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C.O.O.K~暗黒騎士だけど、可愛い吸血鬼のためにデザート作るよ!~  作者: RINSE
Dessert.4「バースデー・マカロン」
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第80話「RainyCry」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 集会所の扉が派手に開かれる。レインコートを着たレオンがフードを雑に脱ぐと、茶色の髪が躍り出ると同時に水滴が足元に散らばる。

 それを気にも留めず、足を前に動かす。注目の的にされていることも厭わず、目をギラつかせ、一直線に受付へと向かう。


 近づいてくる靴音とレオンの姿を捉えたレミィは、立ち上がって先に口を開く。


「聞け、レオン」

「どうだった!!」

「何の情報もない。この雨と、嵐が近づいているせいで、冒険者達は動けなくなっている」

「嵐くらいなんだよ!!」

「魔法が使えても自然には勝てない。わかるだろう」


 拳が受付のテーブルを打つ。怒りの一撃は轟音を集会所内に轟かせた。


「静かにしろクソガキ!!」

「うるせぇ!! ぶち殺すぞ!!」


 後方からの野次に対し、大口を開けて怒号を飛ばす。レオンの瞳がレミィを捉え続ける。

 目が血走っていた。隈も酷い。顔色は最悪だ。ストレスのせいか、それに加えて3日間、ほとんど飲まず食わずで動き続けているせいか、頬がこけ、骸骨のような顔になっていた。


「もうすぐゾディアックが帰ってくる。いいから一回腰を下ろして休め。まともに寝てもいないんだろ」

「寝てられっかよ。アイリが殺されてんだぞ」

「彼女は、冒険者だ。殺される覚悟は」

「アイリは!!! 殺人鬼に殺されたんだっ!!!」


 レオンの手が一瞬で伸び、レミィの胸倉を掴む。


「おい!! 何してんだてめぇ!!」


 近くにいた軽鎧の剣士が、レオンを引き剥がそうと羽交い締めにする。それでも手は離れない。


「誰か手伝え!」

「冒険中じゃねぇ! 任務中でもねぇ!! 訳の分からねぇ殺人鬼に、クソッタレに殺されたんだ!! あんな、あんな、死に方……冒険者なんだぞ!」


 レオンの目が潤んでいる。雨のせいなのか、それとも涙なのか、レミィには判断できなかった。言っていることがおかしいが、それでも思いは伝わってくる。痛いほどにわかる。だから掴まれても無抵抗だった。


 ゾディアックとエリーが来たのは、その直後だった。


♢ ♢ ♢


 アイリが死んでから、もう3日経った。

 絶命し、血の海に沈んでいるアイリを目の当たりにした時は、何が起こっているのか理解できなかった。

 レオンは乾いた笑い声を上げながら顔に手を当てた。


「な、なに寝てんだよ、アイリ。こんなところで寝てたらお前、また風邪ひいて」


 頬に触れた瞬間、全てを悟った。

 もう風邪をひくこともできないくらい、冷たくなっていた。綺麗だった金の髪は、一部が赤黒く染まり、爛々と輝いていた瞳は石ころのようだ。


「嘘だ」


 起きろよ。その言葉が出ない。

 レオンはアイリの頭を抱えて自身の胸に押し付ける。

 胸ポケットには、渡そうと思っていたプレゼントが入っていた。昔見た漫画で、男の主人公が、スッと胸ポケットからプレゼントを取り出すシーンがかっこよく、レオンも真似しようと思っていた。


「うそだ」


 わかっている。もう、プレゼントを渡すことはできない。

 昨晩、上手く渡せるかどうか不安で、楽しみで、眠れなかった。

 でもその緊張は無駄なものになったらしい。


 もう渡せない。頬に涙が伝った瞬間。


 レオンが吠えた。悲しみと怒りが混じる慟哭。理解を拒否する遠吠え。

 ゾディアックはその姿と声を聞いて、自分のやるべきことを整理した。


♢ ♢ ♢


 翌日、降りしきる雨の中、すぐにアイリの葬式は行われた。

 サフィリアの近くにある、丘の上に存在する墓地に、アイリは埋葬された。魔術師はしきたりで、火葬ができない。土葬と決まっている。


 冷たくなったアイリが棺桶に詰め込まれ、冷たい土が被せられていく。レオンは見ていられなかった。口元を抑え、吐きそうになる。


「レオンさん」


 傘を持ったエリーが蹲るレオンに寄り添う。動けない2人に代わり、ゾディアックが墓穴に近づこうとした時、目の前から初老の男性と女性が歩いてきた。


 顔を見て察した。アイリの両親だろう。何を言われるか予想はついていた。ゾディアックは頭を下げ、相手の言葉を待つ。


「……ゾディアック・ヴォルクス、か」

「はい」

「娘が、世話になったね」


 男性の声は穏やかだった。穏やか過ぎた。違和感を覚える。娘が死んだというのに、落ち着きようがおかしい。

 すると母親の方は琥珀箱を取り出し耳に押し当てる。


「……ええ。また? わかったわ。今すぐ戻るから」


 そう言って琥珀箱をしまう。


「あなた。私、仕事に戻るわ」

「……ああ。私もこの後会食だ」


 こいつらは、何を言っているんだ。

 ゾディアックは目を見開き、固まってしまう。

 蹲っていたレオンも同じことを思い、ゆっくりと顔を上げた。


「おい、なに、いってんだよ」


 ふらりと立ち上がり、おぼつかない足取りで両親に迫る。エリーは制止しようと手を伸ばそうとするが、その動きは途中で止まる。


「れ、レオンさん」

「娘が死んでんだぞ」

「そうだな。私達の忠告も聞かずに、勝手に死んだ。本望だろう」

「まったく、忙しいのに呼ばないでほしいわ。優秀な妹を送り迎えしないといけないのに」


 あっけからんとしたその言い方に、頭の中で何かが切れた。

 レオンが駆け出す。ゾディアックがそれを制する。


「離せ」

「レオン。気持ちはわかる」

「俺が殺してやるよ。あいつら」

「落ち着け」

「このクソ共!! ふざけんじゃねぇぞ!!」


 エリーも同じ気持ちだったのか、歯を噛み締めて立ち上がる。

 アイリの母親だろう女性が、喚くレオンと亜人のエリーを見て鼻で笑う。


「レオン。あなたは相変わらず馬鹿そうな顔してるわね。あの子に相応しい、ゴミみたいな友人だわ。ああ、ゾディアックだったかしら。あなたからはアイリを死なせた慰謝料を請求するから。それじゃあ」

「私はいらない。その代わり、今度仕事を受けてくれ。Jランクの冒険者が護衛についてくれるなら、話題性が凄いからね」


 そう言って丘の上から退散し、父親の方は近くに止めてあった飛竜に乗り、母親は転移陣を使って消えようとしていた。


「どうしちまったんだよ! おじさん、おばさん! あんたらそんな冷たい人間じゃなかったろ!!」


 だが、相手は何も言わず、片方は飛び去り、片方は消え去った。

 信じられなかった。あれが優しかった、アイリの親なのか。

 レオンはまるでどん底に叩き込まれた気分だった。 


「なんだよ、あれ。なんで……どうして……?」


 力が無くなり、膝を折って両手を地面につける。肩を震わせて、喉奥から嗚咽をこぼし続ける。

 エリーも同じ気持ちであり、最早言葉すら出てこない。首を横に振って視線を外す。


「……レオンがいて、よかった」


 静かに言うゾディアックの背中を見ようと、レオンが顔を上げる。


「お前がいなければ、俺があの2人を殴っていた」


 血が出る程の拳を、ゾディアックは握っていた。

 どんな顔をしているかわからないが、魔族ですら裸足で逃げ出すような、恐ろしい表情を浮かべているだろう。それが唯一の救いだった。

 レオンは心の中でアイリに詫びながら、再び冷たい地面を見る。


 空から降り注ぐ雨が、彼女の涙の様であった。


♢ ♢ ♢


 死亡した状態から見て、他殺であることは明確だった。

 それからゾディアックはレミィに頼み、冒険者を使って犯人捜しを行う作戦を決行した。レミィは二つ返事でこれを承諾し、Aランクの任務として募集をかけた。


 恐らく、街中で噂になっていた「髪奪い」と呼ばれる殺人鬼だろうと、冒険者達は当たりをつけた。

 魔術師だけを狙う相手であり、被害にあっていた冒険者達は手伝いを申し出た。瞬く間に人は増え、レオンはその人情に胸を熱くした。


 しかし、調査は遅々として進まなかった。3日経ってもまともな手がかり無し。

 苛立ちのあまり、レミィに掴みかかったレオンを、ゾディアックは引き離す。

 レオンは舌打ちして近くにあった椅子を蹴飛ばす。エリーはそれを宥めようと、頭を下げてその場を後にする。


「すまない、レミィ」

「いいんだ。それよりゾディアック。報告を……」


 襟元を正していたレミィはそこまで言って、目を細める。ゾディアックの後方に視線は注がれていた。


 協力者は多い。だが、全員がいい人間ではない。

 報告を行おうとした鎧姿のゾディアックを、冒険者の一団が囲んだ。


「よぉ、ゾディアック。俺らも手伝ってんだけどよ。軍資金が足りねぇんだわ。お前からも金出せよ」

「……何を言っている」

「いいからさっさと金出せ! てめぇランクなんて名ばかりで、問題ばかり起こしてるじゃねぇか! 俺らが手伝ってやってんだから、誠意を見せろや!!」


 ゾディアックが高ランクであることをいいことに、金をせびる者達だ。先日もこういったことがあり、その時はレミィがなんとかその場を収めた。


「情けねぇ。お前らそれでも冒険者か。恥を知れ! 全員権利剥奪するぞ!」


 レミィが前回も使った怒号を飛ばすが、男達はひるまない。


「やってみろよ! エミーリォがいねぇと何にも出来ねぇだろ、お嬢ちゃん!」


 一触即発の雰囲気に包まれ、これ以上は埒が明かなかった。

 椅子に座っていたレオンは、ゆっくりと集会所を見渡す。金をせびる連中に、侮蔑の視線を送る冒険者もいれば、(あざけ)るような視線をゾディアックに送る冒険者も大勢いた。


「……ゴミしかいませんね」


 近くにいたエリーが、低い声でそう言い放つ。

 ゾディアックはわざとらしい溜息を吐いて、レミィに視線を送る。


「依頼を取り下げる」

「ゾディアック。聞いてくれ。このクソ共は私が」

「いいんだ。もういい」


 悲しそうな声を聞いて、まるで謝るようにレミィは視線を落とした。


「おい、よくねぇよ。こっちの話はまだ終わって」


 なおも突っかかろうとした男の頬に、ゾディアックの裏拳が減り込む。

 骨が砕ける音が、集会所内に木霊した。


「ばっ!!?」


 下顎を砕かれた男は変な悲鳴を上げて、目を回転させる。

 ゾディアックは向き直り、男の首の後ろを掴むと、腹に膝蹴りを入れる。次いで、両手でひとつの拳を作って振り上げ、それを頸椎に振り下ろす。放たれたハンマーフックは凄まじい威力だったため、男の頭が一気に下がり、地面に顔面が減り込む。


 男の首から下が、一瞬大きく跳ね上がった。

 男の仲間である冒険者達は、一瞬の出来事に身動きが取れなくなっていた。何とか動こうとした者に対し、ゾディアックが鋭い視線を向ける。兜の下からでもわかる殺意に、誰も動けずにいた。

 男の体が、打ち上げられた魚のように痙攣する。ゾディアックはその頭を踏みつけ、集会所内を見渡す。


「邪魔をするな。殺すぞ」


 低い声でそう言い放ち、出口へ向かって歩き始める。レオンとエリーもそれについていった。

 もうこの集会所は使えないかもしれない。まるで閉め出されるように、ゾディアック達は外に出た。


 雨の勢いは、増す一方だった。



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