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第43話「54歳彼女無し」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 高級層(ヘヴンフィート)、そこはギルバニア王国内で限られた身分の者しか入れない、オーディファル大陸内で一番の国に存在する、一番の身分を持つ者達が住まう街。

 王国を守る騎士団も、この高級層に住むことが出来る。入団希望者の中には「死ぬまでに高級層に住んでみたい」と願う者もいるくらいだ。

 魅力的に見えるのは結構だが、見方を変えれば麻薬のような存在であるこの街を、リリウムは少しだけ不気味に思っていた。


 住んでいると何不自由ない……いや、”完璧すぎる”。

 以前住んでいた自分の師匠が、王国を出ていく時にこう言い残した。


「優しい監獄だな、ここは」


 今なら、その言葉の意味が分かるような気がした。


「リリウム副団長!!」


♢◆♢◆♢◆


 誰かが呼んだ声がしたが、気のせいだろうか。

 椅子に座っているリリウムは、瞼を開けるのを億劫に感じ、目を開けなかった。


「リリウム副団長!!」


 気のせいではないらしい。

 欠伸を噛み殺し、目を開ける。目の前には鎧を着て、小脇に兜を抱える金髪の、まだ若い青年がいた。


「ご報告致します!! 現場検証を終え、殺し屋であるエメに対する尋問は非常に順調であります! また、依頼主である冒険者に関しては、ランク剥奪、ギルド永久追放、市民権剥奪……その他諸々の手続きを進めております! 冒険者が所持していた金は寄付金として、各部署に割り振られる予定であります!」

「ご苦労……」

「はい! 他に仕事はございますか! リリウム副団長!!」


 机に乗りかかる勢いで迫ってくる若者に対し、苦笑いしながら目を伏せる。


「カイル……うるさい」

「……あ、し、失礼いたしました」

「元気ですね。あなたは本当に」


 薄い笑い顔をカイルという金髪の青年に向ける。ライトグリーンの瞳がキラキラと光っていた。整えられた、元気な少年のようなあどけなさが残る顔立ち、しかも小顔。短く整えられた金の短髪が、蛍光雷虫から発せられる光によって眩く照らされている。


 机1つ挟んだ先にいるカイルは照れくさそうに頭の後ろを掻く。


「カイル・ローグ。報告ご苦労様でした。ゆっくり休んでください」

「はい! それでは失礼します!!」


 カイルは首を垂れ、踵を返すと部屋の外へ出ていった。それをみて、机に肘をつく。

 リリウム達がいるのは高級層に存在する騎士団本部である。どこぞの金持ちの屋敷を彷彿とさせる、5階建ての大きな建物。そこで勤務するのは全員が騎士団の者達だ。掃除や料理を行う者も、全員が騎士団に所属している。

 副団長であるリリウムの部屋は4階に存在する。一般の騎士達は入れない階だ。特別な魔法と生態認証、魔力認証を行った上で、あるテストを毎回合格しなければ、この階に到達することは出来ない。


 任務報告が重要とはいえ、毎回ご苦労なことだなと関心する。今度は1階で報告を受け取ってから部屋に戻ろうかと悩んでいると、扉がノックされる。

 ノックの音、重み、3回という回数にノックを行う間隔から、ある人物が浮かび上がる。


「フォールン。開いてますよ」

「おお。また当てられたな」


 鎧ではなく、黒いフロックコートを着た騎士団団長であるフォールンが姿を見せる。長い黒髪を後ろでひとつに縛っていた。

 手を見ると、ワインとグラスを持っていた。


「業務時間中です。お酒は控えていただければと」

「堅いことを言うなリリウム」


 中に入ると足で扉を閉める。


「足で閉めるな」

「お前はいちいち細かいな。もっとおおらかに出迎えてくれたまえ。気のいい上司が、一緒にお酒を飲もうと誘っているだけだろう」


 眉間に皺が寄る。


「あいにくひとり酒が専門で、他人と飲むのは嫌いなんです。あなたとは死んでも嫌です。好みじゃないですし、なんですか、その髪。さっさと切った方がいいと思います」

「……手厳しいな。うちの”お姫様”は」


 フォールンが机にグラスを置いて、一方をリリウムに差し出す。溜息を吐いて、グラスを無視するように、今日の報告書を手に取る。

 唇を歪め、自分の前にあるグラスだけに赤ワインを注いだフォールンは、流れていく液体を見ながら口を開き始める。


「そういう生意気な態度はどうかと思うぞ」

「お互いに死ぬほど嫌いでしょうが」

「確かに。ここで「団長大好きー」とか言われた時には、悪魔に憑りつかれたと思って丁重に斬り捨てなければならなくなる」


 死ねばいいのに、という言葉を飲み込む。


「それで? 無駄話は結構です。さっさと本題に入ってください」

「あの吸血鬼の監視は順調か」


 本題に入ると、フォールンの視線が鋭くなる。


「ええ」

「あの技巧者(メカニック)が、最近国を騒がしている「吸血鬼事件」の犯人だと思ったが、違ったらしい。……だとすると、あの吸血鬼は非常に怪しい。まぁ、祭りを楽しんで、おまけにハンサムな暗黒騎士を連れてはいるが」

「あの人達は事件に無関係です」

「ほう? 証拠は? ないだろう。今回の事件を手伝ってくれたのは素直に嬉しいが……」

「理由はどうあれ、私達に力を貸したのは事実でしょう」


 ふぅと、息を吐く。そして報告書を机の上に投げるとフォールンを横目で睨みつける。


「逆に聞きましょうか。吸血鬼事件の犯人だという証拠は? ないでしょう」

「吸血鬼がここに入ってきているという時点で」

「だったら手伝わせずにさっさと殺せばよかったではないですか」


 散らばった紙に視線を移す。


「既に発見済みだった犯人に対し、吸血鬼と暗黒騎士を利用して敵かどうか見定める。訳の分からない命令を下したのはあなたでしょう? その結果彼らは首尾よく働いてくれました。これで疑えですとか殺せと言うのは、いささかおかしな話では?」

「……確かにな」

「それに、団員も5人が死亡した結果になりました」

「それはそうかもしれん。だが、その後”復活”したから無問題だろう」


 リリウムが眉根を寄せる。

 一度ワインを飲み、唇を嘗める。


「……その結果、あの2人が野放しに出来ない存在だというのも知れた。特にあの吸血鬼だ。お前と同じか、それ以上の強さを持っている。もし暴れだしたら」

「その時は、私が責任を持って殺しますよ。あの暗黒騎士も一緒に」

「殺す? 逃がすの間違いではないか? お前、監視のことを暴露しただろう」

「……」

「私の耳は大陸全土の音を全て拾うことが出来る。忘れたわけではあるまい」


 リリウムがフォールンに向き直る。仲間内とは思えない険悪な雰囲気が漂う。

 それを打ち破るように、ドアがノックされた。


「失礼します!!」


 カイルが入ってきた。手には新しい紙の資料を持っている。僅かに滲み出ている魔力から、下手のことをしなければ消えない文字と、破られても自己修復する魔法がかけられているのを、リリウムは察知した。


「吸血鬼、現状の監視の報告です!」

「噂をすれば何とやらだな」

「だ、団長! いらしてたんですか」

「気にしないでいいです。熊の剥製だと思ってください」

「言い過ぎだぞ、リリウム」

「分かりました! 副団長!」

「分かるな」


 切ない気持ちになったフォールンは、寂しそうな顔でワインを飲む。

 雰囲気が柔らかくなり、リリウムの眉間から皺がなくなる。


「報告をお願いします」

「はい! えっと……まず、2人で外壁の上に行って花火を見ておりました」

「おお! 行ったのか。私の厚意を無駄にしなくて……」

「その際告白」

「「は?」」


 リリウムとフォールンの声が重なる。


「「好きだよ」と、どちらが言ったのかは定かではないですが、花火の爆音に混じって聞こえた模様。手まで握っていい雰囲気」

「付き合ってなかったんだ、あの2人……」

「その後宿屋に行って花火を見ながらひたすらイチャコラ」

「……聞いていると、なんというか、イライラしてきますね」

「その後も、ベッドが沈み過ぎて落ち着かない、今日はどっちが先に風呂に入る、タコ焼き食べさせあって口の中が火傷した、その他……」

「もういい。充分だ」


 フォールンがそう言って、鼻で笑う。


「若いなぁ」


 リリウムが覚めた目線を送る。


「まだ続けますか? 監視」

「ただのパフォーマンスかもしれないだろう。そのまま続けるに決まっている」

「しかし、「これ以上甘酸っぱいやり取りを見せられるこっちの気持ちにもなれロン毛団長」という声も上がっておりますが……」

「誰が言った。減給するぞと伝えておけ」


 グラスに入ったワインを揺らす。


「リリウム副団長はないのか? そういった話は」

「私よりそちらでしょう。フォールン。54歳彼女無し」

「う」

「彼女いない歴イコール年齢」

「う」

「その歳になっても童……」

「副団長!! 団長涙目です! やめてあげてください!!」


 耐え切れなくなったフォールンはグラスを持って立ち上がる。


「……もう帰る」

「気を落とすな、彼女無し団長。きっと誰か素敵な女性を落とすことが(フォールン)出来ます」

「副団長。あまり上手くないです」

「うっ、うっ、みんな死んじゃえばいいんだ……」


 肩を揺らし、目頭を押さえてフォールンは出ていった。出ていく際に扉に肩をぶつけ「いってぇ!!」と叫び声を上げつつ扉が閉まった。

 気の毒な目線を送っていたカイルに言葉を投げる。


「ワイン持ってってくださいよ……ご苦労様でした、カイル」

「あ、リリウム副団長。最後にまだ報告していないことが」


 少し困惑した様子でリリウムに向き直る。


「なんでしょうか」

「どうやらあの2人は、副団長を呼んでいるらしく……どうしますか?」

「私を、ですか?」

「2人は会話をしていただけですが、明らかに言葉は監視(こちら)に向かっていました。狙いは定かではありませんが……罠かもしれません、どうしますか?」


 顎に手を当てて少し考える。誘っている。脳裏に吸血鬼事件の話がチラつくため警戒心が強まる。

 だが、これは逆にチャンスでもある。

 もし相手が犯人で襲い掛かってきたりでもしたら、その時は堂々と相手をすればいい。


 フォールンが持ってきたワインが目に入り、手に取ってグラスに注ぐ。雑に注ぎ一気に煽るように飲むと、グラスを叩きつける。


「行きましょう」


 リリウムはそう言って、椅子から立ち上がった。



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