘い香りが鼻腔を擽ってくれる。あの子の匂いだ。
「変態か」
自分で突っ込んでしまう。ゾディアックは兜を取り外しながらフッと笑う。
廊下の奥からパタパタと音が聞こえ、白ブラウスと紺色のドット柄スカートを身に纏った金髪の美少女が姿を見せる。
「お帰りなさいませ! ゾディアック様!!」
「ただいま」
吸血鬼のロゼは笑顔で駆けつけ、
「それ!」
ゾディアックに抱きつく。
「ん」
「んふふふ~」
抱きしめ返すと嬉しそうな呻き声が聞こえる。
「汚れるぞ、ロゼ。離れた方がいい」
「え……酷いです、ゾディアック様。私に抱きつくなと?」
「ほら、俺今汚いから」
「汚れてもいいからあなたに抱きつきたかったのに……じゃあもうゾディアック様に触れません。ふんだ」
頬を膨らませ、ワザとらしく顔を背けるロゼが可愛らしく、ゾディアックは片手で口元を隠す。にやけ面を見せるわけには行かなかった。
「悪かったよ。許してほしい」
ロゼはムッとした顔で向き直ると両手を広げる。
「ふむ。許してほしければ、ぎゅーってするがよい。ぎゅーって」
”昔の口調”に戻っていたのを聞いて、ゾディアックは噴き出す前にロゼを抱きしめた。
「ふふふー。よいぞよいぞー」
「許してくれるか?」
「はい。許してあげましょう、ゾディアック様」
白いブラウスに少し汚れがついてしまった。だが、ロゼの笑顔はそんなことを微塵も気にしていないらしい。今度はもっと綺麗に帰ってこようとゾディアックは誓った。
ワインレッドの縦セーターに着替えたロゼと共にゾディアックは夕食を食べた。今回は激辛料理だったため、何度か味覚を失いながらもテーブルの上に並べられた料理を平らげた。
「スープはもういいかな」
「辛すぎましたか?」
「ヒリヒリしてる」
そう言って舌を出すと、ロゼはクスクスと笑う。
「”わんちゃん”みたいですよ、ゾディアック様」
「犬っぽい? どちらかというとロゼだと思うな」
「わんわん! なんちゃって」
犬の真似をして小首を傾げるロゼの頭を撫でたくなった。
それから夕食の片付けを2人で行い、終わった後は麦酒の入ったグラスを片手に、2人でソファーに座って電像機を見始めた。
「あ、あの番組終わっちゃいましたね……」
ゾディアックの両足の間に腰を下ろしているロゼが、ゾディアックに体重を預ける。羽化登仙の気持ちだったが、顔に表情が出ないようゾディアックは我慢する。
「そろそろニュースの時間ですかね?」
「そうだな」
「何かつまみでも持ってきましょうか?」
「出来れば甘いのがいいな」
ハッとしてゾディアックは立ち上がると自室に行き、バッグの中を漁る。報酬の入った袋を見つけ、中からある物を取り出す。
その後再びリビングに戻り、ソファーに座る。
「ほら、これ見て」
「これは……クッキーですか?」
両足の間に座っているロゼに、綺麗に包装されたクッキーの袋を見せる。
「今日護衛をした商人団体が、甘味系の料理を売っているらしくて。報酬にクッキーがあったんだ」
「いいですね。とても美味しそうです。食べてみましょう」
ロゼはそう言って包装を解き、クッキーを一口食べる。
「ん! チョコチップって奴ですね。はい、ゾディアック様」
振り向いてクッキーを持つと、ゾディアックの口元にそれを向ける。ゾディアックは特に恥ずかしがることもなく口を開け、クッキーを食す。
「うん、甘過ぎなくて美味しい」
「甘いのが苦手な人でも食べられるようにって感じでしょうか……私としては、もっと甘い方が好きですね」
その言葉を聞いたゾディアックは考え、そして決めた。
「なら、俺が作ろうか」
「お。何ですか。またお菓子作り挑戦ですか」
「ああ。今回は……クッキーだな」
「じゃあお手伝いします! うんと美味しいクッキー、作りましょう!」
そう言ってロゼは体重を後ろに倒す。鍛えられた体に体を預け、金髪がふわりと揺れる。ゾディアックは頷きを返し、ロゼの腰に手を回して密着させた。
その時、電像機がニュース番組に切り替わった。
『続いてのニュースです。またもや冒険者の行方不明者が出現、同じ職業の様です。誘拐されたのは「ラズィ・キルベル」さん、31歳の冒険者。白魔道士だったため襲われたと警備隊は結論を出している模様。
白魔道士だけを狙った誘拐事件、これまでの被害者数は5名。警備隊並びに商人団体に重苦しい空気が流れ始め、騎士団はこの件を……』
「怖いですねぇ。誘拐事件なんて」
「そうだな」
生返事を返しながら、ゾディアックの胸はざわめきだした。
白魔道士ばかりを狙った誘拐事件、そして今日のクエストには、白魔道士であるエリーは「用事がある」と言ってパーティーを抜けた。
「まさかな……」
軽くそう言って笑うが、最悪の事態を思い描いてしまい、また心がざわめきだした。
翌日になったら、エリーが無事かどうか確かめよう。
もしエリーが襲われていた場合は、ロゼの力も借りるかもしれない。
ゾディアックは不安を振り払うように、強くロゼを抱きしめた。