第4話「ベテランの買い物」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ロゼ。本名は「ローレンタリア・ゼルヴィナス・ミラーカ」。
身長156センチ、体重45キロ。年齢394歳。美しい金髪を靡かせる、咲き誇る花ですら負けを認めてしまうほど可愛らしく、それでいて何処か妖艶な雰囲気を持つ美しい少女。
彼女は吸血鬼の女伯爵であり、とある城の主であった。
彼女の実力はある程度の知能を持った魔物であれば、名前を聞いただけで逃げだすほどである。だが、彼女は決して城から出ず、城に侵入してきた数多くの魔物達や冒険者達を、死なない程度に痛めつけて追い返す毎日を送っていた。
そんな退屈な日々を送っていた時、暗黒騎士のゾディアックが姿を見せた。
悪魔の兜に、女神黒龍の鱗と牙をふんだんに使った鎧、死霊の王が身につけていた手甲に、堕天使の羽と皮を使った足甲。全身黒ずくめで長身な、凄まじい闘気を放つ騎士を見て、ロゼは生まれて初めて全力で戦いを挑んだ。
それから都合7回に渡って戦いを繰り広げ、互いに善戦し合った。最後の7回目で本気でぶつかり合い、結果として、ロゼは圧倒的な強さを持つゾディアックに惚れてしまった。
ゾディアックもまた、ロゼに心奪われ、大事に思うようになってしまう。
だからこそ、サフィリアに家を建てて同棲までしているのだ。
普通に生きている者達にとって、魔物は恐ろしい存在であり、夜を生きる吸血鬼はその中でも特に嫌われている。故にロゼは、このサフィリアですらあまり自由がない。
そんな不自由な思いをさせてしまっている愛しい同居人の吸血鬼が、パンケーキを食べたいと言っているのだ。
ゾディアックの心は決まっていた。
作りましょう。暗黒騎士のパンケーキを。料理の「りょ」の字くらいしか出来ない実力だが。
次の日、暗黒騎士の装備を着こみ、剣を持ったゾディアックは玄関へ向かう。
「ゾディアック様、どちらに?」
洗濯籠を持ったロゼがそう聞いてくる。ゾディアックは真剣な声で返す。
「クエストに行ってくる」
「いってらっしゃいませ。……そんな急に行くとは。緊急ですか?」
「ああ。緊急だ。とても大切なんだ。ロゼ。楽しみにしていろ」
「は、はぁ。楽しみに? 待ってます……」
ゾディアックは親指を立てて玄関を出る。
小首を傾げ、ロゼは手を振りながら、その背中を見送ったのだった。
♢ ♢ ♢
暗黒騎士はまず、書店へと向かった。
「いらっしゃ……えぇ……」
店員が見てはいけないものを見てしまったかのような声を出す。
ゾディアックの周囲から人が失せる。
当たり前だ。普段着の客が多い中、ひとりだけ鎧姿なのだから。
ゾディアックは迷うことなく料理雑誌のあるコーナーへ行く。
「何であの鎧着た人、女性雑誌コーナーにいるの!?」
「中は美少女なんじゃない?」
店内の隅で女性客2人が小声で喋り合う。
ゾディアックの目が輝き「初心者歓迎、デザート作成本」を手に取る。
「あの見た目でデザート作るの!?」
「やっぱ中身美少女だって!」
目当ての品を持って会計をすます。会計中、男性店員は泣きそうな顔でゾディアックに金額を伝えた。824ガルだった。
♢ ♢ ♢
次の蜂蜜はすぐに手に入った。
露店を開いていたキャラバンから買い占めて、これでもかという程の蜂蜜をゾディアックは手に入れた。16520ガルを払う。
「あの黒い騎士、蜂蜜40キロ入った樽、拡張箱に入れたぞ……」
「何するつもりだよ……女王蜂でも獲ろうってか?」
「さっき買っている時、「これであの子が喜ぶ」とか言ってたぜ」
「中身ミツバチなんじゃね?」
「んな訳ねぇだろ」
店員の中年3人は、離れていく黒騎士の背中を見ながら好きなことを言った。
当然それはゾディアックに届いていない。
♢ ♢ ♢
牛乳、卵、薄力粉、バター、砂糖……。食材を確認し、満足気にゾディアックは頷く。テーブルの上に食材を並べ、もう一度材料を確認する。
ゾディアックがいるのは集会所である。周りには数多くの冒険者がいるが、誰もゾディアックの席には近づかない。鎧の騎士がピンクの表紙をしたデザート本を読んでいる、不気味すぎるその空間に、チラと視線を向けるだけだ。
「なんだあの騎士。料理本なんか見てるぜ?」
受付のカウンターに寄りかかった、顎髭を蓄えた軽鎧の剣士が、髭を撫でながら呆れたような声を出す。
レミィが頬杖をついてゾディアックを見続けると、ほうと息を出す。
「料理も出来るのかぁ……結婚したい」
「は?」
「ちょ、邪魔。よく見えねぇんだよ。報酬受け取っただろ。帰れ、おっさん」
「っな……」
剣士は目を見開き、肩を竦めた。レミィはうっとりした目つきで暗黒騎士を見つめている。
普段のゾディアックであれば、こんな大胆なことをしない。ましてや、冒険者達の目を気にしないということは決してできない騎士だった。だが、ロゼの為なら何でもできる気がするのだ。
あともう少し。そう思うと、脳裏に昨日見た映像が蘇る。あの女性は特製シロップのかかったパンケーキを食べていた。つまり、レアモンスター、「ラムネスライム」からドロップするアイテム、「ラムネゼリー」を手に入れなければならない。
食材を鞄の中に詰め、クエスト受付へ向かう。レミィは慌てて不機嫌な雰囲気を醸し出す。
「……ちょっといいか」
「ッチ。何で黒光り野郎をまた見なきゃいけねぇんだよ。で、何?」
「クエストを受けたい」
「どんな?」
「スライム5000匹くらい狩れるクエストだ」
「ねぇよ、んなもん」
「じゃあラムネスライム1000匹討伐でいい」
「じゃあ、じゃねぇよ。レアモンスターそんなに出てきたら世界に不具合生じてるわ」
息を吐き出し、項垂れる。地道にスライムを狩るしかないかと思っていると、レミィが紙を差し出す。
「何匹も狩れないけど、大量発生したスライム討伐に行っている初心者パーティがある。3人でね、前衛が盗人……シーフだから防御に難ありだ。殴られ役にお前が行けば、ちょうどいいんじゃねぇか?」
「いいのか?」
「スライムといえど魔物だ。初心者でも全滅するとは思えないが、万が一もある。監督役として行ってもらいたい気持ちもあるんだよ。しかも」
トン、と紙を指先で叩く。
「ベテランボーナスが付く。上級者が初心者と一緒に行った時、報酬が増えるあの仕組みさ。子守役ありがとうって、意味が込められているやつだ。これだったらレアモンスターの素材も手に入りやすいだろ」
どうだと言わんばかりに話すレミィを見て、ゾディアックは胸が熱くなる思いだった。嫌われてはいるのだろうが、ここまでしっかりと対応してくれるとは。
「受けよう」
「はいよ。じゃあサインして、集合場所まで行きな」
「……ありがとう、レミィ」
「……へ?」
「感謝する。君は……その……いい、人だ」
普段であればこんな言葉は出せない。それでもなんとか言葉を絞り出し、サインをすると騎士は踵を返し、集会所を出た。
給仕がレミィに駆け寄る。
「レミィ、大丈夫!!?」
「……名前、呼ばれた」
レミィはゆっくりと首を動かし、
「私、今日死んでもいいや」
と言って変な叫び声を上げて机に突っ伏した。