第39話「楽しませろ、人間」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
実力者同士が相対した時。
闘いの経験を積んだ猛者同士で相対した時。
双方あることに気づき、脳裏をある言葉が過ぎる。
それは、実力を持っていれば持っている者ほど感じられるもの。
それとは即ち、強者特有の雰囲気。纏う気。殺気や狂気、豪気。
猛者同士はそれに気づく。必ず気づく。
スポーツでも勉強でもゲームでも喧嘩でも殺し合いでもただの口喧嘩でも……必ず。気づく。
簡単に言えば力量。
双方、相対した者の力量に気づく。そして自分の力量と比べる。
ここまでが”あることに気づく”、というやつだ。
では”脳裏をある言葉が駆け巡る”というのは何か。
ある言葉とは何か。以下のどちらかである。
自分の力量が相手より上回っている場合は「勝利」。
自分の力量が相手より下回っている場合は「敗北」。
吸血鬼と殺し屋の技巧者。
今、「勝利」の言葉を頭に浮かべ、それを体現しようとしているのは。
技巧者、エメだった。
♢◆♢◆♢◆
盾壁層の外壁は高く、地上からだと、ゆうに60メートル以上の高さを誇る。
その外壁の上で、一般開放されていない転落防止用の柵がない場所で、エメは銃を構えて暗黒騎士を狙撃しようとした。
だが今は、暗黒騎士の相方だろう金髪の少女に狙撃銃の銃口を向けている。
猛烈な風の影響を受け、両者の髪が荒ぶる。
相手は正面から、ただ歩いてくる。一定の速度で、日傘を回して。
何か仕掛けてくるのは明白だが、武器と思えるものはあの日傘のみ。そして相手の職業すら分からない。
だが、弓術士だろうと黒魔導士だろうと、先手を打たれることは無い。
自分の引き金を絞る速度の方が、絶対に速い。
「死ね」
小さく呟き、迷いなくエメは引き金を絞った。
同時に銃口が光り、反動が体全体に響くと轟音が耳を劈く。
発射されるまでの間、銃身で改造されたエメの魔力で作られた弾丸は、一瞬で音速を超え、一直線に少女の頭に向かう。
そして、まともに弾丸を食らった少女の首が仰け反る。
当たった。銃であるため手応えなどは感じないが、反応で分かる。
勝った。
エメは勝利を確信し、口元に笑みを浮かべた。
「はぁ~~~~……」
エメは口元に笑みを浮かべたまま、頬を引き攣らせた。自分の溜息ではない。正面にいる少女が溜息をついた。
少女の仰け反っていた首が正しい位置に戻る。顔は綺麗なままだった。
違うのは、口で、何かを噛んでいるということ。
紫色の弾丸を噛んでいる。それは、エメの放った特殊な弾丸だった。
「な、あ?」
ありえない。
少女が顎に力を込め、弾丸を噛み砕いた。
ありえない。
盾や鎧といった防具で止められるというものはありえるし、理解も出来る。剣や斧といった武器で砕かれるのも当然分かる。
だが、これだけは分からない。
歯で、弾丸を噛んで止めている。
あまつさえ魔力でコーティングされた物を噛み砕くなんて。
「期待外れだ」
少女が見下ろすように、冷ややかな目をエメに向ける。
今、「勝利」の言葉を頭に浮かべ、それを現実の物にしようとしているのは。
「楽しませろ、人間。ぶっ殺すぞ」
吸血鬼、ロゼだった。
エメは短い悲鳴を上げ、狙撃銃から手を離し、立ち上がりながら両手の指を鳴らす。淡い光が収縮し、短銃がそれぞれの手に生み出されると、強く握りロゼに銃口を向ける。
二丁拳銃で、エメは叫びながら銃を撃つ。両方合わせて5発目が発射されたところで。
「はぁ」
溜息と共に、一瞬でロゼはエメの側面に周り、日傘をエメの右腕に叩きつける。
右腕は、衝撃に耐えきれず、おかしな方向に曲がる。骨が肉と皮膚を破り露出する。突然の激痛にエメの悲鳴が上がる。
間髪入れずに、ロゼは左腕にも日傘を振り下ろし、最後に右の膝を砕く。
足一本で自重を支えきれず、エメは悲鳴を上げ、血を周囲に撒き散らしながら尻餅をつく。
「ま、待って! 待ってください!!」
命乞いするように腕を伸ばす。肘から先は、もうひとつ関節が出来たかのように、不自然に曲がっていたため、少し間抜けな絵面だ。
「……1キロ先から、一瞬でここまで移動した種明かしだ」
「……へ?」
エメは歯をガタガタと揺らしながら震えあがる。それしか出来なかった。
「闇雲に動いていたわけじゃない。盾壁層の正門に近い位置に、お前が陣取るようにゾディアックは動いたんだ。それでちょうどいい距離になった所で、私を外の転送扉に送った。街中で派手な動きは出来ないから、私は外から、60メートルくらい軽くジャンプしてお前の近くに現れたと……こんな感じだ」
エメの頭は混乱していた。今更種明かしをして何になるというのだ。時間稼ぎをしているのだろうか。いやその意味が見当たらない。
何故だろうと思っていたその疑問は、すぐに解決した。
「さて、時間は使った。もう戦えるな」
「……へ?」
「立て」
ロゼは傘を手首で回しながら、エメを見下ろす。
「言っただろう。”楽しませろ”と」
天使のような微笑みを浮かべるロゼを見て、エメの脳裏にある言葉が過ぎる。
ある言葉とは。
「敗北」の二文字だった。
♢◆♢◆♢◆
暗黒騎士と相対するラルドは動けずにいた。相手が不気味だったからだ。武器を構えず、目はこちらを向いているが、意識はどこか遠くに行っている。
「どうした? ……来ないのか?」
小さな声だったが、ラルドの耳に暗黒騎士の挑発が届く。
こちらから動きたくはないが、待ちの姿勢を貫いていると不利になることを、ラルドは悟っていた。
既に策は練ってある。準備も出来ている。先程騎士団を始末した時と同じように「バニシングリング」を使って殺してやろうと思った。リング状のその場件は隠密状態で敵に纏わりつく。当然敵からは認識できない。リングは自動で敵のある場所を狙う。その場所は、首、手首、足首だ。
だから騎士の首も爆破出来た。だがあれは、一応罠を張り巡らせたうえでの事象だ。今回の場合、相手を射程圏内に入れなければならない。
暗黒騎士は武器を構えてないとはいえ、ハルバードという長物を持っている。遠くから攻撃されたら、いくら銃を持っているとはいえ、苦戦するかもしれない。相手は相当な実力を持っているのも考慮すると、時間を稼いで騎士団を呼び寄せるのが目的ではないだろうか、とラルドは勘繰る。
であれば、今の段階で懐に飛び込み、短期決戦を仕掛けるしかない。
ラルドは腰から折りたたみ式の散弾銃を取り出し、銃口を向ける。暗黒騎士の目は、それをゆっくりと見ていただけだった。
――余裕なのか。いや、どっちでもいい。死ね。
引き金を、引いた。
だが、弾は出なかった。不発した。故障だろうか。魔力を込めた感覚はあった。
もう一度引き金を引くために、人差し指を動かそうとした。
だが、動かない。
「……?」
疑問符を顔に浮かべたラルドは真下に目を向ける。
瞬間、戦慄した。
いつの間にか、胸から下が”氷漬け”になっていたのだ。
「なっ……あぁぁああ!!?」
間抜けな恐怖に引き攣った叫び声が、小道に木霊する。ラルドに纏わりついた氷は音を立てながら範囲を広げ、首から下を凍らせた。
初めから勝負はついていた。暗黒騎士、ゾディアックの目線は、氷漬けにされたラルドの後方に向けられる。
小道の入口に、紺碧色の剣と鎧を持ったリリウムが立っていた。小道に入り相対した時から、リリウムは様子を窺っていたのだ。
メインストリートを歩く人々の視線が、リリウムに注がれる。
リリウムの剣から発せられた冷気は、相手に寒さを感じさせず、一瞬で胴体を凍結させた。周りの建物に被害が出ないように、範囲を最小限に、殺し屋のラルドだけが凍り付くように威力を調整して。
それだけで、異常な程に魔法の使い方が上手いということが伝わってくる。
リリウムは剣と盾をしまわず、ゾディアック達に向かう。そして足を止め、首から上だけが動くラルドの顔を覗き込むと、口を開いた。
「どうしましたか? 随分と、寒そうですね……。暖かい所でゆっくりと、お話しましょうか」
無表情でそう言い切ると、にっこりと微笑む。花が咲くような美しい笑顔は、こんな状況でなければ、どんな男も”イチコロ”だろう。だが、ラルドの場合は感じ方が違う。顔を青くし、呼吸を乱す。
その笑顔はゾディアックにも向けられる。
「あなたも、来て頂けますよね?」
その悪魔のような笑みを見たゾディアックは、ゆっくりと頷くことしか出来なかった。




