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第60話「ごめん」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

「いいかい、ロゼ?」


 骸(むくろ)と化した冒険者を見下ろしながら、兄がそう語りかけてくる。遠くから、逃げていく冒険者達の悲鳴が聞こえる。仲間を見捨てて自分達だけは生き残ろうとしているのだ。反吐が出る。


 兄は右腕から出血していた。が、圧迫せずともすぐに止まった。吸血鬼の特徴かつ強味とも言える、血液操作によるものだ。


 冒険者は全身の血を吸われ、干からびて萎んでいた。すでに死亡している体中から、ガスが抜けている音がする。

 悪臭が漂うが、兄は全く気にせず男が握っている剣を手に取る。死してなお冒険者は剣の柄を掴んでいたが、まるで雑草でも抜くように力尽くでそれを奪い取ると、腕が千切れてしまった。


「はは。汚い。余程奪われたくないのだな。その執念には感服するが、君にはもう必要ないだろう。悪いように使わないから安心したまえ」


 言いながら、汚れた雑巾でも持つような仕草で男の千切れた腕を柄から外す。

 軽く上下に振って感触を確かめると、ロゼの方を向いて、それを突き出す。


「持ってみなさい」

「はい」


 言われるがまま持ってみる。自分の背丈と同じくらいの大きい剣だった。

 だが、問題があった。


「持てません」

「重いか。吸血鬼の力があれば、重さは問題ではないはずだ」

「そうではなく、体中の魔力を吸い取られそうなのです」


 そう言った直後だった。剣が怪しく赤色に輝き、血管のように赤い線が刀身に浮かび上がってくる。まるで、生き物のような不気味さがあった。

 一気に枯渇してしまう。手持ちの武器に殺される。まるで飼い犬に手を嚙まれるようだ。

 兄はふむ、と呟いて顎を摩る。考えている時の仕草だ。


「やはり無理か。私でも扱い辛い武器だと思ったが、まさかここまで強力な力を秘めているとは。ロゼ。それは封印を施して……」

「いえ、兄様。私はこれが気に入りました」


 兄が疑問符を浮かべる。


「だが、振れない、持てない剣を持ってどうする」

「だからこそ持つのです」

「何?」

「兄様にも持てない武器を、私が使いこなせたら、私は兄様以上の実力を持っている。そういうことになりませんか?」


 そう言うと真っ直ぐに兄を見つめる。負けず嫌いなロゼの姿を見た兄は、白い歯を見せて笑った。


♢◆♢◆♢◆


 掲げた剣が赤黒く光る。城内の明るさが、黒から赤に染め上げられていく。

 途轍もない魔力喚起に、周囲の空気が振動している様であった。


 ――行くぞ、ゾディアック。


 その言葉を発する事も出ない。元より覚悟の上だった。恐らくこの攻撃を発動すれば、ゾディアックも全力で反撃するだろう。

 消し炭にされるかもしれない。

 ロゼの心の片隅には、何処か諦めに似た思いが募っていた。


 頭を振る。

 戦う前から負ける心配をしてどうする。

 不敵に微笑むことも出来なければ、目の前すら霞んでいる。だが、代償を支払っている甲斐はあるはずだ。全てを注いだこの剣の一撃にかける。


 自分の血管が浮き出ているのが分かる。

 霞がかった視界で、黒い騎士が動くのが見える。剣を構えているのだろう。まるで黒い翼が生えたような鎧姿が微かに見える。

 相手も本気でぶつかってくるのを確認し、安心したロゼは、最後の力を振り絞って。


 口元に、笑みを浮かべた。


♢◆♢◆♢◆


『全力だ、来るぞ』

「わかってる」

『いいな。本気で撃て。死ぬぞ』


 いつもは余裕を持っているもう一人の声には、若干の焦りが混じっていた。

 それだけ次の一撃が強力で、危険だということだ。


「……わかっているさ」


 覚悟を決めて、ゾディアックは言う。それを聞いて安心したのか、もう一人は何も言わなくなった。

 ただ黙って、力を貸してくれる。柄を握る両手の上に、更に違う両手が重なるような感覚に襲われる。

 自分でも冷たいと思う両手が、じんわりと暖かくなる。


「なぁ」

『ん?』

「ありがとう」


 鼻で笑われた。こちらこそだ、と言ってくれはしないらしい。気難しい相棒に苦笑いする。

 その時だった。ロゼの剣が一際大きく輝いた。

 今まで赤黒かった光が、青白く変化する。


 来る。

 剣を構えて、魔力を剣に注ぐ。触れる物を全て破壊する大剣に。

 切先の先にいるロゼの姿は、何とも美しかった。まるで白い羽が生えたようなドレス姿が目に焼き付く。


 そして、ロゼの顔に、まるで死を覚悟したかのように、微かな笑みが浮かんだ。

 

 同時に剣が振り下ろされる。

 光線の如き斬撃が押し寄せる。空気を切り裂き、轟音を響かせ、城を振動させながらそれは迫ってくる。


 それを見ても、ゾディアックは剣を握ったままだった。


『ゾディアック。何をしている。早く』

「なぁ」

『集中しろ! 剣を使――』


「ごめん」


 静かに、短く、覚悟を決めた一言を発す。

 心の中から怒号が聞こえたが、もう耳を傾けない。


 ゾディアックは覚悟を決め、力強い瞳で光線を睨みつけると。


 ――剣を、床に突き刺した。


 直後、光線がゾディアックを包み込んだ。

 城中に爆音が鳴り響き、玉座の窓は全て割れ、壁にはヒビが入る。城内が大きく揺れる。

 そして白い輝きが古城から発せられ、城の外にも音が轟き、衝撃波が飛んでいく。周囲の木々を揺らし、地面が振動する。

 

 数秒後、それらが消え失せ、無音の世界が広がった。


 生き残ったのは――


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