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第50話「見つけたぞ」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 暑さも寒さも感じない。

 地面は湿っているのだろうが、それすら分からない。降り注ぐ雨がこちらを濡らしているのは分かるが、それを鬱陶しいとも思わないし、冷たいとも生暖かいとも思わない。


 何故感じないか。理由はひとつ。彼らは”骨”だからだ。


 いつもはロゼの城を守るスケルトンの軍団は、城を出て湿地を行軍していた。飢えや渇きという体調不良が発生しない体のため、移動速度は一定の間隔で、それでいて速い。

 武器や鎧を装備しているにも関わらず、行軍に何も支障が出ない。

 軍隊のように統率された動きで、泥を跳ね上げ進み続けていた。


「なぁ、これでいいのか?」


 青い盾を持ったスケルトンが、仲のいい隣にいる赤い柄の槍を持つスケルトンに声をかける。スケルトンは骨の太さや骨格、魔力を利用して発せられている声の違いでしか判断が出来ない。

 つまり、同じ体格同士が並んでいると見分けがつかない。

 だからこうして、それぞれが自分のシンボルを持ち、特徴を持っている。言うなれば装備が顔だ。


 赤い槍のスケルトンが頬をコリコリと掻く。皮膚も何もないつるっつるの”しゃれこうべ”であるため、なんともシュールな絵面だ。


「まぁいいんじゃないか。ロゼ様の命令だし。俺達は主の命令に従うだけだ」


 青盾の骸骨がムッとする。骸骨なので表情という物は存在しないし、しゃれこうべに変化はない。


「馬鹿みたいに命令を聞くだけじゃ駄目だと思うな、俺は」

「じゃあ城に帰れば?」

「……そういうわけにもいかねぇど……あの命令はおかしいだろ」


 城を出る前に伝令を聞かされた青盾は、その作戦内容に疑問を持っていた。

 何故ならそれは、一歩間違えれば帰る場所を失うかもしれない、危険な作戦だったからだ。


♢◆♢◆♢◆


 雨が強くなっている。

 暗黒騎士との会合後、先に逃げ出したジャックは豪雨の中を飛び、城に逃げようとしていた。

 が、しばらく経ってから急転回して、ロゼの匂いが漂う場所を探る。


 それはすぐに見つけ出した。雨に流されてなくてよかったと思う反面、油断は出来なかった。血の臭いが濃い。ロゼが大怪我を負っている可能性が高かった。

 そして、周りの木よりも歳を取っていることを思わせる大樹の影に、蹲っているロゼを見つける。


「お嬢様!!」


 駆け寄ると、ロゼは血塗れの顔をジャックに向けた。案の定、ロゼは痛めつけられていた。一方的にやられでもしなければ、実力者であるロゼが、これほどの傷を負うことはないだろう。


 ジャックは悔しさを醸し出した表情でハンカチを取り出すと、ロゼの顔を拭く。


「大丈夫ですか」

「意外と、傷は深くない。気にするな」


 そうは言っているものの、明らかに疲弊していた。

 だがそれを物ともせず、震える足で立ち上がると、ロゼが力強い目をジャックに向ける。背を木に預け、荒い呼吸を繰り返しながら口元が戦慄く。


「さぁ……作戦は順調だ。ちょっとイレギュラーが発生したが、逆に好都合だ」

「……よろしいので? お体が優れないようですが」

「ああ。私も今回ばかりは強がりを言わん。だからジャック、お前に任せたいことがある」

「なんなりと」


 頭を少し下げて命令を待つ。少し戸惑う様子をロゼは見せる。雨が金色の髪を濡らし、流れていく。少し赤が入る髪が、逆に美しさを引き立てていた。

 視線を地面に一度逸らしたロゼだったが、すぐに向き直り声を出す。


「暗黒騎士、ゾディアックを城まで持ってきてくれ」

「……正気でございますか? あの騎士を?」

「ああ。私もあいつも、まだ狂ってはいない。謎の魔物を仕留めるためには、どうしても冒険者の協力が必要だ。だが私に冒険者の知り合いは、あいつしかいない」


 ジャックは顔を上げて、真剣な眼差しを向ける。それに対し、ロゼは力強い視線と言葉を返す。


「私の信じた男は、きっと私を助けてくれるさ」


 心の底から、信じているのだろう。ロゼの瞳は濁りひとつなく澄んでいる。爛々と輝く美しい瞳だった。

 主がここまで言うのであれば、信じてみよう。ジャックは頷くと、降りしきる雨の中、ゾディアックがいるであろうデスタンの村へと向かった。


♢◆♢◆♢◆


 ジャックと分かれたロゼは、傷ついた体を引きずってなんとか城に辿り着く。途中で冒険者に合わなかったのは幸運だった。

 城内に入ると、警備をしていた数少ないインプ達が寄る。


「ロゼ様! 酷い怪我……!」

「しっかりしてください、ロゼ様!」


 駆け寄ってくる数多くの心配の言葉と視線に対し、ロゼは片手を上げて自分の体調をアピールする。


「平気だ。なんともない」


 言葉に対し、声は弱々しかった。インプ達はそれ以上何も言わず、道を譲る。

 ロゼは痛みを堪え、足を引きずりながら階段を上り、玉座の間へと辿り着く。

 広い空間にポツンと置かれた椅子。かなりの大人数が入れる空間に、ロゼの足音が響く。

 椅子に深く座り、大きく息を吐くと。


「ロゼさまっ!」


 小さなインプが扉を開け、駆け寄る。今にも泣きだしそうな顔をしている。


「おお、君か。……すまないな。こんな格好で」

「ううん! ろ、ロゼさまをいじめる奴、ゆるせない! 私がたおしてきます!」


 自分の胸の前で拳を握り、やる気を出す少女にロゼは微笑む。


「いや、君はここにいてくれ。ここの守りを、というより、私を守ってくれるのは、君の役目だろう。伝令を聞いているはずだ」


 そう言うと幼いインプは嬉しさ半分、疑惑半分といった複雑な視線を向ける。

 何故自分が抜粋されたのか、気になっているのだろう。ロゼがそれを察すると口を開く。


「君とはおかしな(えにし)がある。幼いながらもあの騎士を見つけたり、今しがた私が留守の間、しっかりとここを守ってくれたんだろう?」

「は、はい! 冒険者をビックリさせたよ!」

「素晴らしい。幼いが、君は勇気がある。私は君が気に入ったんだ。可愛らしいから見ていて飽きないしね」

「わ、私、かわいい!?」

「ああ。もう立派なレディだ」


 小さなインプは飛び跳ねて喜ぶ。何よりも尊敬しているロゼに認められたのが一番嬉しいのだろう。

 その光景に心を和ませていると、体の痛みが少しずつ無くなっていく感じがした。だが油断はできない。少しでも体力を回復させておかなければ、この後の戦いに支障が出る。


「すまない、私は寝る。何かあったら、起こしてくれ」

「は、はい! おやすみなさい、ロゼさま! ぎょ、玉座の守りはお任せください!」

「……頼んだぞ」


 ロゼはそう言って、目を閉じた。


♢◆♢◆♢◆


 装備を整え宿屋の階段を駆け下りると、酒を飲んでいた黒魔道士が目に入る。


「あれ? 何だよ騎士さん。また行く気かぁ? 元気だねぇ」


 どうやら酔っているらしく、顔が少し赤らんでいる。ヘラヘラした様子の魔道士を無視し、村の外に出て馬を探す。幸い近くの小屋に繋がれていたため、魔力酔いしにくい馬を目で見つける。


 すると鞍と(あぶみ)を付けた白馬が目に入った。澄んだその瞳は真っ直ぐにゾディアックを見つめている。まるで「私を使え」と言っているようであった。

 ゾディアックは白馬を繋いでいた縄を解き、それに跨り手綱を握る。


 その時、小屋の中から血相を変えた男が慌ただしい様子で出てきた。


「ちょっと待てあんた!! それは人の……」

「急用だ。少し借りる。金は後で払う。必ず無事に返す!!」


 冷たくそう言い放ち、馬を方向転換させ走らせる。荒々しい鼻息をするものの、大人しい馬だった。

 ゾディアックが操作する必要もなく、まるで目的地が分かっているかのように動き始める。駆け出すと一気に加速し、風と雨が流れていく。泥を跳ね上げる(ひづめ)の音がリズミカルで心地よい。


「頼むぞ。城まで行ってくれ」


 小さく呟いたその言葉に反応したのか、馬の速度が増す。

 足に関しては問題ない。ゾディアックは目を正面に向けたまま、後方に声を出す。


「ジャック! いるのか!」

「ええ、後ろにおります! どうかこのまま足を止めず、進んでくださいませ。恐らくロゼ様は戦闘に入られるかと」


 ゾディアックは舌打ちした。謎の魔物は恐らく強い。負傷したままのロゼでは苦戦するかもしれない。傷つけた張本人であるゾディアックは歯嚙みし、力強く手綱を握る。


「待ってろ」


 焦る気持ちに答えようと、馬の速度が上がっていった。


♢◆♢◆♢◆


 瞬く間に点になっていく騎士を見て、馬の管理をしていた男性は後頭部を掻く。あの馬は人の物であり、貸出しているものではない。

 男性が恐る恐るといった様子で、家の中に入ると、紅茶を嗜むテイマーの女性が、涼し気に本を読んでいる。先程の騒ぎに気づいているはずなのに、特に慌てている様子はない。


「すいません、お客さん。あんたの馬が」

「ああ、いや。いいんだ。あれでいいから気にしないでくれ」


 男性が怪訝な表情を浮かべると、テイマーが微笑む。


「あの騎士の為に、用意した馬なのだから」


 そう言って、紅茶が入るカップの取っ手を握った。


♢◆♢◆♢◆


 目を閉じて回復に専念する。攻撃を凌いでいたため、大量に魔力を消費していた。それを補うために、心身に茨のように絡みついていた緊張を解く。

 雨の音がよく聞こえる。窓が開いているのだ。先程まで聞こえていた雷の音は聞こえない。恐らくこの後雨が上がるのだろう。


 深く、ゆっくりと呼吸をする。精神を研ぎ澄ます。

 そして、自分に近付いてくる何かを察知する。


 ロゼは動かず、指一本動かさず、相手が仕掛けてくるのを待つ。


 そして、僅かな空気の振動を感じ取ると、右手を広げて腕を上げた。同時に何かが当たったため、掴み取る。感触からそれは腕だと理解する。細い枯れ木のような腕だが、力と魔力が大量に込められている。


 薄っすらと瞳を開くと、鋭いが、少し荒削りな爪の尖端が見える。鈍色に光るそれは、明らかにロゼを貫こうとしていた。まさに敵意そのものだった。

 それを見て、口角を上げる。


「見つけたぞ。お前が、謎の魔物か」


 開いた瞳に、感情を無にし、爪を突き立てようとしている――


 ――幼いインプの姿が映った。


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