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第54話『……馬鹿だよ、俺。大馬鹿野郎』

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 雨は、上がっていた。


 城の外に行くと、冒険者の集団がいた。

 全部で8人、全員男だ。どうやらパーティらしい。

 全員顔も体格も若い。だが、駆け出しというわけではない。

 意地汚さすら感じる下品な、ニヤニヤとした笑みと、ランクに見合わない高価な装備を身につけている。


 それは冒険者達の間では、報酬を横取りしようとするパーティとして有名な、別名”ハイエナ”と呼ばれる連中であった。

 そのハイエナのひとりが、ゾディアックの前に立ち塞がる。


「よぉ、騎士さん。噂の魔物は討伐できたのかい?」


 顔に大きな傷がある、金髪の青年が軽い口調で話しかけてくる。小さな目の下に大きな隈を蓄えている。鼻が潰れており顔が四角い。

 ゾディアックは何も答えず、その顔を睨みつける。


「おぉ怖ぇ。俺らはあんたを助けに来たんだぜ?」


 声色は柔らかいが、目線はジッとインプを見つめている。


「そいつが魔物か? よっしゃ。疲れただろ? 俺らが報告するからよ、あんたは休んでてくれや」


 周りの連中が(あざけ)るような笑みを浮かべて同調する。

 魔物の死体を見せ、討伐報酬を総取りするつもりだろう。

 

 渡す前に少しごねて、時間を稼ごうかと悩んでリうと、ハイエナのひとりが城の中に入ろうとする。


「おい。何処に行く」


 ゾディアックが口を開くと、小柄な茶髪の男は肩を上げて驚く。大きく見開いた目は一瞬で細くなり、ゾディアックを睨みつける。


「城の中探索するに決まってんだろ。こんな大きな城だ。絶対中に何かあるぜ」

「何も無い。この魔物を渡すから、さっさと失せろ」


 男達は顔を見合わせ、リーダー格であろう、最初に話しかけてきた金髪の男が声を低くする。


「おい、騎士さんよ。まさかお前、宝全部くすねた訳じゃねぇだろうな!?」

「ふざけんなよ。冒険者達は助け合いだろうが」

「そうだ! 持ってるならさっさと出しやがれ!!」


 ゾディアックは頭を振る。


「持ってない」

「嘘吐けよてめぇ!!」

「たけぇランクだからって調子乗ってると容赦しねぇぞコラ」


 このままではロゼ達が逃げる前に城に入ってしまう。

 何とか自分に意識を向け、ロゼ達を逃がさなければ。


 そう思うと鼻で笑って、ゾディアックはインプをその場に降ろすと、背負った剣の柄に手をかける。

 男達は驚きの小さな溜息を吐いて身構える。


「な、なんだ、やろうってのか!?」

「上等だ! やってやらぁ!」


 憤る声を無視し、剣を抜くと、切先を地面に突き刺す。


「俺はJランクだ。だから、冒険者相手に暴力は振るえない。万が一傷つけたら永久追放だ」


 男達は沈黙する。


「……本当に何も無いんだ。このインプを持っていい。そして、俺のことを調べてもいい。抵抗はしない。その代わり……絶対に城へは入るな」


 抵抗しない。自分を調べていい。

 それはハイエナ達にとって、「どうぞ身包み剥いで下さい」と言っているようなものであった。

 ゾディアックがそう言うと、顔を見合わせる。

 そして、下種の笑みを浮かべる。


「……今更取り消せねぇぞ。全部奪い取ってやらぁ」

「……やれるもんなら、やってみろ」


 ゾディアックは兜の下で余裕の笑みを浮かべて、無抵抗を示す。

 次の瞬間、金髪の男が振ったモーニングスターが、ゾディアックの兜に叩きつけられた。


「ぶっ殺せ!! バラバラにすりゃあバレねぇからよ!」

「何がJランクだ! 俺らのこと影で笑ってんだろ! 孤高気取りが!!」

「おい! 次俺に殴らせろ!」

「俺高ランク嫌いなんだよ! 顔蹴っ飛ばしてやる!!」


 視界がぐらつき、暴言を浴びながらゾディアックはほくそ笑む。先程の一撃で、防具を壊される心配も、奪われる心配もないことを確信したからだ。

 後は適当に無抵抗のまま殴られて、敵が疲弊した所で金を出して引き下がって貰おう。


 そう思うと、亀になり防御に徹する。

 無抵抗のゾディアックに、剣や斧、棍棒といった対魔物用の武器が容赦なく叩きつけられる。

 殺意の籠った刃が容赦なく防具を傷つけていく。いくらゾディアックと言えどその衝撃に耐え続けることは難しく、片膝をついてしまう。


「クソ! かてぇなこいつ!!」

「どうせ何も出来ねぇんだ! やっちまえ!」

「こ、殺すのはマズいんじゃ……」

「馬鹿! 腕の一本くらい取る覚悟でやれ!!」


 その覚悟は立派だが、口だけで実力が伴っていない。

 だが、衝撃は伝わり続ける。死ぬことはないだろうが、ここまで一方的に殴られ蹴られ罵詈雑言の嵐を浴びるのは、身体的にも精神的に苦痛であった。


 それでも倒れない。気を失うわけにはいかない。何としてでも時間を稼ぐ。

 ゾディアックはロゼのことを思いながら苦痛に耐えた。

 何度も心の中で謝罪しながら耐え続けた。


 好きな人にあんなことをして、酷いことを言った。これはその償いなのだ。

 ロゼは逃げることが出来ただろうか?


『……馬鹿だよ、俺。大馬鹿野郎』

「……悪いなぁ」

『……いいさ。構わない』


 自分の中にいるもう一人に謝罪しながら、ゾディアックはただひたすら耐え続け、雑音が止むのを待った。

 

♢◆♢◆♢◆


 魔力が戻ったロゼは窓から脱出し、急いで城門へと向かった。

 そして、空からゾディアックの様子を眺めていた。


 ゾディアックは無抵抗のまま、凶悪な見た目をした武器に殴られ、時に蹴られ、必死に攻撃に耐えていた。

 その光景は、まるで拷問の様である。ゾディアックに攻撃をしている男達は笑い声と怒りの声をあげている。


 本来、あそこには自分がいるべきなのだ。なのに、同じ冒険者にゾディアックが甚振れている。


 やめろ、やめてくれ。


 自分のせいでボロボロになっていくゾディアックを見て、ロゼは胸が締め付けられる思いだった。


 私の大切な人に、なんてことをするんだ。


「……ゾディアック」

「お嬢様、行きましょう」


 飛び込んで助けようとするロゼの腕をジャックは掴む。


「けど」

「ゾディアック様の思いを無視するおつもりですか」


 ロゼは泣きそうな顔になり、下唇を噛み締めると視線を切った。

 ゴミのような人間共の笑い声と、金属がぶつかり合う甲高い音が背後から聞こえてくる。

 その音から逃げるように、ロゼとジャックは飛び去っていった。


 やがて、音が聞こえなくなると、空中で止まる。そして。


「ゾディアック……」


 音のない空の中で小さく、愛しい人の名を呟いた。

 切られようと、傷つくような言葉を浴びても、ロゼはゾディアックへの思いを断ち切れずにいた。


 先程の光景がフラッシュバックする。強く、優しいゾディアックが、ただただ荒くれ者達に殴られていた。


 自分のせいで、殺されるかもしれない攻撃を受けていた。

 そう思うと、頬に熱い物が伝うのを感じ、ロゼは瞼を強く瞑った。

 ジャックはそんなロゼの姿を、何も言わず見つめ続ける。


 曇天は晴れず、薄暗い雲がロゼを包み込むかのように緩やかに動き続けていた。


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