第69話「7回目の最終勝負だぁ!!」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
エミーリォに家が欲しいと言うと、「任せておけ」とだけ言われて、ゾディアック達は今日の宿を探していた。去り際に見たエミーリォの笑顔が、嘘をついていないことを願いつつ、通りを歩く。
終着駅とはよく言われたものだ。市民権すら会得していない、首輪付きの亜人達が揃って酒場に入っていくのが見えた。身元確認すら行わない店が多いため、自由に生きるという目的だけなら、この国は他の国よりも過ごしやすいだろう。
かと言って、ゾディアック達は身元確認をちゃんと行って堂々と宿屋に入る、という行いはできない。吸血鬼であるロゼを連れているため、下手なことを聞かれたら、ここいらの冒険者達が手柄を求めて襲い掛かってくるのは目に見えている。
ゾディアックは亜人が経営している小さなホテルに泊まろうと提案した。ロゼは文句も言わず、頷く。
「私に文句を言う資格はないさ。何処でもいいぞ」
うっすらと浮かべた笑顔には力がない。気にしているのだろう。自分のせいで相手が苦労していることを。
そんな気にさせてしまっているのを、ゾディアックは恥じた。だが嘆いても状況が好転するわけではない。今の頼りはエミーリォだ。あいつを信じて待つしかない。住む場所さえあれば、何とかなるはずだ。幸い、職も手に入れているのだから。
「しばらくは宿屋暮らしかな。贅沢で、ちょっと楽しみだ」
「……そうだな」
それ以上は何も言わず、2人は宿屋に入った。
宿の受付は首輪付きの蛇女だった。片目が無く、体についている鱗も、所々剥ぎ取られた痕があり、痛々しい見た目をしている。愛想笑いも浮かべない相手に金を払って部屋が空いているか聞くと、何も言わずに鍵を投げ渡してきた。
鍵を受け取り、奥の部屋に行く。中は意外と綺麗であり、2人が泊まるのには充分な広さだった。小さなテーブルに椅子が向かい合わせに置かれており、ベッドが2つ設置してある以外に、家具は何もない。
「お! シャワーがあるじゃないか」
風呂場の扉を開けたロゼが声を上げる。
「……そういえばロゼって、流れる水とか大丈夫なのか?」
「? なんでだ?」
「いや、吸血鬼の弱点」
「それは超下級の吸血鬼と、赤ん坊の弱点だ。私を舐めるなよ。吸血鬼の弱点は多いかもしれんが、私くらいになるとむしろ皆無と言ってもいいくらいだ」
「じゃあ今のロゼは弱点なしか」
楽しげにそう聞くと、ロゼは数秒考え、言った。
「お前が弱点だよ」
「……え?」
「何でもない。シャワー浴びてくる!」
備え付けのタオルを握りしめると、そそくさと風呂場に行き鍵を閉めた。
ゾディアックは口元がにやけないよう必死に我慢しながら、鎧を脱ぎ始めた。
♢◆♢◆♢◆
夜、ベッドに腰掛けると、ロゼが膝の上に座ってくる。ゾディアックは見上げる形でロゼの顔を見つめる。深い赤色が、心を見通すように見つめ、まるで挑発するかのように口元に笑みを蓄えてる。
「ロゼ」
「なんだ?」
「寝間着は無いのか」
「いいだろ、気に入っているんだ。私の魔力で作っている服だから、汚くないぞ」
そう言ってしがみついてくる。実際嫌いじゃないと思いつつ体を抱きしめる。しっとりとした感触と甘い香りが伝わってくる。
そのまま押し倒され、押し付けるようにキスをする。恥じらいや躊躇いなど微塵もなく、呼吸するかのように、それが当たり前の動作であるかのように、2人は唇を押し付け合う。
「今更だけどさ」
唇が離れたのをきっかけに、ゾディアックが口を開く。ロゼの金髪が頬を撫でながら上がっていく。
「ん?」
「夜は寝ていいのか? 吸血鬼の活動が活発になるのって、やっぱり夜だろ?」
「昼夜逆転させる吸血鬼もいるのさ。吸血鬼は太陽に弱い、っていう話を鵜呑みにしている馬鹿共が多いから、昼の方が上質な餌が取りやすい、って理由でな。私も一時期普通の人間と同じように生活をしていたから、少し体を慣らせば平気さ」
「……そうか。よかった」
「なんだ? おはようのキスでもされたかったか?」
「……」
「なんだよ、その目は」
「ロゼがしたいだけでしょ」
ロゼは頬を綻ばせ、誤魔化すように顔を近づけた。
♢◆♢◆♢◆
翌日、宿を出るとエミーリォが立っていた。
グレーのスーツにサングラスをかけていた。レンズの形が真円型であるため妙な威圧感と、胡散臭さが倍増していた。
「おはよう、お二人さん」
「よぉ爺」
「……おはようございます」
「なんだ。黒いのは今日ラフな恰好じゃな」
「ええ、まぁ……」
「早速なんだが、お前さん方の住処に行くぞい。ついてこい」
返事も聞かずに歩きだす。何処かいい宿が見つかったのだろうかと期待しながらついていく。
それから馬車に乗り、サフィリアの西区にたどり着くと、目的地はすぐそこだとエミーリォは言った。
「亜人街が近いから、夜は気を付けた方がいい」
「亜人街?」
「その名の通り、亜人達の街じゃ。いくら自由な国と言っても、亜人の扱いは下の下よ。素行の悪い荒くれ者も多いわい。夜出歩くのは避けた方がいいかもの」
「なんでそんな近くに」
「なんで? お前さん方もお尋ね者に近い存在じゃろ? 木を隠すなら森の中。危険な地域の近くにいれば、手を出したがらないものよ」
そうこう話していると、目的地に着いたのか、エミーリォは立ち止まって家を指さした。
「ほれ。お前さん方の家じゃ」
「……はっ!!?」
「2階建ての家……シェアとかそういう感じか?」
「何を言っとるんじゃ。2人の家じゃよ。まぁ2人暮らしには少し大きな家かもしれんが」
ゾディアックは目を見開き、慌ててエミーリォを見る。
「ま、待ってくれ。宿屋とかそういうんじゃ……」
「家が欲しいって言ったじゃろ。願いを叶えただけよ。ああ、事故物件とかではないし、そもそも出来立てほやほやの家じゃから、安心せぇ」
「1日でどうやって」
「長生きしていると、知り合いも多くての。魔法でちょいちょいと作ってもらったわい」
ゾディアックとロゼは頬を引きつらせる。確かに魔法を使えば一日で城を築くことだって可能だが、実際にやろうとするものはいない。負担が大きいからだ。
それを、家とはいえやらせてしまうとは、エミーリォの知り合いはどれほどの力を持っているのだろうか。
「ほれ。さっさと新居を飾らんかい。明日から仕事をしてもらうぞ、黒いの」
「……本当にいいのか? こんな立派な家を。なんでここまで」
「お前さん方には命を助けられ、次に仕事まで助けられそうになっとる。家ひとつくらい一夜で建てれんと、儂の看板に泥がつくわ」
エミーリォはそう言ってニッと笑った。
怪しさ全開の男だが、決して悪人ではないのだろう。
ゾディアックは頭を下げる。
「ありがとう。エミーリォさん」
「わ、私も……昨日は悪かった」
ロゼも、頭こそ下げないものの謝罪の言葉を述べる。エミーリォは後頭部を掻いてクツクツと笑う。
「よせよせ。年寄り照れさせても面白くないわい。あとエミーリォでよい。バリバリで働いてもらうぞ……ええっと、ゾディアック」
「……ああ!」
そう言ってエミーリォは踵を返して歩き去っていった。老人の背中は、ゾディアックの目に大きく映っていた。
♢◆♢◆♢◆
エミーリォの評価を改めつつ、ゾディアックとロゼは家の中をまず探索し始めた。
広いリビングに2人分の家具がすっぽりと入っていた。寝室にはベッドが2つある。まさか家具まで用意してくれているとは思わなかった。
他の部屋を覗いていく。風呂場、物置、あと複数の部屋。自分達の部屋と装備部屋まで確保できそうな広さに、2人は心を躍らせた。
「よい! この家中々によいぞ! エミーリォは有能だな!」
「ここまで良くしてもらえるなんて……ちょっと感動してる」
2人は向かい合って笑い合うと、何処を自分の部屋にするか、家具は何を増やそうか、などと相談をし始めた。
瞬く間に時間が過ぎていき、いつの間にか空に星が輝く時間になってしまった。
夕食は新居祝いということで、街の中にあった飲食店から料理を持ち帰った。亜人街が近いからか、人肉を使った料理が多かったのが印象的だった。ゾディアックはそれ以外の肉を使った、なんとも健康に悪そうなピザを購入した。
家に帰り早速食べてみると、味は美味いのだが胃にガツンと響く。2人で談笑しながらそれを食べていると、ロゼが柔らかく微笑む。
「明日からは私が料理当番……というより、家事全般やらないとな」
「え? ロゼも冒険者に」
「なれるか、阿呆。誰がこの家を守るんだ。お前が稼いで私が家を守ってお前を出迎える。それで役割分担できているだろ」
「……なんか、夫婦みたいだな」
ロゼは喉にピザが入り、胸を軽く叩く。今度はゾディアックが笑う番だった。
これから今までとは違う、まったく新しい日々が待っている。2人は明日からの日々を楽し気に話し合い続けた。
♢◆♢◆♢◆
夕食も終え、風呂にも入り、あとはもう寝るだけだった。歯を磨き終わったゾディアックは、寝室のベッドに腰掛ける。
しかし、まだ寝るにはまだ早い時間帯だった。何かしようかと思うが装備の点検は終わってるし、明日の予定も確認済みだ。
早起きしてトレーニングでもしようかと思っていた時、寝室のドアが叩かれる。
「ん? ロゼ?」
立ち上がってドアを開けると、そこには顔を赤らめたロゼがいた。
白いネグリジェを着ている。先日見た黒のよりも露出が多く、透け具合が凄い。ロゼのプロポーションが外気に晒されている。
「なっ、え……」
「ぞ、ゾディアック!!」
「あ、はい」
狼狽しているゾディアックに人差し指を突き出す。ゾディアックは呆けたような返事をする。
「そ、その……私はお前のことが好きだ。前みたいに、また魔法やら体術やらで勝負は仕掛けない」
「お、おう」
「だ、だけど。だけどな。このままだとお前に負けっぱなしで悔しいんだ! 負け越してんだよ私!!」
「えっと……」
混乱する頭の中で、今までの戦いの記憶を探る。
出会って戦闘。ゾディアックの勝ち。再戦も同じくゾディアック勝利。3回目はロゼが勝ち、4回目のお祭り対決はドロー。5回目はゾディアックの一方的な勝利で、6回目は一応ロゼが勝利を収めた。
「3・2でゾディアックが勝ち越している計算になる」
「でも5回目に関しては」
「あれも勝負だ。私の中では敗北なんだ」
「……なるほど」
「だから、せめて対等になりたい……。だ、だから、その……えっと……あまり危険じゃない、むしろ互いが得する勝負を、だな……」
ゾディアックはロゼが何と言おうとしているのか、察した。
自分にその経験はない。しかしそれはロゼも一緒だ。ある意味対等な条件で戦い――この場合戦いという表現が正しいのかは置いておき――合う。
そう思うと急に緊張が走る。ロゼの顔も益々赤くなっていた。
「……じゃあ、これが最後の対決?」
「そ、そうだ! 私が勝ったら対等と認めろ! その代わり、私が負けたらお前を慕う。こんな生意気な口の利き方も滅多にしないようになる!」
「別にそんな……」
「これくらい本気ということだ!! ええい、まどろっこしい!! 7回目の最終勝負だぁ!!」
「いやせめてカーテン閉めて……」
半ば暴走気味のロゼに押し込まれた。慌ててドアを閉め、ぎゃあぎゃあとわめきながら2人はベッドに倒れる。
部屋が闇に閉ざされ、やがて沈黙が流れる。
「……はしたない女だと思わないで」
「思わないよ」
「本当?」
「むしろ最高」
「ばかっ」
2人は自分達の世界に、深く深く入り込んでいった。
大きな満月が、サフィリアに来た新たな住民を見つめている。
まるで笑うように、祝うように。
煌々とした月の光は、雲に遮られることなく、夜を明るく照らし続けた。




