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第40話「死ぬことよりも辛い苦しみを味わってもらいます」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 騎士団は基本的に5人で行動する。今回の殺し屋を捕獲する任務もいくつかのグループに分かれ、行動していた。


 その内ひとつのチームが外壁、盾壁層(ヴァンクドフィート)の屋上へと躍り出る。外に出ると凄まじい風に煽られそうになりながら、グループ隊の長は周囲に怪しい人物がいないか探った。


「……ん?」


 そして、見つけた。

 金髪で黒いドレスを着た少女。その足元には血塗れになりうつ伏せで倒れている何者か。

 事前の連絡で聞いている。この金髪はS級の冒険者、ロゼだ。


「お、ちょうどよかった」


 ロゼは倒れている者の髪を掴み、ズルズルと引きずる。倒れている方は気を失っているのか、上体が力無く浮き、両腕がダランと下がっている。動くたび、地面に赤い線が描かれる。まるで、ナメクジの粘液のようであった。


 そのまま隊長の目の前までくると、笑顔を浮かべる。


「ほら。”これ”が殺し屋だ。やるよ」


 そう言って髪の毛を手放した。ゴトン、と頭が落ちる音が鳴り響く。


「……確保」


 兜を被っているため、くぐもった声で指示が飛ぶ。後ろにいた4人の騎士は動き始める。

 騎士団の隊長は倒れている殺し屋を見た。両腕、両足が曲がってはいけない方向に曲がり、折れた骨が露出していた。駆け寄った騎士のひとりが、顔を覗き込み、嫌悪を示すような短い声を出す。


「生きているのか」

「……なんとか。顔の皮が剥がされ、眼球が」

「もういい」


 視線はロゼに戻る。


「ご苦労だった」

「ん。あとはそっちで勝手にやってー」


 そう言って手を振ってその場を後にした。ロゼの鼻歌と、クルクルと周り日傘と、太陽の光に照らされるその漆黒の後ろ姿は、なんとも不気味な絵面だった。


♢◆♢◆♢◆


 外壁を昇降機で降りると、そこにはゾディアックとリリウムが立っていた。

 2人の姿を見たロゼはムッとする。


「おかえり、ロゼ」


 柔らかい笑みを浮かべるゾディアックに近づきながら、視線はリリウムに向けられていた。リリウムは何故睨まれているのか理解出来ずに、困惑した表情を浮かべる。そのままゾディアックの隣に立つ。


「何、どうしたの?」

「むかついた」

「は?」

「何でもない。気にするな」


 そう言ってはいるものの、リリウムを睨みつけたままだった。ゾディアックは肩を竦め、苦笑いを浮かべているリリウムに向き直る。


「それでは、お揃いの様ですし、行きましょうか。氷漬けになっている犯人のところへ」


♢◆♢◆♢◆


 ギルバニアで暮らす人々は、ほぼ何不自由なく暮らしている。“ほぼ”というのはある存在が不自由な思いをしているのだ。

 ある存在とは“亜人”、そして“魔族”である。世界の事情から見て、どう足掻いても下に位置するそれらは、不当な立ち退きや、街の人々から不当な扱いを受け国から出て行くことが多い。


 つまりギルバニアには、使われていない家や建物がそれなりに存在する。

 リリウムの後をついて行く2人は、外観は小綺麗な小屋の中へと案内される。


 小屋の明かりを入れるため、リリウムが入口近くにあるスイッチを押すと、薄暗かった小屋が明るくなる。


 そして映った光景にロゼは笑った。目の前に、首から下が氷漬けになった殺し屋、ラルドを見たからだ。

 

「なんだこれは? 変な氷像だ。お前の趣味か?」

「まさか。私だったら龍とか虎とかカッコいいものにします」

「……そのセンスもどうなんだろう」


 雑談をしていると、ラルドの目がギョロリと動く。


「うわ、動いた。最近の氷像は凝っているな」

「畜生……てめぇら、ぶっ殺してやるぞ」

「喋りもするのか。次は何をするんだ? 氷ぶち破って本体降臨か」

「かっこいいかも、それ」

「無駄話はそこまでですよ」


 リリウムは喉を鳴らし、ラルドの瞳に向かって微笑む。


「名前は?」

「さぁな」

「氷、砕いていきますよ」

「やめろ!! ……くそ、ラルドだ」


 リリウムがすんと鼻を鳴らす。


「ラルド。ここが何処か分かりますか?」

「知らねぇよ」

「ギルバニア王国の中でも、亜人達が多く住む地区に近い小屋です。ここは音楽教室でして、壁は防音仕様になっております」

「それがどうしたってんだ」

「分かりませんか? あなたがどれだけ叫んでも、誰も気づかないということです。さらに周りには多くの騎士がおります。……拷問しても誰も止めませんよ」

「っへ。趣味悪ぃ。綺麗な顔している女は全員性悪だってエメが言ってたっけ」


 態度も口調も軽いが、頬が引きつっていた。


「エメ? あの小娘か。生きていればいいな」

「……なんだと? おい金髪! お前、エメに何した!」

「怒るなよ、氷像。殺しているんだから殺される覚悟もしてただろ? 安心しろ。殺してはいない。これから始まる問答で、お前とあの小娘の生き死にが決まるんじゃないか? なぁ、副団長?」


 煽るような口調に対し、反応を返さず、リリウムはラルドを覆う氷に触れる。


「質問に答えてください。標的は後ろの2人ですか?」


 ラルドは素直に頷く。


「仲間の仇を討ってほしいって言われたから、暗黒騎士を狙ってたんだよ」

「仇?」

「……誤解だ」


 目を向けてきたリリウムに対し、ゾディアックはそう答える。疑いは解けていないらしいが、再びラルドに向き直る。


「騎士を銃殺したのはあなたですか?」

「だとしたらなんだよ?」

「許さない。死ぬことよりも辛い苦しみを味わってもらいます」


 怒りに満ちた目で見下ろす。体の芯まで凍るような、冷たい視線と声を浴び、ラルドは諦めたように首を横に振る。


 リリウムが再びゾディアックを見る。


「何かお聞きしたいことがあればどうぞ。恐らく、この人が口を聞ける最後の時間なので」


 ゾディアックは戸惑いながらも問い始める。


「えっと、なんで、こんなことを?」

「はぁ? 耳ついてんのか糞男。依頼を受けたからお前らを」

「そうじゃない。なんで殺し屋なんかやっていたんだ、と思って」


 面食らったようにラルドは固まる。そんなことを聞かれるとは思ってもいなかったのだ。

 ゾディアックの透き通るような青い瞳を数秒見つめて、鼻で笑って顔を下に向ける。


「なんでかな。最初は馬鹿な魔法使い達に復讐したかったんだ。難病の人を救える、ある機械を作って売り捌こうとした。作れる数は少なかったけど、ひとつでも売れればまた新しいのが作れたんだ。

 なのに、機械の力をあいつらは認めなかった。自分達の保身ばかり考えている、老害の魔法使いや我儘な冒険者達のせいで、全然売れなかった。

 秘密裏に人を助けたら犯罪者扱いだ。笑っちまうぜ」


 溜息を吐く。


「それから復讐っていう名の八つ当たりを始めた。最初は気にいらねぇ魔法使いを銃で脅していた。殺す気なんてなかった。けどよ、エメが誤射して殺しちまった。

 ……そっからはもう吹っ切れたよ。お気に入りの音楽聴きながら殺しをやって金儲けだ。ひとり、ふたり、殺したって何も変わらねぇ。そう思いながらな。

 結果的に、何も変わらなかった……」


 ゾディアックが怪訝な表情を浮かべる。相手の話もおかしいが、ここまで饒舌に喋るのもおかしい。リリウムも違和感に気づいていた。


 長話を続けるには、声に力が入っている。緑に輝く瞳は、まだ死んでいない。

 考えられるのは、時間稼ぎだった。


「お前何を」

「あーあ、こんなところで終わりか。まぁいいさ。ここまま生きていても、金しか残らなかったんだ。じゃあな、エメ」


 口角を上げるのがハッキリと見えた。目はゾディアックを捉えている。

 リリウムが動こうとしたが遅かった。


「一緒に、花火見たかったなぁ」


 ラルドが奥歯を噛む。

 カチッ、という音が鳴った直後、室内に閃光が瞬き、轟音が鳴り響いた。


♢◆♢◆♢◆


 ロゼは、一瞬何が起きたのか理解出来なかった。ただ、突然の眩い光のせいで視力が失われ、轟音のせいで聴力が失われた。一時的なものであることは理解出来たが、今すぐ動くことは出来なかった。


 ただ分かっていることは、誰かが自分の体を抱いているということだった。これは身を屈めているのだろうか。

 そして、血の匂い。それも大量だ。


 徐々に失われたものが戻ってくる。世界に色と音が付着していくと、ロゼは自分の身に何が起こったのかを理解した。

 ゾディアックが自分の体を抱え、盾になるように身を屈めていたことを。


「ゾディアック?」


 視界いっぱいに広がる鎧から、視線を上げて顔を見る。目が合う。青の瞳と赤の瞳が交差する。


「怪我はない?」

「う、うん」

「よかった」

「……何が起こったんだ?」


 ゾディアックは答えず、視線を後ろに向ける。灰色の煙が室内に立ち込めており、視界が悪い。辛うじて、苦虫を噛み潰したような顔をしているリリウムが見える。


 徐々に煙が晴れると、凍っていた殺し屋の姿はどこにもなかった。ただ拘束されていた場所には、砕かれた氷と大量の血飛沫が飛び散っていた。


「自爆したのか?」

「結構な威力でビックリした」

「……ゾディアック! お前怪我は!?」

「大丈夫。距離もあったし、平気だよ」

「そうか。よかっ……た……」


 そこまで言って、ロゼは顔を赤らめゾディアックから離れる。


「い、いつまで抱いてんだ。馬鹿、変態」

「悪かったよ。咄嗟に体が動いたんだ」


 2人の声を聞きながら、リリウムは足元に散らばった氷を踏み砕いた。


「くそ……」


 悔しそうに、下唇を噛み締めながら。



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