第41話「これ以上詮索すると、後悔するぞ」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
騎士と入れ替わるように小屋を出ると、リリウムが頭を下げる。
「大変申し訳ございませんでした。お二人に手伝っていただいたのに、危険な目に晒しただけでは飽き足らず、醜態まで晒してしまい」
誠心誠意の謝罪だった。深く頭を下げるリリウムに、ゾディアックは慌てて頭を振る。
「謝らないでくれ。俺だって気づけなかった。とりあえず、リリウムさんに怪我がなくてよかった」
「……なんともお優しいお言葉、感無量です。ありがとうございます」
リリウムが頭を上げ、ぎこちない笑みを浮かべる。至近距離で爆発の影響を受けたにも関わらず、リリウムは無傷だった。その反応速度と防御力は、ゾディアックと同等かもしれない。
しかし、犯人をある意味逃がしてしまったため、リリウムの顔に陰りが差す。
何と声をかけようか、ゾディアックが迷っていたその時だった。
背後から殺気を感じ、振り返る。視線の先には赤黒い軽鎧を身に纏い、肩まで伸びた黒髪を揺らす男性が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきていた。
左手には縄を持ち、何かを引っ張っているらしい。
「誰だ?」
「ゾディアック。隣を見ろ」
ロゼの言う通り視線を動かすと、手縄をかけられ、引きずられるように歩く女性がいた。服は所々破れており、肩や胸部から肌が露出しており、血と煤に塗れている。壊れた具足や傷だらけの姿を見る限り、相当抵抗したのだろう。
「あの槍使いだ」
相手もゾディアックに気づき、鋭い視線を向けてくる。顔の半分が大きく青色に腫れており、片目が開いてない。猿轡をされているため呻き声を漏らしながら涎を垂らしている。
だが全員の視線は猛獣のように怒り狂う、痛々しい槍使いよりも、不気味な気配を醸し出している鎧の男に向けられた。
「リリウム副団長。もう1人はどうした?」
しゃがれた声で目の前に来た男は喋り始めた。
「先程、自爆しました。フォールン」
「”団長”をつけろ。リリウム・ハーツ」
フォールンと呼ばれた男は眉を寄せる。顔色が悪く真っ青であり、頬が少しこけている。鎧から見える首や腕を見る限り、普通の成人男性よりも体が細い。身長も175センチあるかないか。見た目の年齢は人間でいうところの、50代くらいだろう。
装備も鎧は業物だが、他は貧相であり、盾もなく、腰に軽そうな細剣を佩いているだけである。
骸骨を彷彿とさせる顔が、ゾディアックに向けられる。
「貴方達が手伝いをしてくれた優秀な冒険者か。感謝する。私は騎士団の団長を務める、フォールン・アルバトロスだ」
そう言って、縄を持っていない右手を差し出す。差し出された手を見ると、骨と皮だけの今にも折れそうな、枯れ木のような見た目だった。
本当に騎士団を束ねる団長なのかと、ゾディアックは疑いの目を向けながらも握手に応じる。
「おお。大きい手だ。若々しいな」
しわがれた声を出しながら骸骨が笑う。
手を握った感触も”冷たい骨”であった。握手を終えると、フォールンの目はロゼに向けられる。
「……綺麗な子だな」
「団長。捕縛しているその女性は依頼主ですか?」
「ああ。生意気にも抵抗してきたからな。”撫でてやったら”大人しくなったよ」
顔は笑っているが、言葉の奥底からは狂気が汲み取れる。そして、先程からずっと垂れ流している微量の殺気に、ゾディアックとロゼが警戒心を強める。
強者特有の雰囲気はまだ感じないが、フォールンは危険だと本能が告げていた。
「さ、手伝ってくれた冒険者の方々に礼をしなければ」
明るい声色で、笑みをゾディアックに向ける。
「これ以降は騎士団の管轄だ。君達の役割はここまで。ご苦労だった。さぁ、何が欲しい? とりあえず何でも言ってみたまえ」
「……何もいらない」
「ほぉ?」
まるでそう言うことが分かっていたかのような、ワザとらしい反応だった。
ロゼがゾディアックの腕を掴む。
「いいのか?」
「何もいらない。事件が解決したのなら、行ってもいいか」
焦っていた。このままここにいるのは、いや、この団長と呼ばれている男の前にいるのは危険だ。
何をされるか分からない。これほどまでに不気味な相手は初めてだった。
「そうか。真面目な人だ。まだ若いのに尊敬するよ。もし、冒険者に飽きたのなら騎士団に足を運んでくれたまえ。歓迎するぞ、ゾディアック・ヴォルクス。もちろん……そちらの女性も」
フォールンの目が、獲物を狙う爬虫類のように動く。
ゾディアックは反射的にロゼを体の後ろに隠した。明らかにロゼに向けられている目線と声色が違う。
フォールンは正体に気づいているのだろうか。両者の間に険悪な雰囲気が漂う。
「団長。戻りましょう。これ以上私達がいると、他の人々が祭りどころではなくなります」
それを遮断するかのように、リリウムが体ごと間に割り込んでくる。フォールンの黒い瞳が静かにリリウムを見下ろし、視線を逸らした。
「その通りだ、リリウム副団長。それではご両人。せめてもの感謝の気持ちだ。一般人は入れない、外壁の屋上に行くことを許可しよう」
今度は敵意のない笑みを2人に向ける。
「花火は夜、2部に分かれて行われる。横から見て、下からも見る。是非とも一般人とは違う見方で、花火を楽しんでくれたまえ!!」
そう言って踵を返し、槍使いを引きずっていく。怨念がこもる目を向けていた槍使いだったが、しばらくすると諦めたように視線を外し、項垂れ、肩を揺らしながら歩いて行った。
周りの騎士達も移動を始める。唯一リリウムだけが、ゾディアックの方に向き、真剣な眼差しで見つめる。
目が言っている。「少し時間をくれ」と。
「ロゼ。ここで待っていてくれ」
「なんで」
「頼む」
そう頼んでロゼを見ると、頬を膨らませてリリウムの方を睨んでいる。
「ああいう方がいいのか?」
「は?」
「何でもない。さっさと行けばいいさ」
首を傾げながらロゼから離れ、リリウムに近づく。
間髪入れず、リリウムが小声で話し始める。
「花火を見たら明日の早く、国から脱出してください」
「……やっぱり」
「ええ。気づいているのは私だけかと思っておりましたが、団長も気づいていたようです。確認ですが、ロゼさんは魔族の方ですね?」
ここまで言われるということは、正体も知っているのだろう。だが、ゾディアックは首を縦に振らず、何も言わなかった。カマをかけられている可能性を信じた。
「……吸血鬼、ですね。独特な甘い匂いと魔力の散らし方、そして邪悪な雰囲気は、他の魔族では見られません」
もはや確信を持っていた。ゾディアックはきつく瞼を瞑る。
「今回は手を貸していただいた礼として、特別に見逃します。団長もそこまで鬼ではありません。ですが、明日になったらどうなるかは」
「今すぐ出て行くよ」
「今すぐはやめておいた方がいいです。必ず外壁に行き、花火を見てください」
「どうして」
「貴方達は既に監視対象です。そして、団長は自分の礼を無下に扱われることを何よりも嫌います。本当に面倒くさい奴……失礼。なので、機嫌を損ねた場合、騎士団が黙っている保証はありません」
何も言えなかった。ロゼの安全を確保するためには、もう敵地と化したこの場所で花火を楽しむという、拷問のような時間を過ごさなければならないらしい。
「心中お察しします。ですが、今日問題を起こさなければ、私達は、少なくとも私は貴方達の味方です。安心して、純粋に祭りを楽しんでください」
無理だ、とは言えなかった。
リリウムは優しい騎士なのだろう。正体がバレた今でも、本当に味方になってくれている。向けられた小さな笑みは、ゾディアックの気持ちを落ち着ける効果をもたらした。
「それでは私はこれで」
「待ってくれ」
ただ、ひとつだけ納得が出来ないことがあった。
「何でしょうか」
「騎士団は、というよりあなたは。本当にあの殺し屋兄妹を、今まで捕らえることが出来なかったのか?」
リリウムの顔から笑顔が消え、目が細くなり、一瞬だけ怒りが垣間見えた。
「ええ。優秀な冒険者様がいらっしゃったおかげで、今まで苦汁を嘗めさせられていた相手を捕まえることが出来ました。それが、何か?」
「……いいや。何でもない。力になれて、光栄だ」
再び頭を下げ、それから一度も振り返らず、リリウムは歩き去っていった。
目が口ほどに物を言っていた。
「これ以上詮索すると、後悔するぞ」
この街に、ゾディアック達の味方となってくれる者は、1人もいないのかもしれない。
出来ればリリウムは味方であってほしい。
騎士団の副団長の背中を、ゾディアックは消えるまで眺め続けていた。




