第5話「フォーマンセル」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
待ち合わせ場所の森の中に入る。鬱蒼とした森林内を進んでいくと、ぽっかり空いた穴のような広場に、3人の冒険者達がいた。
シーフ、黒魔道士、白魔道士。
全員が全員、ゾディアックを見て目を丸くしている。
「……よろしく、お願いします」
そう言うと、3人は勢いよく離れ円陣を組む。
予想していた反応だが、寂しい。
「何であの有名な黒騎士来てんだ?! いや、嬉しいけどさ」
茶色に染め、"ツンツン"頭をした、若い男のシーフが声を荒げる。軽装であり、腰についたアクセサリーがチャラチャラと音を鳴らす。
「知らないわよ! タンクで来てくれたらしいけど……なんでこんな雑魚クエストに。あの人”Jランク”よ!」
金髪のツインテールを靡かせながら、黒魔道士はゾディアックにチラチラと視線を送る。黒いローブと短い杖がいかにも魔女らしい。
「Sが3つ並んだランクの上よ!? ギルバニアに行くべきでしょ、普通!」
「うぅ……怖いよぉ。私今日初めてのクエストなのにぃ」
栗色の髪をした白魔道士は、半泣きで杖を握り締める。白いローブを羽織り、フードを深くかぶってゾディアックに視線を合わせないようにする。
そこまで拒否の反応を示さなくてもいいだろうと思うが、いたずらに刺激しない方がいいだろうと思ったゾディアックは、やっぱりソロにするかと考える。
その時、木々が揺れる音がした。
「……3人共」
「は、はい! すいません! 殴らないで」
シーフが声を上げると、ゾディアックは剣を構える。
「来るぞ」
木々が揺れ動く。
3人の目つきが変わり、ゾディアックの近くに寄る。
ゾディアックと、ミスリルで出来た二刀の曲剣を構えたシーフが前に立ち、魔道士達は後ろで呪文を唱え始める。
直後、木の隙間から丸い緑色の物体が姿を見せる。スライムだ。体液を撒き散らしながらこちらに迫ってくる。
「敵視を稼ぐ。……代わりに敵を倒してくれ」
「マジっすか!?」
「ああ」
その言葉を皮切りに、四方八方から大量のスライムが、木々の隙間から飛び出してくる。
ゾディアックは剣に魔力を込め地面に切先を埋める。同時に、4人を囲むように無数の赤黒い刃が浮かび上がる。
「これって、呪術刃!?」
黒魔道士が驚きの声を上げる。
「自動で敵を攻撃する。威力は抑えてある」
「どうして!?」
黒魔道士の疑問に対し、ゾディアックは口ごもりながらも答える。
「君達が倒さなければ、経験にならない」
それだけ言ってゾディアックは駆け出し、ポケットから閃光塗料が入った瓶を掲げて砕く。モンスターを刺激する発光塗料がゾディアックの鎧にかかり、知性の低いスライム達が一斉にゾディアックに襲い掛かる。
「行くぞ、みんな!」
シーフが声を上げ駆け出す。
「わかってるわよ!!」
「か、回復は任せてください!」
スライム達からの攻撃を捌きながら、ゾディアックの目は仲間達に向けられる。
シーフは華麗な剣捌きで敵を切り刻んでいる。なるべく小さい敵を倒し、後衛に敵がいかないように立ち回っている。状況を見る目はある。
黒魔道士は雷撃弾で範囲攻撃を行っている。それも、仲間に当たらないように。年は15くらいだろうか。あの年でここまで操れるのは立派だ。
白魔道士はおどおどしているが、目立たない場所に立ち、回復と補助の魔法を唱えながらアイテムを使って援護している。呪文を唱えながら別の行動が出来るとは、余程の集中力と魔力だ。
全員若いが、全員優秀だ。ゾディアックは大剣を振り、大量のスライムを弾き飛ばす。
「……刃、出す必要なかったな」
小さく呟いた言葉は誰にも聞こえてはいない。全員必死に戦っている。
自分にも、こんな熱い時があった。
ゾディアックの脳裏に浮かんでくるのはかつての仲間達と、ロゼの笑顔だった。
――それから10分もせずに、スライムの数が著しく減り始めた。
「ぜぇぜぇ、よぉし! もう少し!」
「はぁはぁ、ば、バテバテじゃない! なっさけないわね!」
「だ、大丈夫ですか、2人とも」
肩で息をし、疲れた様子を見せる3人を尻目に、ゾディアックは近くにいたスライムを剣で吹き飛ばす。まるで草刈りをしているかのような動作だけで、スライムが粉微塵になる。
「軽く倒して行くんすねぇ」
シーフが呼吸を整えながらそう聞く。
「全力を出す相手でもない。だから、君達にほとんど任せる……」
「あ、ラムネスライム」
白魔道士がそう呟く。木々の隙間から青い見た目のスライムが出てきた。シーフと黒魔道士は慌てる。
「レアモンスターだ! 早く倒さないと逃げち……」
「しまった! 魔法が撃てな……」
「オウルァアアアアアアア!!!」
ゾディアックの、竜の翼を斬り飛ばす威力を秘める渾身の一振りが、ラムネスライムに叩きつけられる。
スライムは木端微塵になり、霧散した。
同時に衝撃波で周囲にいたスライムが消し炭になり、大量の草木が吹き飛んだ。
「え、えぇえええ……?」
「レアモンスターだからな。ラムネスライムは俺に任せて。全力でぶっ潰す」
「さっき全力出さないって言ってたじゃないっすか!」
「あいつだけは全力でぶっ潰す」
「全力出してたら森が焼け野原になっちゃうわよ……」
「セーブして下さい!」
「ていうかオウルァって……」
それから数回ラムネスライムを全力で叩き潰しながら、残りのスライムを倒していった。
周囲に敵の気配が無くなると、3人がへたり込む。
「はぁ、疲れたぁ」
「ちょっと魔力の調整ミスが多かったわ……」
「はぁ。よかった。何事もなくて」
「……」
ゾディアックは3人から視線をはずし、素材を回収する。こういう雑用をやるのはベテランである自分の仕事だ。均等に全員に配れるよう計算しながら回収をし続ける。
「あの、手伝います!」
白魔道士が声をかけ、素材集めを手伝う。
「休んでて、いいよ?」
「いえ! 私、今日あまり活躍してませんから。回復するタイミングなかったですし……」
「……すまない。痛がるフリでもすればよかったかもしれない」
白魔道士は目を見開き、数回瞬きすると、噴き出す。
「す、すみません。暗黒騎士さんって、意外と話しやすい方なんですね」
「……そう、か、な」
ゾディアックは困惑した。そんなことを言われたのは、ロゼ以来だ。
「素材集めっすか! 手伝いますよ、黒騎士さん!」
「こういうのもベテランがやるのね。ちょっと見直したわ」
シーフと黒魔道士も加わる。ゾディアックはなんとも言えない心地良さを感じていた。和やかな空気が漂う。
その時だった。突然の殺気を感じ、ゾディアックが武器を手に取る。
やや遅れて黒魔道士が、次いでシーフと白魔道士が立ち上がり武器を構える。
「何? スライムじゃない!?」
黒魔道士が上擦った声を出す。ゾディアックは殺気のする方向へ目を向ける。
スライムではない。この殺気を感じたことがある。
これは、"上級"の気配だ。




