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C.O.O.K~暗黒騎士だけど、可愛い吸血鬼のためにデザート作るよ!~  作者: RINSE
Dessert.4「バースデー・マカロン」
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第71話「Cloudy」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

「うるせぇんだよ!!」


 集会所内を揺らすほどの怒号が飛ぶ。グラスをテーブルに叩きつけたレオンがアイリを睨みつける。

 ついさっきまで激しい言い合いをしていた2人だったが、レオンの方が先に堪忍袋の尾が切れたらしい。


「はぁ? 急に怒らないでよ!」

「うるせぇ! グチグチと、お前は俺の母ちゃんか!」

「言うに決まってるでしょ! 冒険者権利が剥奪されたらどうするつもり!?」


 レオンは痛いところを突かれたのか歯噛みする。


「もう少し節度ある行動を心がけてよ! 昔みたいな振る舞いはできないって、この前2人で確かめあったじゃない!」


 そう言うと拗ねたように「知らねぇよ」という言葉が返ってくる。アイリは嘆息して項垂れると、額に片方の指先をつけた。


「呆れた……。ガキだと思ってたけどここまでなんて。もう少しゾディアックさんを見習ったら?」


 レオンの肩がピクリと動く。同席していたゾディアックとエリーは雰囲気が怪しくなったのを感じ、2人を止めようと動き始める。


「もう、いいだろう。2人とも」

「そうですよ。落ち着いてください。他に人もいらっしゃるんですから」


 だがアイリの言葉は止まらない。


「物静かなだけかもしれないけど、変な喧嘩や揉め事は絶対起こさないわ。あんたみたいに後先考えず、ガキっぽい思考回路で行動しているわけじゃ」


 そこまで言った時、グラスが割れ床に散らばる音がアイリの言葉を遮った。アイリは目を丸くしてレオンを見る。怒りに満ちた目が向けられていた。


「なによ、やる気?」


 口調は強いが、明らかに声色は怯えていた。レオンは拳を叩きつけ、荒い呼吸を繰り返しながら立ち上がると、アイリをひと睨みして集会所の出口へ向かう。


「ちょっとレオンさん!」


 立ち上がろうとしたエリーよりも先にゾディアックが席を立ち、後を追う。

 近場の席にいた冒険者達が、にやけ面で言葉を交わしている。


「情けねぇ男だ」

「女と口喧嘩している時点で、なぁ?」

「若いねぇ」


 傍から見ると痴話喧嘩にしか見えなかったのだろう。アイリは顔を赤らめ、割れたグラスに破片を集めようと膝を折る。


「アイリさん、箒使いましょう。指怪我したら危ないですし」


 声のする方に顔を向けると、箒を持ったエリーとメイド服の給仕が駆け寄ってくるのが見えた。


「いいですよ、私がやっておくので」

「いえ、集会所で騒いですいません」


 金髪を揺らしそう言うと、給仕は一度だけ頷いた。

 3人で片付けを行ったため、あっという間に綺麗な床が戻ってくる。次いで机を拭くと、給仕は一礼して踵を返した。

 アイリは席につくと、両手で顔を覆って長い長い溜息を吐く。エリーは対面に座り、先程までゾディアックと一緒に読んでいたお菓子作りの本をパラパラと捲る。ゴブリン大絶賛のお菓子特集、という恐ろしい見出しが目に入ったところで、アイリの溜息が止まった。


「……何も聞かないの?」

「何か聞いて欲しいんですか?」


 指の隙間から鋭い視線を向けてくるアイリに対し、エリーはクスクスと笑う。再び大きな溜息を吐きながら、アイリは机に突っ伏す。両手をだらしなく前に伸ばし、額をピタッと机につける。ひんやりとした感触が頭を冷やして行く気がした。


「私の言い方、きつかったよね」

「だからずっと言ってたじゃないですか。優しい言葉をかけるようにって。それにゾディアックさんと比べるのは酷ですよ。レオンさんだって男の子なんですから、プライドがあるでしょうし」

「プライドねぇ」


 知っているとも。ガキで口が悪くて、人一倍負けず嫌いで努力家なのは知っている。ずっと傍にいた幼馴染なのだから、誰よりもレオンの性格を知っているはずだった。


「自己嫌悪ぉ……」


 知っているのにあんな態度を取ってしまった。くぐもった声でそう言うと、エリーは口元を隠す。


「悪かった、と思っているなら、仲直りですね」

「それでいいのかしら」

「いいじゃないですか。人間だったらそれで仲直りが大半でしょ? 表面上だけだったとしても。亜人(こっち)は殴り合いで優劣決めないと、ずっと喧嘩しっぱなしなんですよ」


 アイリは顔を上げる。


「エリーもそういう喧嘩したことあるの?」

「全戦全勝です。全員鼻っ柱折ってやりました」


 沈黙が流れる。


「冗談ですよ」


 しょげるように、猫耳をぺたんと畳んだエリーが唇を尖らせた。


♢ ♢ ♢


 今日もサフィリアは賑わいを見せていた。毎日がお祭り騒ぎであるこの街の喧騒は、道行く人々の気分を高揚させる。だが、不機嫌な者にとっては逆効果だ。


 華やかな声をやかましいと思いながらレオンは脇道にそれる。行く場所など決まっていない。ただイライラしながら歩いている。


 大股で、靴の裏を地面に叩きつけながら進む。聞こえてくるのは不機嫌を露わにした自分の足音と、後方から聞こえてくる具足の音だけだ。


「ついてくんじゃねぇよ!!」


 振り向いて唾を飛ばす。漆黒の鎧を身に纏うゾディアックは足を止める。

 その行動が気に食わず、レオンは再び罵声を飛ばす。


「どうせお前も俺のこと馬鹿にしてんだろ! 確かに俺はガキでバカだけどな、これでも努力してんだよ!」


 明らかに敵意をむき出しにした声色に対し、ゾディアックはなんと声をかけようか模索する。正直どんな言葉を投げても全部打ち返されそうだが、このまま黙っているわけにもいかない。


「とりあえず、落ち着け」


 無難な言葉を投げるが、効果はなかった。


「クソが。確かにあんたと比べたら、俺なんてゴミムシだよ。けど俺だって頑張ってんのに、それをあいつ……!」


 壁を蹴って声を荒げる。怒りは収まらないらしい。これ以上火に油を注ぐわけにもいかない。ゾディアックは沈黙した。


「俺はあんたのお飾りじゃない」


 レオンは吐き捨てるようにいうと踵を返した。


「レオン」

「来るんじゃねぇ!」


 レオンは駆け出し雑踏の中に紛れ込んだ。追うことは容易いが、これ以上は無駄だろう。落ち着くまでひとりにしておこうと思い、ゾディアックは背を向け集会所へと向かった。


♢ ♢ ♢


 肩がぶつかり相手を睨む。若い男だった。青い髪が肩まで伸びている。目の下の隈が酷く、唇の色素も薄い。多分寝ていないのだろう。風体から冒険者だと思うが、装備を見る限り低ランクだ。それに体躯も細い。


「気をつけろよ」


 レオンも筋骨隆々といった見た目ではない。むしろ細い方だが、自分より弱そうな相手には引かない。

 鋭い視線でそう言い放つと、男は頭を下げて消えていった。


 レオンは鼻を鳴らし歩く。大柄な亜人を押しのける。何か文句を言われたが無視を決め込んだ。亜人はこちらに手を出せない。下手に手を出したら袋叩きに合うのがオチだ。次いで両手で本を山のように積んだキャラバンの商人とぶつかってしまう。40代くらいの、眼帯をしていた男性の商人が持っていた本が路上に散乱する。慌てた様子で集める証人と、本拾いを手伝う者達を無視してレオンはその場を去る。


 レオンの頭にはアイリの言葉と、昨日言われた言葉が駆け巡る。

 なぜこれほどまでに怒り、アイリと喧嘩をしてしまったのか。それが映像のように頭の中で再生されようとしていた。

 レオンは眉間に皺を寄せ、唇を噛む。


 サフィリアの空は暗雲が立ち込めていた。

 嵐が来そうだ。

 近くの露店にいた客と商人の会話が聞こえると、映像が始まった。


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