第7話「パンケーキ」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
集会所に行って、報酬を受け取る。集めた素材は全部パーティの面々に渡した。白魔道士が困惑した顔を向ける。
「え、あなたの分は」
「目的の物は手に入った。金と素材は君達の物だ」
大量のラムネゼリーが手に入った。それだけでゾディアックは満足だった。
受付にいたレミィが片肘をついて溜息を吐く。
「ブラスタムが出てくるとはな。お前が行って正解だった」
「……調査をする必要があるだろう」
「とりあえず、任務ご苦労さん。帰って寝ろ」
「ああ」
白魔道士は頭を下げる。
「あ、あの! ありがとうございました! あそこで寝てる2人も……」
「寝かせておけ。疲れてるだろうしな」
シーフと黒魔道士はテーブルに突っ伏し寝息を立てている。全力を出したため、体力も魔力も限界だったのだろう。
白魔道士は笑顔をゾディアックに向けてもう一度礼をする。
「本当にありがとうございました!」
「ああ。君も……しっかり休めよ」
自分の思いを口にする。
ゾディアックは踵を返し、それ以上足を止めずに集会所を出た。
「……あの騎士、初心者守ったんだってよ」
「たまたまだろ」
「面倒見いいのかな? もしかして」
「ただのパフォーマンスでしょ」
集会所が暗黒騎士の話題で盛り上がる。だが、少しだけゾディアックの評価が変化していることを、レミィは肌で感じ取った。
「初心者に優しいベテラン……ああ、好き。もう一回名前で呼んでくれないなぁ」
「あの、報酬……」
「うるせぇ! ぶっ飛ばすぞ!!」
「えぇええ!!?」
報酬を受け取りに来た剣士に対し言葉を飛ばすと、レミィは自分の世界に入っていった。
♢ ♢ ♢
「ゾディアック様、お帰りなさいませ!」
家に帰ると笑顔のロゼが出迎える。
「ただいま、ロゼ」
「クエストはもういいのですか?」
「ああ、目的の物が手に入ったんだ」
時計に目を向けると間食をするにはちょうどいい時刻になっている。
ゾディアックは着替え終わるとキッチンに立ち、必要なものを並べていく。ロゼは怪訝な目でそれを見る。
「料理をするのですか?」
「ああ」
「何を作るのですか?」
「パンケーキだ」
ロゼが目を輝かせる。
「パンケーキ!!」
子供のような屈託のない笑みを浮かべたロゼを見て、ゾディアックも顔を柔らかくする。
「作れるんですか、ゾディアック様」
「本を見ながらになるが、作ってみる」
「また急にどうして……」
「ロゼが食べたがっていたからな。ロゼの為に作ってみようと思って」
「……わ、私の為に?」
「ああ」
ロゼは口元を両手で隠し、赤い顔で「ありがとうございます」と言った。目元にとろけるような笑みを湛えていた。
ボウルに砂糖と卵を入れる。殻割りを2回程ミスしたが、問題はない。それを混ぜ合わせ、茶に近い色になる。その上から小麦粉をボウルに入れる。先程大量投入して失敗したが、問題はない。
少しダマが出ているが、力技で滑らかにしていく。泡立て器がひん曲がる寸前まで混ぜると、滑らかになった。
「次は牛乳を少しずつ入れて……」
椅子に座ってその様子を見ていたロゼが、不安気な表情を浮かべる。
「あの。ゾディアック様。私もお手伝い……」
「だ、大丈夫だ。生地は出来たから、あとは焼くだけだ」
そう言ってフライパンにバターを塗り、黙々と生地を焼き始めるゾディアックを見て、嬉しいやら面白いやら、ロゼは噴き出してしまう。ロゼは腰を上げ傍らに立つ。
「なら、見守りますね」
体が当たる程密着し、ロゼはフライパンの中を覗き込む。鼻腔を擽る甘い匂いに集中力を乱されながら、ゾディアックはなんとか生地を焼き上げた。
出来上がった物を皿に乗せ、バターを生地の上に乗っけて蜂蜜をかけてみる。
「……なんか、違うな」
電像機に映っていたのはもっとふんわりと焼き上がり、ボリュームがあった。だが、出来たのは平べったい。狐色も濃く、周囲が少し焦げてしまっている。
「すまない。ロゼ。失敗した……」
ゾディアックの視線が下に向く。
「成功、していると思いますよ? だって本に載っているのと同じですし」
本を広げ、完成した写真が載っているページをゾディアックに見せる。
「ほら」
「本当だ」
「きっとあれはお店用の、特別な調理方法なんでしょうね。とりあえず、食べてみませんか? 冷めてしまいます」
「……いいのか? これで」
「これがいいんです」
ロゼは破顔すると、皿を持ってテーブルに持っていく。
「次は私が焼きます!」
「え」
「ゾディアック様の分ですから、それくらいはいいですよね?」
「……ああ、頼むよ」
そう言ってボウルを手渡した。
穏やかな時間が流れていく。談笑しながら生地を焼き、2人は席につきパンケーキを頬張る。
「美味しいです!」
「甘い……!」
渋い顔をするゾディアックに対し、ロゼは頬に手を当てながらケーキを頬張る。対し、蜂蜜の甘みを耐えながらゾディアックはケーキを口に運んでいく。
その時、ゾディアックが気づいたように声を出して、拡張箱から報酬で受け取ったラムネゼリーを取り出す。
「しゅわしゅわしてますね。ラムネスライムから出てくる食用素材ですか」
「ああ。これをかけるのを忘れていた。食べてみよう」
「いただきます!」
スプーンひとすくい分を乗せて、試験的に2人は食べてみる。
「……」
「何といいますか」
「不味いな」
「……ふふ。そうですね」
酸味と甘みが最悪に合っていなかった。しかも若干苦味がある。
上手くいかないなと思いながらロゼを見る。微笑みを返された。
「ゾディアック様、あーんしてください」
「……」
「大丈夫です! 甘くない部分ですから」
ゾディアックは少し恥ずかしがりながら、口を開ける。ロゼが楽しそうな顔でパンケーキをゾディアックの口に入れる。
「美味しいですね」
「……ああ」
そう言って微笑む。
「ロゼ。口開けて」
「え?」
「お返しに俺もやる。ほら」
「……甘いから私に食べさせようとしてません?」
「そんなことは、ないぞ」
「もうっ」
そう言いながらも口を開けたため、ゾディアックは蜂蜜がたっぷりかかったパンケーキをフォークで刺した。
穏やかな時間が過ぎていく。
外から入ってくる風が、心地良かった。
ロゼが喜んでくれている。次は何を作ろうか。頭の中に、ふとそんな言葉が浮かび上がった。
♢ ♢ ♢
「あ、いた! 黒騎士さん!!」
ある日、集会所に行ってクエストを受注すると声をかけられる。振り返ると、そこにはスライム討伐を一緒に行った初心者3人組がいた。白魔道士が目の前まで来る。
「また一緒のパーティですね!」
「……ああ」
「やったー! 黒騎士さんと一緒だ! いやぁ、もうきついんすよ戦闘が!」
「やっぱり前衛がいないとね。今回もよろしくお願いします」
ゾディアックは目を見開く。まさか冒険者に嫌われている自分が、ここまで歓迎されるとは思わなかった。
「……俺は最低限しか手伝えない。それでもいいのか?」
わざと突き飛ばすように言うと、3人は笑顔を向ける。
「全然構わないっす!」
「ベテランがいると気が引き締まるし、有難いわ」
「一緒に行きましょう!」
優しい言葉だった。ゾディアックは兜の下で笑みを浮かべ、手を差し出す。
「ゾディアック」
3人が疑問符を浮かべる。
「暗黒騎士、ゾディアック・ヴォルクスだ。よろしく頼む」
「う、うっす! シーフのレオンです!」
「黒魔道士のアイリよ。こちらこそ、よろしくお願いします」
「エリーと申します! あ、白魔道士です! 初心者でご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします!」
挨拶を終え、ゾディアックは立ち上がる。
「行くぞ。皆」
クエスト内容を確認しながらゾディアックは口を開く。
「プリンを作りに!」
「ぷりん?」
「は?」
「……デザートですか?」
「あ、違う。間違った。二頭獣倒しに」
パンケーキを作った日から、すっかり趣味としてお菓子作りに目覚めてしまった、ゾディアックなのであった……。
Dessert1 Finished!!