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第8話「天の涙」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 馬車の荷台は大きく揺れることが多いため、酔いやすい者が乗ると地獄を味わうことになる。とりわけ今回は悪路が多かったため、いつも以上に揺れが酷かった。

 目的地がようやく見えてくる丘の上は、なんとも寂しい景色が広がっていた。周りには木や草が欠片も生えておらず、火山が噴火した際に落ちてきたと思われる大きな石が所々に置かれているだけだ。殺風景な灰色の世界が広がっている。


 こういう所は奴らの縄張りになる、と仲間達に指示を出し、荷台から降りた時は開放感から溜息を吐きたくなった。だがその前に安全を確保しなければならない。今回両肩にかかっているのは10名の命なのだから。


 ゾディアックはその重さを感じながら岩石の陰に腰を下ろし、単眼鏡を覗き込み馬車の進路先を警戒する。何もない。やはり岩石だけだ。

 後方から馬車の音が近づいてきたため片手を上げて静止を呼びかける。馬の鼻息が微かに聞こえ、蹄の音が止まる。単眼鏡は覗き込んだままだった。


「どうっすか?」


 盗人、シーフのレオンが傍らに腰を下ろし、岩石に背中を預ける。腰に付けたポーチから瓶と灰色の粉を取り出し、弄りながらゾディアックの言葉を待つ。


「……」

「影も無しっすか?」

「……」

「……何か返してくれてもいいじゃ」


 その時だった。何かが動いた影が見えた。その背丈と頭頂部についた耳、そして髪の毛。髪にしてはボリュームがあり過ぎる。

 見えたのは一時だったが確信を得るのは一瞬だった。


「動いた」

「マジかよー! いるのかよー!」

「指示を」


 そういうとレオンが頷いてポケットから琥珀箱(ラピスラズリシェル)を取り出す。長方形の黒い板のようなそれを握り締め、耳に押し当てる。


「アイリ! 醜悪獣(コボルト)がいる! 迎撃しよう!」


♢ ♢ ♢


「了解。ゾディアックさんに琥珀箱渡して」


 通話先からゴソゴソと音が聞こえる。直後くぐもった低い声が聞こえてくる。


『聞こえるか』

「聞こえるわ。タイミングは任せるから」


 そう言ってアイリは片手で杖を自身の前で一回転させ魔法陣を展開する。魔力は込めているため、あとは発射時に魔力を開放するだけだ。

 青く美しい魔法陣を、馬車の荷台に乗った商人達が見ている。


『1、2、3、4、5……』


 淡々とした声が聞こえる。アイリは魔法で琥珀箱を浮かし、耳に当て続ける。両手で杖を握り締め、魔力の放出を待つ。眼前には灰色の世界しか広がっていない。


『12、13、15』


 そこで声は止まった。全部で15匹いるらしい。


「発動タイミングは?」

『距離を確認する。34。56』


 近い。額に汗が浮かぶ。


『33。29。67』

「放出する距離は」

『20を割ったら撃っていい。……66』


 アイリは黙って声を聞き続ける。


『46。43。44。40。41。44。』


 うろついている。アイリは察しがつく。


『35、28、22』


 来る。アイリは息を吸い込んだ。


『18』


 杖を握り締める。直後、魔法陣が青白く光り、ゾディアック達がいる空にも同様の魔法陣が浮かび上がった。


♢ ♢ ♢


「よし来た!!」


 魔法陣が浮かび上がったのを確認し、レオンが瓶を投げる。それは空中で爆発し、辺りに金色の粉を撒き散らした。灰色の世界が明るく照らされ獣達の姿が晒される。

 それを見てゾディアックは、琥珀箱をレオンに投げ渡すと岩石から身を出す。4足歩行の狼のような見た目をした、青い体毛の獣達が目に映る。全部で15匹いる。


 ゾディアックはいつもの大剣ではなく、ロングソードを握り締めて突出しているコボルトに斬りかかる。毛皮の下に甲羅があるコボルトだが、首の一部はその甲羅が薄い。

 横に振ったロングソードの刃がコボルトの首にめり込み、甲羅を砕き肉を斬り裂く感触が手から伝わってくる。ドラゴンを屠るゾディアックの一撃を耐えられるはずもなく、コボルトの首は斬り飛ばされた。

 突っ伏したコボルトの巨体をみる。体が大きく、全身に生傷があるため、こいつが群れのボスだと思われる。

 だがコボルト達は止まらない。どうやらある程度の知識もないらしい。


 ゾディアックが身を翻す。それが合図だった。


「アイリ!!」


 レオンの声が響くと同時に、空中に浮かんでいた魔法陣が輝き続ける。アイリの魔力喚起と共に空中に無数の氷柱(つらら)が出現し、獣達を穿たんと一斉に射出された。

 上空から襲い掛かってくる突然の氷雪系魔法攻撃に対し、コボルト達はなす術なく次々と貫かれていく。恐怖が闘争心を上回ったのか、一匹だけが群れから外れ、明後日の方に駆け出す。運がいいのかそれとも避けているのか、氷柱に当たらず魔法陣の外へ向かう。丘を覆い隠す程の巨大さはないため、コボルトの足なら逃げられる。


「やべぇ、あいつ逃げちまう!」


 コボルトを逃がしてしまうと今度は大群を率いて仕返しをしてくるかもしれない。このルートを使う商人団体(キャラバン)が、今後危険に晒されることになる。

 腰から投げナイフを取り出しコボルトに狙いを定める。だが振り被った時、レオンの腕が止まる。

 当たらない。今投げてもどうせ無駄だ。レオンは諦めるように手を下げた。


 その時だった。ゾディアックがロングソードを逆手に持って振り被る。

 まるで槍投げの様に放たれたそれは、雷撃弾(ライトニング)の如く、高速かつ一直線でコボルトに向かう。

 空気を貫きながら移動し続けるそれは、コボルトの胴体に突き刺さり、余りの勢いだったのかコボルトの体が宙に浮き吹き飛んでいった。


「す、すっげぇ……」


 感嘆の声を出すレオンに対し、ゾディアックは何も言わずに周囲を見渡す。


「終わりだな……」

「あ、アイリ! 終わった! お疲れさん!」


 通話先から安堵の声と、商人達の喜ぶ声が聞こえてきた。レオンは笑顔でゾディアックに報告する。


「任務完了っすね! これであとは丘を下れば」

「最後まで油断しないように行こう」


 言葉を遮られる。


「あ、そうっすよね。あはは」


 レオンは愛想笑いを浮かべてゾディアックの背中に語りかける。相手は何も答えなかった。

 凄腕の暗黒騎士、ゾディアック。魔法無しでも最強ともいえる戦闘力を誇る騎士の背中は大きく、そして不気味だった。


 レオンは視線を落とし、自分が持っていた投げナイフを見つめる。


「何やってんだよ。俺……」


 いざという時に行動が起こせない自分が恥ずかしかった。地面の砂利をいじけるように蹴り飛ばしすと、魔法陣が音もなくゆっくりと消えていき、氷柱が砕け散った。


 灰色の世界に赤と青が混じる。

 それでも、殺風景な風景であることは変わらなかった。


♢ ♢ ♢


「ありがとうよ! ひよっこ連れのパーティーが護衛についた時は大丈夫かと疑ったが、俺の目に狂いはなかったな!」


 商人団体の長はガハハと豪快に笑う。


「報酬は手渡しでいいんだっけか」

「……ああ」

「ほいよ。無口な兄ちゃん。嬢ちゃんとシーフの兄ちゃんもありがとうよ! 今度うちの商品買ってくれや!」

「おう! 肉の缶詰美味かったぜ!」

「今度は魔導書を買います。どうかお気をつけて」


 目的地手前で商人団体と別れる。ゾディアックは踵を返し、来た道を戻り始める。2人もその背中について行った。


「アイリ」

「ん?」

「……中級の氷雪魔法。天の涙(ティアチケット)。見事だった」


 アイリは金のツインテールを揺らしながら鼻を高くする。


「まぁね! 私にかかればあれくらい余裕よ!」

「ただ、詠唱に時間がかかった割には、威力が低いのと氷柱の数が少なかった。練度が足りてないと思う」

「むぐっ……」


 得意気な顔に陰りが差す。それを見てレオンは笑った。


「アイリだっさ~」

「うるっさいわね! だいたいあんた今回何もしてないに等しいじゃないの!」

「な! んなことねぇよ! 俺の目印が無ければ安全な所から魔法撃てなかっただろ!」


 2人は睨み合う。ゾディアックは昔の自分を見ているようで肩を揺らした。

 無性に、ロゼに会いたくなった。

 クエストを終えたゾディアックの頭の中に、愛しい吸血鬼の姿が浮かぶ。


「2人共立派に活躍した。帰ろう」


 そう言って優しく語りかけると、2人は元気な声で返事をし、ゾディアックの隣を歩き始めたのだった。




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