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第42話「好きだよ」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

「ゾディアック」


 突然声をかけられ、ゾディアックは肩を上げて驚く。右手の小指が引っ張られ、後ろに目を向ける。


「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」


 そう言って、心配そうな顔で見上げてくる。


「何でもない。大丈夫だ」

「……あの女に何言われたんだ」

「……ただお礼を言われただけさ」

「むぅ」


 不服そうにむくれるロゼを可愛いと思い、頭を撫でる。かなりちょうどいい位置に手を置けると、ゾディアックは失礼ながらも思ってしまう。


「なっ……何をする! 馬鹿!!」


 手を振り払って後退りする。頭の上を押さえて、ロゼは口元をあわあわとさせ困惑している。

 その面白い反応に、緊張が張り詰めていたゾディアックは小さな笑い声を出す。


「ぞ、ゾディアック? どうした、壊れたか?」

「いや、ごめん、ロゼ。殺し屋なんていう恐ろしい相手を捕まえたから、安心しちゃって」

「なんだそれ。全く情けない。あの程度の敵、恐れる必要な無しだろう」

「そうだね。うん。そうだ」


 笑ったおかげで肩の緊張も解けた。

 ゾディアックはロゼの手を握る。


「おぅ!!?」

「じゃあ祭りの続きだ。あとで食べ物を何か買って、外壁に行こう!」

「……ああ!」


 笑顔のゾディアックを見て、ロゼもまた、笑みを浮かべた。


♢◆♢◆♢◆


 2日目の祭りも大盛況だった。昼に起きた騒ぎなど、掻き消されてしまうほどに。昨夜は露店が多く、言っては悪いが景観を台無しにしていた部分も少なからずあった。

 だが、今日はこの国の風景を壊さないよう、洒落た飾り付けを施された祭りになっていた。祭りというより、巨大で、特別な品物が多く出揃う市場が開催されたような感じだ。

 様々な人種、国の人々、キャラバン、その他諸々が入り乱れている。


 恐らく、この祭りの中、不安な気持ちを殺しきれていないのはゾディアックだけだろう。

 どうしても騎士団の存在がちらつく。視界に時折入ってくる、訪れた人々の警備や道案内をしている心優しい人影が、この上ないほど安心させてはくれなかった。


 それから心ここにあらずといった感じで祭りを回り続け、気が付けば、陽が沈んでいた。

 空を見上げていると、(うるし)を塗ったような空が目に入った。


「ゾディアック!」


 隣の呼びかけに反応し、目を向けると、唇を尖らせたロゼが座っていた。


「ぼーっとしているなぁ。大丈夫か?」

「……ああ。疲れたのかも。あんなこともあったし」

「お前、意外と体力ないのか?」


 ゾディアックとロゼは外壁の上で座っていた。今度は転落防止用の柵もある。高さがあるため風に警戒したが、吹く風はどこか心地良く、強くもない。気持ちよさが感じられた。まるで誰かが操作しているように、突風が吹かない。

 それには理由がある。「シントニスモス」――王国内にいる魔道士が、この国の”天”を魔法で操っている……らしい。ゾディアックも聞いたことがあるだけの魔法であり、実際に発動している所を見たことはない。


 ゾディアックは頭を振る。正直どうでもよかった。

 気楽になろうと決め、両足を投げ出し、両手は体の横に置いて、上体を逸らす。空は夜、明るく輝く星々と――


「綺麗な月だ」

「そうだね」


 ――大きな満月が、下界を照らしていた。太陽の光よりも明るいとされる月光は、それを証明するかのように明るい。


「ロゼ、寒くない?」

「全然。むしろちょっと暑い。ユカタは涼しかったんだけどな。ゾディアックは?」

「普通に暑い……」


 武器を置いてきた時に、装備も脱いでシャツとズボンというラフな格好になったにも関わらず、熱気には勝てなかった。今は屋上に吹く風が心地いい。

 ゾディアックの手の甲に、ロゼの手が重なる。それは自然な動作で、大きな黒い手の上に白が重なる。


「花火ってどっから上がるんだ?」

「街の中央。城から上がるんだって」

「本当か。楽しみだ。そろそろ始まるかな」

「……そうだね」


 ゾディアックは空を見上げている美しい横顔を見ながら口を開く。


「ごめん、ロゼ」


 突然の謝罪に目を丸くして顔を向ける。


「明日はこの国を出よう。朝早くから。理由は、察してくれ」

「……ああ、分かったよ」


 聞き返しもせず口元に笑みを蓄え、金髪が揺れる。


「なんでさ、ゾディアックが謝るんだ?」

「だって」

「謝らないでくれ。だって」


 その時、音が鳴った。両者、目を街に向けると空気を切り裂く音と共に、空に向かって白い光を放つ球体が昇っていく。

 ほんの数秒前までうるさかった街が、一瞬で静まり返る。


 それは外壁の上まで届き、爆発音と共に大気を震わせ、巨大な光を放った。


 夜空に咲く、炎の花。


 赤、青、緑に黄色、色鮮やかな光彩(こうさい)が爆ぜた。

 初めて花火を見たロゼは、口を大きく開いて、頬を綻ばせた。


 街から歓声が上がる。これを待っていたと言わんばかりの声は空と大地を揺らすほどであり、更に拍手まで加わる。ゾディアックの不安も花火のように爆ぜ、咲き誇る大きな花に見惚れてしまう。


「すごい……」


 ロゼの目は釘付けになる。呟きは、花火弾が爆ぜる音で、隣にいるゾディアックに届いてはいない。

 瞬きもせず、じっと世界を照らす花を見続ける。金髪の髪に、炎の雫が滑り落ちていく。


「綺麗だな」


 ロゼは花火を見てそう呟いた。


「綺麗だ……」


 ゾディアックは、花火によって照らされている、ロゼの横顔を見てそう言った。

 見惚れていた。花火よりも、満天の星空よりも、煌々とした光を放つ大きな満月よりも、何よりも、ロゼに見惚れていた。

 世界中の何よりも、ロゼは美しかった。


「……謝らないでくれ、ゾディアック」


 重ねていただけの手が動き、指と指が絡まる。


「凄く、私は今凄く楽しいんだ。城に400年近くこもっていたのに、こんな素敵な魔法に出会えるとは思わなかった」

「魔法?」

「ああ。空に咲き誇る(ほむら)の華。月の明かりにも勝る一瞬の切ない光。限られた時にしか使えない人間の魔法……仲間達に教えないとな。誰も傷つけない、素敵なこの魔法を」


 花火は次々に上がり、爆ぜていく。音が鳴り響く中でもロゼの声だけはしっかりと聞き取れた。


「それにな、ゾディアック」


 赤い瞳が花火からゾディアックに向く。


「今でもお前は倒したい相手だ。けど、退屈な日々を終わらせてくれたお前に、感謝もしている。それに、祭りの中でも、あの爆発の時も、ずっと私を守ってくれて、感謝している」


 恥ずかしそうに、笑う。


「ありがとう、ゾディアック。お前に会えて、よかった」


 そう言った直後、パッと顔を花火に向ける。顔が赤く見えるのは、花火の明かりのせいだけではない。


「私もおかしくなったな。人間なんかにここまで心を開くなんて。光栄に思うがいい」


 隣を見ずに吐き捨てるようにそう言う。

 それでも、繋いだ手を離そうとはしなかった。

 ゾディアックは返事の代わりに、手を握り返した。


「そろそろかな」

「何がだ?」

「一番大きな花火が来る」

「本当か!」


 すると、花火玉が空に打ち出された。2人の目はそちらに向く。

 昇っていく光の玉は、明らかに他のと違い大きい。

 そして、眩い光が一瞬走ったと同時に。




「好きだよ」




 満開の大花火が空を覆いつくした。集大成と言っても差し支えない、至高の大輪が、視界いっぱいに広がる。

 周囲の音をかき消すほどの爆音と、火花の音が鳴り響く。

 そして花が散ると、国中から割れんばかりの大歓声と拍手が沸き起こった。ゾディアックとロゼも、感嘆の溜息を吐いた。


 そして、花火が終わりを告げる。下にいる人々は、各々次の部に備えて準備をするか、宿に帰ろうとしていた。


 2人は雑多の音を聞きながら自然と見つめ合う。


 口から零れたその言葉は、恐らく花火にかき消さえ、思い人に届いていないだろう。

 けれど、必死に誤魔化さなければならない。


 先に口を開いたのはゾディアックだった。


「……戻ろうか、ロゼ」

「……次も見たいぞ」

「なら、次は下から、というより、宿から見よう」

「おお、いいなそれ! 行こう!」


 恐らく、聞こえていないだろう。

 それでも、必死に誤魔化さなければならない。


 先に立ち上がったのはロゼだった。


「ようし、私についてこい!!」


 漆黒のドレスと金髪が揺れる。


「……ああ」


 頷いてゾディアックも立ち上がる。


 燃えるように真っ赤になった”2人”の顔を、宿に戻るまでの間、月光が明るく照らし続けていた。



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