第6話「上級」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
木々の奥、洞窟のような所から、何かがぬっと出てくる。
岩石がそのまま人型になったような見た目をしており、関節部分から砂が流れ落ちている。二足歩行で鈍重な動きをする灰色の巨人が現れた。ゾディアック2人分の大きさはあるだろう。
遠目からだと一般的な土人形のようである。だが、ゾディアックはその両腕を見て眉根を寄せる。
両腕が赤い。
「なんだ、ゴーレムか。驚かせやがって!!」
シーフがニヤッと笑い突出する。黒魔道士も安心したように呪文を唱え始める。
「待て! 行くな!!」
ゾディアックが声を上げるが、シーフは聞く耳を持たずゴーレムに向かっていく。そして二刀を掲げてゴーレムの頭に叩きつける。刃は頭部にめり込み、ゴーレムの苦しみもがく野太い声が周囲に鳴り響く。
「へ、どうよ!」
シーフは距離を置かずにもう一度攻撃を仕掛けようとした。その時だった。
ゴーレムの腕が光が爆発を起こし、周囲に衝撃波をもたらした。
「ぐっ!!?」
体が吹き飛び、木に叩きつけられる。黒魔道士の悲痛な声が響く。なんとか立ち上がろうと体を起こすが、目の前にゴーレムの巨大な拳が迫る。
――やべぇ。死んだ。
シーフは体を丸め両目を閉じ、衝撃に備える。
直後轟音が鳴り響き、歯を噛んで恐怖を殺す。
……しかし、いくら待っていても痛みはこなかった。
「あれ?」
目を開くと大きな黒い背中が映る。漆黒の鎧を身に纏ったゾディアックが、剣で拳を受け止めていた。
ゾディアックは息を吸い拳を弾くと、シーフを小脇に抱えて敵との距離を取る。
パーティが集まる。シーフを地面に置くと、黒魔道士が膝をついて顔を覗き込む。
「大丈夫!!? 怪我は!?」
「ちょ、ちょっと呼吸し辛いかも」
「治します!」
ゾディアックは剣に魔力を込める。大剣が紫に発行する。
仲間達が少し興奮している。ゾディアックは頭の中で必死に文章を作り、口から絞り出す。
「……突出しないで。あれはただのゴーレムじゃない。爆弾土兵だ」
「ぶらす、たむ?」
黒魔道士が立ち上がりながら聞く。
「簡単に言えば、その、上級の魔物だ。……普通のゴーレムよりも装甲が堅くて、外部からの攻撃に反応すると、赤く光ってるあの刺青っていうか魔法陣っていうか……両腕が爆発魔法をカウンターで放つ。そこから俊敏な動きで敵を叩き潰すのが、あれの戦法だ」
「じゃ、じゃあ魔法で遠距離から」
ゾディアックは頭を振る。
「確かに……奴は魔法に弱い。けど君は、上級魔法が使えないだろ」
黒魔道士は口元を真一文字に結ぶ。
「火炎弾や雷撃弾のような下級魔法じゃ、ダメージが通らない。いたずらに奴を刺激して、爆発させるだけだ」
「じゃ、じゃあ、どうすれば!」
敵から目線を切らず、ゾディアックは声を出し続ける。
「俺が敵を引きつける。……シーフ。剣がミスリルだったはず」
シーフが剣を握り締め、コクリと頷く。
「一刀で、それを奴の胸元に突き立てるんだ。白はシーフに防護壁。黒は突き刺さった剣を魔法で攻撃。雷撃弾で大丈夫……多分、いや、きっと」
「ま、マジっすか」
「分かりました!」
「魔法は効かないんじゃ……」
「ミスリルは魔法の伝達力が強いから。ダメージが入ると思う。上手くいけば、内側から装甲を破壊出来る」
そこまで言って、ゾディアックは息を吐き出す。長く喋り続けたため非常に緊張したのだ。
作戦自体は伝わったが、3人が意気消沈している空気が伝わってくる。上級という言葉に二の足を踏んでしまっているのだろう。
頑張れ、と口から出そうになり、ゾディアックはそれを止める。
頑張っているのは、当たり前だ。ここはそんな言葉を投げるんじゃない。
ゾディアックは必至に言葉を絞り出す。
「……俺が倒すか? それでも構わない」
誰も言葉を発しない。ゴーレムが巨体を揺らし、迫ってくる。
「前に進まないで、”冒険者”を名乗るな。逃げても世界は広がらない……!」
師匠の言葉を、そのまま流用する。
ゾディアックの言葉を聞いた3人は、顔を見合わせて頷き合う。
そして、各々武器を構えて臨戦態勢を取る。全員、腕が震えているのが分かる。
「俺の後ろに。シーフ、ついて来て」
「は、はい!」
「爆発も攻撃も俺が全部受ける。何があっても慌てないで」
ゾディアックが剣を力強く握ると、黒い靄が周囲に漂う。
それを見たゴーレムが叫び声を上げて、こちらに向かってくる。
「何があっても、必ず守るから」
心の底から、声を出した。
同時にゾディアックは駆け出す。シーフは歯を噛み締め後ろについていく。
間合いが詰まり、ゴーレムが腕を振り下ろす。大剣を振り上げそれを弾く。爆発が起き、辺りに煙が沸き起こる。だが、誰もダメージは食らっていない。ゾディアックは次いで剣を横薙ぎに振る。爆風から出てきた紫色の大剣にゴーレムは反応出来ず、巨体に刃がめり込む。
重低音が鳴り響くと同時に、ゴーレムの巨体が浮く。胸元に亀裂が入り、敵が完全に無防備になる。
「俺を踏み台にしろ! 行くんだ!!」
指示を飛ばすと、シーフが声を上げながらゾディアックの肩に足を乗せ、跳躍する。剣を逆手持ちにし、ゴーレムの胸元に剣を突き立てた。装甲に突き刺さったのを確認し、シーフは飛び退く。
直後、紫電の雷が剣に叩き込まれる。雷の音が鳴り響き、周囲を明るく照らす。
亀裂が大きくなっていき、ゴーレムが苦しむような声を上げる。そして、装甲が崩れた。剣が吹き飛び、周囲に硬い土が崩れる音が響き渡る。
それと同時に雷撃弾も消えてしまう。
ゴーレムが勝機と言わんばかりに、周囲に爆発を巻き起こそうと腕を赤く光らせた。
だが、そうはさせない。ゾディアックの大剣がすくい上げるように動き、ゴーレムの右腕を斬り飛ばし、返す刀で左腕を斬り落とした。
「シーフ!! 決めろ!!」
「あぁあああああ!!!」
剣を拾い、二刀になったシーフがゴーレムの体に剣を突き刺す。それだけで終わらず、剣を縦横無尽に振るい、ゴーレムにダメージを与えていく。
攻守の術を失っているゴーレムは切り刻まれるだけだった。やがてその巨体が、巨大な音と共に仰向けに倒れ込んだ。
最後の叫びと言わんばかりにゴーレムが声を出すと、体が崩れていく。
両膝をつき、必死に呼吸を繰り返すシーフの隣にゾディアックは跪く。
「お見事……よくやった」
賞賛の言葉を送ると、シーフは嬉しそうに笑みを浮かべ、親指を天に立てた。




