第47話「……嘘だろ」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
城に向かおうとする冒険者達が外に集まり始めた。
各々緊迫した面持ちであり、ざわつきを見せている。パーティで集まり準備を終えたところから、馬に跨り村を出ていく。
「馬が足りねぇよあれ」
宿屋の待合室にいる冒険者が、窓の外を見ながらそう呟く。野太い声をした背の高い男性は、装備からして黒魔道士であることが分かる。
「50人近くはいるなぁ。本気で城ぶっ潰すつもりか」
黒魔道士はそう言って隣にいる女性の獣使い(テイマー)を見る。ウェーブがかかった甘栗色の髪が朝日に照らされている。
「潰すのは結構だが、あれらは愚か者だ」
本を読みながら、窓の外にいる冒険者達に厳しい言葉を投げる。
「怒りのせいで周りが見えていない。相手は余程危険な相手だということが理解出来ていないのだろうか」
「まぁ、仲間殺されればなぁ。お前だって飼い犬殺されたら怒るだろ?」
本を閉じ、渋面で見つめてくる黒魔道士を睨む。
「その通りだが、訂正しろ。飼い犬ではなく、彼は誇り高き狼で、私の守護神だ」
「はいはい。分かった分かった」
適当に返事をし、再び窓に目を向けると、馬が全て無くなり右往左往している冒険者達が瞳に映った。
その2人の横を、漆黒の鎧を身に纏った暗黒騎士、ゾディアックが通る。
「あんたも城に行く口かい?」
黙って行こうとしている大きな背中に声がかけられる。ゾディアックは立ち止まり、首から上だけを黒魔道士に向ける。
「言っておくが、もう馬はねぇぞ。出るのが遅かったな。寝坊かい?」
「……」
「つうかあんた盾役だろ。パーティ困ってるぜ」
「……そうかもな」
そう言って視線を外し、ゾディアックは出口へと歩いて行く。
「頑張れよー、寝坊騎士!」
背中に微妙な応援を受けながら部屋を出ると、外に集まっていた冒険者達全員が、村から出ていくのが見えた。
恐らくロゼなら大丈夫だろう。ここにいた冒険者では束になっても歯が立たないのは明白だ。城の主である吸血鬼の強さは、骨身に染みているため、このような評価が出せる。
遠くにいるロゼの武運を祈りながら、冒険者達の後を追う。
向かう先は城ではない。謎の魔物が暴れていたとされる、冒険者の殺害現場である。
♢◆♢◆♢◆
エントランスに集まった魔物達は、やる気に満ち溢れている。
久しぶりに本気の戦いが出来ると思っているのだろう。やはり性根は魔物。戦争の恨みも相まって、人間との戦いには迷いがないことが窺える。
だが、その中で。魔物達の主であるロゼだけは乗り気ではなかった。
謎の魔物について一刻も早く調べたいという気持ちが強いため、集中出来ずにいた。幸い殺された仲間の死体もあれば、どこで殺害されたのも把握している。そのため、検証を行おうと思えばすぐに行える。
検証から犯人の目星がつけば、あとは捕らえるか討伐するだけ。それを冒険者達に突き出せば平和が訪れる。
十中八九ゾディアックは来るだろうから、戦えはする。だが、それは望んでいる戦いではない。
本気で、一対一で、何の憂いもなく殺し合いたい。
だからこそ件の魔物を討伐すればいい。だが、人間達は激昂していることだろう。ジャックから話を聞いているため、何故怒っているのかは分かる。今更証明しても遅いのかもしれない。
「どうしたもんかな」
「逃げる手筈は既に整っておりますが」
「……お前ならどうする?」
腕を組んで、隣に立つジャックに意見を促す。
「私が打って出ましょう」
自信満々にジャックは言う。
「本気か?」
「これでも吸血鬼の端くれ。冒険者如きに遅れは取りませんとも」
「なるほどな。だが、得策じゃあない」
訝しげにロゼを見る。
「勘違いするなよ、ジャック。お前の実力を疑うわけじゃない。だが吸血鬼のお前が迎え撃つと面倒くさい連中が出てくるぞ」
「騎士団ですかな?」
「一番来そうなのがそこだ。なるべくあいつらは相手にしたくない」
頭の中に不敵な笑みを浮かべるフォールンと、氷のように凍てついた表情を浮かべるリリウムが思い浮かぶ。
「クセの強いヤツが多い」
吐き捨てるようにロゼは言った。
「であれば如何するおつもりで」
「グールを使う。大量に導入してなるべく足止めをしてもらおうか。冒険者達も、グール如きに後れは取らないと憤慨するかもしれない。その油断している所を突く。グールに武器を持たせて強襲させろ。これでもし冒険者を追っ払えたら最高だ」
ジャックは小馬鹿にするように笑い声を上げる。
「騎士団に泣きつけませんな。屍人如きに後れを取ったとしたら」
「なるべく疲弊してもらおう。そこでインプを投入する。夢魔に男連中が引っ掛かってくれれば、戦力は削れる。他はここに待機。城の守りを固めろ。私は総大将だ。ジャック。お前は親衛隊隊長とでも言っておこうか」
「お嬢様を守る為でしたらこのジャック、死力を尽くしましょうぞ」
片手を胸に押し当て、首を垂れる。白髪だらけの頭を見て、大きく頷く。
「ただ足止めをしている間に、私はやるべきことがある。謎の魔物を仕留めることが出来れば万々歳だ。ジャック。ついて来い」
「承知致しました」
そこまで言って、エントランスに集まる魔物達の前に姿を見せる。
ロゼは作戦を告げるため、大きく息を吸いこんだ。
♢◆♢◆♢◆
ゾディアックが訪れた地は、昔城下町があり、立派な城も建っていた、とされている場所だった。
だが今ではその話が嘘にしか聞こえないほど、荒れ果てた大地が広がっていた。唯一残っている、枯れ枝が巻き付いている石で出来た民家と思しき建築物が、眉唾物ではないと言っているようであった。
周りには遮蔽物も木々も無いのだが、曇天だからか薄暗い。これでは、夜になると何も見えなくなる可能性が高い。
歩いていると、鼻をつく不快な臭いが漂い始めた。死臭だ。10人以上の冒険者が被害に遭い、半分がここで死んでいたらしい。それを象徴するかのような鉄の臭いが兜を突き破ってくる。
しかめっ面になりながらも手掛かりをさがしていると、地面が抉られているのを見つける。微かな魔力を感じるが、これは冒険者が発動した可能性が高い。
更に地面をくまなく捜索していると、再び石の建築物が見えた。そして、同時にある物を発見する。
爪痕だ。吸血鬼の堅い爪による攻撃を彷彿とさせる、大きな爪痕がある。周辺が黒ずんでいるが、恐らくこれは変色した血だろう。
慎重に指先で触れる。黒ずみを人差し指で取り、親指と擦り合わせる。
おかしい、とゾディアックは思い、注意深く爪痕とその周辺を歩き回る。
やはりおかしい。兜の前部分を開き、顔を外気に晒す。一段と強く死臭が漂うが、真剣な表情で鼻をくんくんと動かす。
甘ったるいあの匂いがしない。兜を閉めたゾディアックが、周囲を警戒する。何もいないのに安心し、自分の考えを整理する。
もし吸血鬼が犯人だとしたら、吸血鬼独特の甘い匂いが爪痕や血痕からするはずである。それは吸血鬼自体の特性であり、生態のようなものだ。
殺害された現場を詳しく調査したのは初めてだったため、残り香に関しては、今頃になって気づいた。
そして、周囲から魔力を感じない。微かに残っているのは冒険者が発動したであろう魔力痕のみ。
吸血鬼の特徴として他には魔法が得意という点がある。そのためよく魔法を多用し、狩りの時、戦いの時でも、必ず魔法を使う。高度な魔法が使えることは、あの種族にとって一種のステータスなのだ。
そして爪痕は、確かに鋭く堅さを感じるが、痕が雑だ。鋸のような酷い痕。自慢の研がれた爪による攻撃は、このような無様さすら感じる痕を残さない。
以上のことから、謎の魔物が吸血鬼である可能性は下がった。だが、”血を吸われた”という点が不可解だ。
この一点だけで、吸血鬼の仕業だと思われても無理はない。他の魔族、亜人の中には、血を吸って生きる者達が確かに存在する。だがそれらは人を滅多に襲わない。それどころか危険度も低い。スライムやグール並みの評価だ。
「……荒れた吸血鬼か、それとも……吸血鬼の仕業だと見せかけたい……」
結論を出そうとしていた。その時だった。
何処からか悲鳴が上がった。女性の悲鳴だ。ゾディアックが勢いよく顔を上げると鎧が大きな音を立てる。関節部分が擦れる。耳を澄まし、言葉を待つ。
助けて、という声が確かに聞こえた。近くの森の中、声からして荒野に近い。
駆け出す。一瞬で音速と同等のスピードになったゾディアックはそのまま森の中に突っ込む。
そして息絶えるような声が微かに聞こえ、すぐ近くだと思うと、背中に背負った大剣の柄を握り、少し開けた場所に出る。
そして、目を疑った。
目の前に広がる光景は、先程まで助けを呼んでいたであろう冒険者の女性と、そのパーティだろう3人、計4人が血の海に沈んでいた。中には首から上が切断されている者もいる。
そして他には、死体を見下ろしているローブを羽織った白髪の老人と、金髪の少女、ゾディアックが今だけは一番会いたくないと願っていた、吸血鬼の女伯爵、ロゼがいた。
ゾディアックの瞳は2人の姿を映す。
「……嘘だろ」
放心したように、そう言った。
老人とロゼの両手は、血に塗れていた。死体には穴が空いており、明らかに刺されたあとだった。
老人は片膝を折ると死体を抱き起こし、鋭い歯を見せびらかす。
「やめろっ!!!」
大声を出して剣を抜くと、両者がこちらを向く。
ロゼが焦りの表情を浮かべ、ゾディアックの前に立ち塞がる。
「ゾディアック……!!」
「ロゼ、どういうことだ。その男は何だ。何をしている」
「ちょ、ちょっと落ち着けゾディアック。私達は」
「何時ぞやの暗黒騎士っ……!?」
老人が恐れた目を向けた。
立ちふさがるロゼに歯嚙みし、地団太を踏む。
「何をしているっ! 死体から血を吸うつもりか!」
「だから話を聞いて」
「必要無い」
え、とロゼが目を見開く。
ゾディアックの胸中が漆黒に満たされる。それは怒りと共に殺意が混じっていた。
「まずは男からだ。どけ、ロゼ」
「……話を聞けって言っているだろうが。どうしたんだ、お前。そんな融通の利かない男だったか?」
「……どけよ」
「……どかないって言ったら?」
両者の視線が重なる。
怒りがぶつかり合う。
「どけっ!!!」
「ジャック!! 逃げろっ!!」
ゾディアックが躊躇いもなく大剣を振り下ろす。
鋭い爪でそれを弾く。甲高い音が鳴り響き、力負けしたロゼは後方に飛んで距離を取る。
白髪の老人はその場で立ち止まっている。
「お嬢様!」
「いいから! こいつは私が相手をする!!」
迷いを見せたが、老人は踵を返し走り去る。
その後を追おうとしたゾディアックの前に、ロゼが体を滑りこませる。
「……ロゼ」
「……話、聞いてよ」
泣きそうな顔だった。その泣き顔は普通だった心に来るものがあり、話くらいは聞いてやろうと落ち着くだろう。
だが、今のゾディアックには。
その顔は、相手を油断させようとする悪魔の微笑みのように見えた。
「……信じていた。だけど、残念だ」
大剣に魔力を込める。
「お前を倒して、あの老人も倒してから話を聞く。俺はやるぞ」
「ゾディアックッ……! 違うんだ、これは……」
『……お前に、愛など似合わない』
「俺はやれる。行くぞ」
自分の声とは思えない冷たい声を出すと、ゾディアックは雄叫びを上げ、ロゼに斬りかかった。
雲の中では、雷の音が鳴り響き始めていた。




