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C.O.O.K~暗黒騎士だけど、可愛い吸血鬼のためにデザート作るよ!~  作者: RINSE
Dessert.4「バースデー・マカロン」
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第73話「Humid」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 時刻は深夜だった。東地区は静まり返っており、誰もいない通りに風が吹く。

 その通りを、ローブを羽織ったアイリは駆けていた。杖も荷物も何もない。髪すらも結っていない。長い金髪を踊らせ目的地へと向かう。


 しかし、この時間では馬車も電雷大蟲も動いていない。自分の足だけで向かうのは不可能だった。


「アイリ!」


 後方から蹄の音と自分を呼ぶ声が聞こえ、アイリは立ち止まって振り返る。

 馬に跨ったゾディアックが近づいてきた。アイリの前で止まる漆黒の鎧を纏う騎士は手を差し伸べる。


「任務終わりで来たから、汚いかもしれないが、我慢してくれ」

「……ありがとう! ゾディアックさん」


 アイリは激しく呼吸を繰り返しながら、ゾディアックの手を握った。

 手綱を握ったゾディアックは、集会所(セントラル)へと馬を走らせた。


♢ ♢ ♢


 集会所の中に入ると数人の冒険者と、キャラバンの一団が中央に集まっていた。

 そして、椅子に座らされ、手を後ろに縄で拘束され、項垂れているレオンと、氷嚢(ひょうのう)を頬に押し付けている男性がいた。その隣には目を赤く腫らした、薄手のワンピースを身に纏った女性がひとり。


 琥珀箱(ラピスラズリシェル)で通信を受けたのはアイリとゾディアックだった。エリーは持っておらず、今度一緒に買いに行く約束をしていた。

 通信の内容は、レオンが”一般人に”暴力をふるってしまった、というものだった。


「レオン……」


 小さく呟いて詰め寄る。ゾディアックはその背中を見送る。怒気がこもっているのは明白だったが止める必要も理由もない。

 レオンは近づいてくる足音に気づき、目をアイリに向ける。少し顔色が悪い。寝ぼけまなこのような瞳をアイリに見せ、微笑む。


「アイリ。助けてくれよ。縛るのはやりすぎだよな?」


 ヘラヘラとしたレオンの言葉はアイリの逆鱗(げきりん)に触れた。

 ギリ、と音を立て歯を噛み締めたアイリは大きく腕を振りかぶり、レオンの頬を平手打ちした。

 乾いた音が木霊する。近くにいた冒険者の格闘家(モンク)が口笛を吹いた。


「この馬鹿っ!! ……人に、迷惑かけないでよ……!!」

「……いってぇな」


 レオンはボソリとそういうと、それ以降喋らなくなった。アイリはレオンから目線を切り、頬を腫らした男性に頭を下げる。


「本当に、申し訳ございませんでした」


 男は何も言わない。代わりに女性が口を開いた。


「あ、あの。私、カナンって言います。この人はルージュと言って……ああ、いや。自己紹介をしたいわけじゃなくってですね、その……」


 歯切れの悪いカナンと名乗った女性は、口元をもごもごと動かすと、決心したように口を開いた。


「わ、私が悪いんです! お金欲しさに冒険者の人を誘ったのが原因で……!」


 キャラバンの数人が含み笑いをし、レオンを見る。それは小馬鹿にするような視線だった。

 アイリは恥ずかしさで逃げ出したかった。遊びをしようとした結果喧嘩だなんて、くだらなすぎて泣きたくなる。


「……いいよ。俺も酷いことを言った。この件は水に流そう……」


 ルージュは氷嚢をテーブルの上に置いて溜息をつく。


「ただ今後カナンには近づかないでくれ。あと、俺にも。……あんたがしっかりと管理してくれるか? 凄腕の冒険者さん」


 そう言ってゾディアックを睨むように見る。

 ゾディアックは首を縦に動かす。


「……ああ。約束しよう」

「おい、ゾディアックさんよ。お前がしっかりと管理してねぇからこういう問題が起きるんじゃねぇのか?」


 冒険者のひとり、武器を持っていないため職業(ジョブ)は分からない。顔に傷がある年配の冒険者はゾディアックを見て顎をしゃくる。


「最近のお前の評価は上がっていたが、こういうのは許容できねぇな」

「……すまない」


 明らかに敵意を向けている。アイリはその間に割って入る。


「ゾディアックさんは関係ないでしょ」

「あるんだよ。監督者としての責任ってやつだ。……まぁ気を付けろよ。さっきエミーリォの爺さんは「今回だけは見逃す。次はない」って言って部屋にこもったからよ」


 そう吐き捨てるように言うと、冒険者達は店を出ていった。何人かがゾディアックと擦れ違う際、「出来の悪い生徒持つと大変だな」と同情するように言ってきた。

 ゾディアックは黙してそれを聞き入れる。次いでキャラバンが寄ってきた。腹が出ている女性だ。皺が多く肌も汚い。50代くらいだ。

 女性は手に紙を持って、それを見ながら言葉をゾディアックに投げる。


「レオンっていう冒険者なんだけどね。不買品や予約割込みとかした不正があるのよ。色んな店で起こして。キャラバンは「駄目だ」って言ったのに、あのガキは「俺はDランクなんだぞー」ってのたうち回っていたわ」

「……」

「ちょ、ちょっと待てよ」


 レオンは顔を上げる。


「不正って。あんたらキャラバンだって同意……」

「同意? へぇ? その証拠は? 契約書でもあるのかい? 予約取消のサインは? 先に不正を働いてきたくせにこっちを悪者にしようって魂胆かい。性根が腐ってるね」


 ぐっと歯嚙みするレオンは、ちらとアイリを見る。アイリは下唇を噛み、視線をそらした。

 なるほど、とゾディアックは思う。相手の狙いがわかった。


「いくら、払えばいいんだ。賠償金は」


 キャラバンの女性は目の色を変え、紙を見せた。


「この金額を明日までに。場所は市場の、中央通りにあるこの店だ。いいかい? まける気は毛頭ない。色を付けて返すってんなら……まぁあんたのいい評判を流してやろうじゃないか」

「……あんた何者だ」

「”グランド・オール”ってキャラバンの団長さ。サフィリアのキャラバン団体を纏める3人目のリーダーだよ。ゾディアック・ヴォルクス」


 なるほど。相手が悪い。この街で一番恐ろしいのは、キャラバンに嫌われることだ。


「わかった……楽しみにしていろ」

「ふふ。いい男だ。話がわかる。あんたもこの人見習いな、クソガキ!!」


 そう言ってキャラバンも店を後にした。

 残った3人の間に沈黙が流れる。人が多かったから蒸した空気が肌に張り付く。アイリとレオンは目線を合わせない。ゾディアックは何も言わずにレオンに近づくと拘束を解いた。


「……疲れただろう。今日はもう、解散しよう」


 レオンは何も言わずに立ち上がると店を出ていった。


「ごめんなさい。ありがとうございます。ゾディアックさん……おやすみなさい」


 震えた声を出したアイリもまた、目元をこすって出ていった。

 亀裂、というものが、ゾディアックの目に見えるようであった。


♢ ♢ ♢


 そして翌日。金を払ったゾディアックが集会所に行くと、全員が端の席に座っていた。

 既にアイリとレオンは喧嘩をしていた。


「アイリさん! もう落ち着いてください!」

「止めないで!! レオン! どうしてあんたそんな性格になっちゃったのよ!」

「だから言ってるだろ! お前らの足引っ張りたくなくて装備を」

「結果的に足引っ張っているじゃない! それも凄い迷惑かけて! ゾディアックさんに謝ったの!?」


 ぐ、とレオンは押し黙る。そこにゾディアックが合流すると、エリーが困り顔で頭を下げる。


「本当……これならゾディアックさんから装備を譲ってもらえばよかったじゃない。私達はまだ弱いのよ。せっかく一緒に強い人と技術と冒険に必要な知識を学んでいるのに、恩を仇で返す気? あんただけならいいけど、私達も巻き込まないでよ! 頑張る方向間違っているのよ! あんた!!」


 悪いことをしたのはわかっている。自分のちんけなプライドで、人に迷惑をかけたのもわかっている。

 だがそれでも、レオンは全てを認めたくはなかった。僅かに残った「お前達のためを思って」という我儘な精神が、レオンの怒りを増幅させ。


「うるせぇんだよ!!」


 口から怒りを吐き出した。


♢ ♢ ♢


 アイリの溜息はこれで何度目だろう。頬をテーブルにつけ、虚ろな目で店内を見ながら呟く。


「……なんであんなダメ男に惚れてんだろ。私」

「……あ、やっぱり好きだったんですね」


 アイリは頷く。


「じゃあ尚更仲直りを早くしないとですね」

「……わかってるわよぉ。けど、こんな激しい喧嘩した後にごめんなさいしておしまい、ってわけにはいかないでしょ……」


 消え入りそうな声だった。アイリは首を動かし、エリーを見上げるように見る。


「エリー。相談乗ってよー……こういう時どうすればいいのかなぁ?」

「私だって知りたいですよー……。こういう経験なんてないし、好きな人だって……」


 ふと、脳裏にゾディアックの姿が浮かぶ。が、エリーは頭を振る。


「今は、いませんし」


 2人が嘆息する。意気消沈気味で暗い空気が漂うところに、ゾディアックが戻ってきた。


「どうした、2人とも」

「あ、ゾディアックさん。お帰りなさい。今アイリさんから……」


 そこまで言いかけて、2人はゾディアックを見る。両者共に、ある考え、というより、ある人物が頭の中に浮かんだからだ。


「……?」


 小首を傾げるゾディアックを見て、先に言葉を出したのはアイリだった。


「ゾディアックさん!」

「はい」

「ロゼさんと、会ってもいいですか!?」


 再びゾディアックは、小首を傾げたのだった。


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