第65話「女性を口説くのに、年齢は関係ないさ」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
空が白んだ頃に野営地点を出発し、それから2時間ほどが経過していた。太陽がしっかりと顔を見せ、その眩しさに目を細めていると、ようやく古城が木々の隙間から見えてきた。
見た目は古めかしい黒い城。一部が倒壊しており、少なくとも人が住んでいるようには見えない。
騎士団団長フォールン・アルバトロスは、黒馬に跨りながらその城を眺める。先遣隊が周囲を探っているのが見え、何か問題がないか、探知魔法で確認していた。
フォールン率いる主力部隊は、森の中で待機していた。誰も無駄口を叩かず指示を待つ。普段はこういった任務に同行しないフォールンがいるため、部隊間には変な緊張が走っていた。
なぜ同行したのかを騎士が聞いた時、フォールンは「凄腕の冒険者を倒した魔物に興味が湧いた」と答えた。
それから数分後、先遣隊が空に向かって緑の光を飛ばす。黒か赤であれば突撃指示を出していたのだが、緑ということは“比較的安全”らしい。
「もぬけの殻かもしれんな」
そう呟いて手綱を動かし馬を御する。落胆した背中を見せるフォールンに部隊はついていった。
♢◆♢◆♢◆
案の定、城には誰もおらず何の気配もしない廃墟だった。
しかし、エントランスは小綺麗であり、支柱には修復を施した跡が残っていた。つまり最近まで誰かが住んでいたということになる。
「団長」
護衛の騎士が鎧を揺らし、語りかけて来る。
「報告。1階の捜索が完了致しました。多数の魔力を探知。特に多かったのはインプです。しかし、姿は見えず、どこかに潜んでいる気配も感じられません」
「隠し扉や通路は確認したか?」
「それが、特には」
フォールンは眉根をあげた。こういった城には脱出用の経路があるはずだが、ここには存在しないのだろうか。
労いの言葉をかけて、2階を捜索するよう指示を飛ばすと、騎士は両手を、腰に差した剣の柄に乗せる。その動きは騎士団間で行われている「敬礼」のジェスチャーだ。
「ところで団長」
「何かね?」
「馬から降りないのですか?」
気まずそうにそう聞いて来る騎士を見て、フォールンは口をへの字に曲げる。
「城の中に馬で入るのってカッコいいだろ?」
「いやぁ、そう、ですかね……」
「団長ジョークだ。真剣に考えるな。リリウムかお前は」
文句を言いながら馬を降りると指を鳴らす。刹那、黒馬は煙と化してその場から消え失せる。
騎士はそれを見て、兜の下で驚愕の表情を浮かべた。魔法で作られた馬は、実際に生きている馬となんら遜色なかったからだ。
魔法で物質を疑似的に作ることは可能だが、あくまで”疑似的”なものでしかない。膨大な魔力を使うにも関わらず、元の物質と比べられると、普通であれば一目瞭然の違いが生まれてしまうはずである。
しかし、フォールンが作った馬には”何かおかしいと思える部分”が何もなかった。魔力漏れすらない精密な物質を、詠唱も無しに、それも昨日からずっと発動し続けている。
それはフォールンが底なしの魔力を持っている、ということを暗に物語っていた。
小さく欠伸をしながら、フォールンは2階へと足を運ぶ。既に捜索していた騎士達が騒然としていた。
「どうした」
「団長! こちらへ」
言われるがまま部屋の中に入る。広い空間が広がり、壁にかけられた装飾品や床の材質から、ここが重要な場所であるということを示している。
そして、その部屋は損傷が激しかった。大量の魔力痕と共に、甘い香りが部屋を包み込んでいた。
それを嗅いだフォールンの脳裏に、以前出会った金髪の吸血鬼が浮かび上がる。フォールンは全てを察した。ゾディアックが傷付いた理由、そして傷つけた魔物の正体を。
「なるほど」
「いかがいたしましょうか」
「Jランクの冒険者、ゾディアックを倒した魔物の討伐情報はなし。つまり、近場に潜んでいる可能性は充分にある。部隊を分散させる。半分はここを調査し続けろ。残りは私と共に、ここから一番近い村であるデスタンに向かうぞ。そこにゾディアックがいれば話も聞けるだろう。私に続け」
騎士達は揃った動作で敬礼をし、フォールンの指示に従った。
♢◆♢◆♢◆
デスタンの村に着いたフォールン一行は、村の中で一番大きな酒場を訪れた。
昼間ということもあってか、中は閑散としている。冒険者と思われる一団以外は、冴えない顔をした店員がひとりしかいない。
話を聞こうと、ひとりの騎士が鎧を揺らしながら一団に声をかける。顔を上げた全員が男だった。金髪で大柄の男がリーダーだと察するが、その顔を見た瞬間全員が身構えた。
口がなかった。比喩表現ではなく、男達の鼻から下は肌色一色になっていたのだ。
声をかけた騎士は驚きを隠せないように、一歩後ろに下がる。あれでは喋ることもできないだろう。団員のひとりがテレパシーを試みるも、頭を振って諦める。
「ジャミングか。魔物にやられたのか。運のない連中だ」
ゾディアックを襲った者がやったのだろうか。疑問に答えは返ってこない。
これでは埒が明かないと思い、フォールンは場所を移動し始める。その際集団を一瞥すると、全員が内股気味になっていた。なんとも不気味だったが、深くは考えずその場を後にした。
♢◆♢◆♢◆
団員を分散させ、村のめぼしい宿屋や酒場を捜索したが、満足な成果は得られなかった。ゾディアックすら見つかっていない。
そして村の奥にある宿へと足を踏み入れる。ここが最後だった。いてくれと願いながら扉を開けると、フォールンの姿を見た店主だろう初老の女性が、一度眉をひそめた。
「お部屋をご用意しましょうか? 騎士様」
どこか含みのある言い方だった。フォールンは愛想笑いを浮かべる。
「いや。泊まりに来たわけじゃないんだ。話を聞きたい」
「悪いけど。あなた私の好みじゃないからお話ししたくないわ」
肩を竦める。初対面で随分な言い草だった。
「怒らせてしまったようだ」
「ごめんなさいね。私、騎士団が大っ嫌いなの。息子は入団して魔物に殺されちゃったし、騎士に嫁いだ娘は夫が死んで未亡人よ。3人も子供を抱えてね」
溜息を吐いて女性は項垂れる。フォールンは右手を動かし、後ろにいた騎士達に中を捜索するようジェスチャーを送る。
「私に許可なく部屋に入れると思わないでね」
「落ち着いてください。これは必要なことなのです。危険な魔物がここに潜んでいる可能性が」
「私の宿に来た人の中に、魔物なんているわけじゃないじゃない!」
「ですからそれを確かめようと……」
「はぁ? チェックをしている私の目が節穴だとでも? それに、もし魔物がいたとしても私の大切なお客様よ。入らないでちょうだい。どうしても入りたいなら、私を殺してからにすればいいわ。堂々と荒らすなり焼くなり、好きにしなさい!」
背後にいる騎士達が苛立っているのがわかる。だがフォールンは、女性の態度に違和感を覚えていた。
そして得心した。この女性は時間稼ぎをしている。恐らくだが、先程までゾディアックがここにいたのだろう。しかし、なぜか時間を稼いでいる。疑問を思ったが、問い質すのをやめた。
既に気配も何もない。朝早く出立したのか、魔力すら感じない。微かに漂う甘い香りが、煽るように鼻腔をくすぐる。
今から追っても間に合わないだろうし、どこに行ったのかも見当がつかない。女性を脅して行き先を聞くという考えも湧いて出たが、すぐに泡と化す。先程から聞こえている女性の口ぶりでは、決して口を割ることはないだろう。時に、こういう女はいるものだ。
「やるじゃないか、ゾディアック」
彼、いや、彼らには、心強い味方がいたようだ。
小さく呟き、諦めたように小さく息を吐くと、フォールンはカウンターに肘を置く。
「お姉さん。お名前は?」
「おじさんにお姉さんなんて言われても嬉しくないわ。モナよ」
「モナ。平和的という意味だね。素敵な名だ。どうだい? 一杯」
「あら、ナンパ? 年を考えたら?」
「女性を口説くのに、年齢は関係ないさ」
「ふーん。ちょっとキザっぽいこと言ってるけど、仕事は?」
フォールンは口角を上げ、モナを睨む。
「壁に阻まれて、進行不能になってしまったようだ」
「あら残念。じゃあ愚痴くらいには付き合ってあげるわ」
勝ち誇ったような笑みを浮かべ、モナはカウンターに肘を置き、頬杖をついてそう言った。
♢◆♢◆♢◆
リリウム・ウィンバー・ハーツの目が忙しなく動き続ける。これで何枚目かもわからない紙の上を目が走る。そしてサインを叩き込むように書き続ける。普通の書類であれば魔法で一括終了するのだが、今回は騎士団の装備を一新するということもあり、重要な認証書類が多かった。そういった書類は手書きを強要される。せっかく便利な魔法が使えるというのに、無駄なことをさせてくれる。
瞳を閉じて口から息を長く吐き出しながら、目の間をつまんで天井を見上げる。目を酷使したせいで、変な疲れを感じていた。
その時机の上に置いてあった、業務用の琥珀箱が、音を立てて揺れ動いた。薄目でそれを確認すると、橙色に発光していた。
業務連絡だ。リリウムは姿勢を正し、空中に魔方陣を描く。すると別の空間と繋がり、そこから紙が一枚滑り落ちてくる。ふんだくるようにそれを手に取り、書かれていた文字を頭に叩き込む。
――Jランク、ゾディアック・ヴォルクスが、囚人番号50109番の早期釈放を要求。既に保釈金支払い済み。
正式申告無し。身元引受人無し。特別申請を要求。
問題が発生した場合、ゾディアック・ヴォルクスの冒険者権限を剥奪することを条件に受理。昨年、同例2件有り。どちらも問題無し。
騎士団副団長・リリウム・ウィンバー・ハーツに伝言。
「ガトーショコラ、美味しいです」。
以上。
「……なん、ですかね、これは……」
リリウムは立ち上がると、鎧も装備せず最低限の荷物を持って廊下に出る。
その際、装備の取り扱い資料を持った女性の事務員とぶつかってしまい、山のように持っていた紙が宙を舞った。リリウムの目に、それはスローモーションに映る。
間髪入れずに右手を振って、魔力が込められた風を発生させる。資料は空中で重なり合い、瞬く間に山となる。
リリウムはそれを両手に持つと、事務員に手渡す。
「申し訳ございません。前方不注意でした。少し出かけてきますので、お気をつけて持って行ってください」
そう言って踵を返し、廊下を歩いていく。去っていくリリウムの背中を、事務員はポカンとした表情で見送った。




