第38話「時代遅れの魔法使いが」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
工事現場からは死臭が漂っていた。
騎士団副団長であるリリウム・ウィンバー・ハーツは階段を駆け上がり、3階に辿り着く。
室内を見ると、数人の騎士達が、現場の検証を行い、犯人の情報を見つけようとしていた。
部屋の中央には死体袋が置かれてあり、袋の傍らにはそれぞれが装備していたとされる剣と盾が置かれていた。装備の損傷具合から、途轍もない攻撃を食らったのは確かだった。
「副団長。部屋に散乱した魔力痕の数々、遺体に付着していた爆薬からして、犯人は技巧者かと」
検証を行っていた、白のローブを着た白魔道士の女性がリリウムの傍らに立つ。
騎士団、と言っても、全員が騎士ではない。当然様々な職業の者達が入り乱れている。
リリウムは溜息を吐いて、死体袋を見つめる。
「今まで尻尾を見せませんでしたが、まさかこんな”策”で見つかるとは。感謝しないといけませんね」
「いかがいたしましょうか」
「どうせすぐに捕まります。それと、遺体はあの場所に」
「かしこまりました」
そう言ってリリウムは踵を返し、階段を降りながら、「あの場所」を思い出していた。騎士団を最強に言われるようにした、あの魔術構造を。
工事現場から出て、明るい日差しを浴びる。
「……反吐が出る」
リリウムは憎々し気に、青い空を睨んだ。それから悠々と歩き始める。
もはや焦る必要が無いこと。
犯人はもう捕まるだろう。
あとは、あの暗黒騎士と――
――吸血鬼に、任せればいい。
♢◆♢◆♢◆
「わざと喋る?」
宿屋に着いて鎧の具合を確かめながら、ハルバードを装備し始めているゾディアックは、短く答えた。
「そうだ」
それだけ言って再び宿屋の外に出る。
「ふーん。それが作戦ね。ねぇ。やっぱり、殺し屋は私達を探している?」
「確信はない。だけど、盗聴用の魔法を使っている時点である程度予想がつく」
「相手は自分達が求める話か、名前を聞き出していた、のかな」
「ああ。そう考えるのが自然だな。もしくはワードか……例えば。魔物、暗黒騎士、金髪……とかだ」
頷きながら「なるほどね」とロゼは言う。
2人はそれから街中を歩き続けた。屋台から漂ってくる焼きそばの匂いが、空腹を促し、ロゼは頬を上げた。
「お腹減ったな……。まぁいいや。お互いの名前はどうする? 多分、相手は私の名前しか知らないと思う」
「……どうだろうな」
「歯切れが悪いな。まさか、お前狙いっていうこともあり得るのか?」
「……色々と、怨まれることもあるし」
「なるほど」
ロゼは口元に笑みを浮かべて周囲を窺う。そして、ゾディアックに周囲から好奇の視線が注がれているのに気づく。武器を持っての祭り参加はご法度。なのに武器を持って堂々とメインストリートを歩いているせいか。
「的だな、まるで」
「好都合さ。これで狙いは俺に注がれ……」
そこまで言ってから、ゾディアックの脳裏に、ある人物が浮かび上がる。
「まさか、あいつ……」
「なんだよ」
「いや、何でもない」
「そうか。ところでさ、ゾディアック」
ゾディアックが小首を傾げる。
「作戦、もういらないかもな」
ロゼはそう言って、自信満々の笑みを向けた。
♢◆♢◆♢◆
エメは、ハルバードを持った暗黒騎士を捕捉し続ける。隣を歩いている金髪の女性が、恐らく二重魔法に気づいた方だろう。
騎士団を銃殺し、追っ手を振り切るために、エメはラルドと別行動を取っていた。ラルドが今何処にいるかは通信機と発信機から把握できる。
傍受される心配はない。騎士団は確かに様々な職業を控えてはいるが、技巧者に対しては手薄だ。
なぜか。それはこの国が、いや、この世界が、機械という物を邪な物であると考えているからだ。エメはそれが腹立たしかった。機械は自分に友人と家族、そして命をくれた。エメにとって、機械とは言わば神に等しい存在だった。
エメは生まれつき心臓に疾患を持っていた。10になるまでは生きられない。そう医者からは宣告された。回復魔法ではどうしようもない症状だった。そんな自分を救ってくれたのがラルドだった。ラルドはエルのために、持てる力を全て使って、ある特殊な機械を作った。
心臓の代わりになる人工心臓。エメはそれを埋め込まれた。副作用もなく拒絶反応もない。心臓の疾患は、嘘のように消滅した。
これがあれば、自分と同じ苦しみを持つ者達を救える。だからラルドと共に、人助けをするために機械を売った。
だが、魔法使い達はそれを使用しなかった。何が起こっても、助かりたいという患者がいても、絶対に使用を許可しなかった。
魔法使い達は分かっていたのだ。
自分達の長年練ってきた、至高の魔法が、機械に負けているのを。
だが、それを素直に認めたがらない愚者のしで、何人の命が失われたか。
だからラルドの考えに、エメは従った。
愚者を殺す。その考えに。
「エメ。どうよ」
耳に装着した通信機から兄の声が聞こえた。
「標的はちゃんと捉えてるよー、”望遠鏡”で」
エメが持つ望遠鏡こと「狙撃銃」の銃口は、暗黒騎士の銀髪に向けられていた。対大型魔物用にカスタマイズされた狙撃銃の射程距離は1.5キロメートル。威力は折り紙つきである。人間相手であれば、掠っただけで致命傷を与えることが出来る。
エメはうつ伏せになってその銃を構えていた。
暗黒騎士は隣にいる金髪の女性と話しながら歩いている。
「相手がバカで助かったな。街中で作戦なんて話して武器持っている奴なんていねぇのに」
「盗聴の魔法使っておいてよかったねー。ヒットしたのは正直運が良かったよー。そのおかげで捉えやすかったー」
無駄口を叩きながらも、エメは真剣な眼差しで狙いを正確にするため、照準器を覗く。
「流れはこっちだ。行けると思ったら撃っていいぞ」
「はいはーい」
返事をすると通信が切れた。
雑音がなくなり、急速的に集中力が高まる。エメの手は照準器の先端に伸び、ズームリングと呼ばれる部分を右に回していく。倍率が変化し、1キロメートル以上離れている暗黒騎士の表情まで確認できるようになる。
いつも通りであれば、ラルドが狙撃手として隣にいるはずなのだが、先程のアクシデントのせいで今回はひとりで調整する必要がある。
限度は2発だが、初弾で仕留めたい。
暗黒騎士が止まった瞬間に撃つ。
先程から標的は、吞気に屋台を見ながら歩いている。
――我慢比べだ。
エメは瞬きをするのも忘れて、両眼を開きながら片目は照準器を覗き続ける。片目を閉じると視力が落ちる。目も乾きやすくなる。両眼を開くことが重要なのだ。
まだ止まらない。焦る気持ちを落ち受ける。
まだ止まらない。指で屋台を指している。
まだ止まらない。動き続けている後頭部をしっかりと捉え続ける。
そして、屋台のまでようやく止まった。「わたあめ」を買おうとしている。
伸ばしていた人差し指を引き金にかける。
風が頬を撫でた。唇をきつく結ぶ。金を払っているのが見える。こちらを見た瞬間に撃つ。
金を払い、わたあめがついた棒を右手に持った暗黒騎士が振り向く。
整った顔立ち、そこについている青色の双眸がこちらを見ている。
「愚者に鉄槌――」
そう呟いた瞬間、エメの人差し指から力が抜ける。
暗黒騎士は、”こちらを、見ている”。
エメは引き金を絞れなかった。見られていたからではない。あることに気付いたからだ。
――どうしてわたあめを、ひとつしか買っていない?
照準器の位置を少しずらす。先程まで隣にいた金髪の女性がいなかった。
「何だその武器。私にも触らせてくれよ」
後方から女性の声が聞こえた。
エメは一度息を呑んだが、クツクツと笑う。
「どうやって分かったのかなー?」
「武器を取りに行く途中でな、作戦を立てたんだよ。「適当に”作戦”を喋り続けよう」。で、喋り続けている間に」
「私の魔力を感知したのー?」
「いいや? それらしい単語喋りながら歩いていたら、殺気を当ててくる馬鹿がいてね。お前”ら”、暗殺者とかいう割に殺気出し過ぎだぞ。おかげですぐに見つける事が出来た。こんな分かりやすい相手を見つけられないなんて、騎士団ってのは大したことないなぁ」
小馬鹿にするような嘆息が聞こえた瞬間、エメは素早く膝立ちになり、体と銃口を敵に向ける。
人形のような、色白の肌に金髪の美少女。黒いゴシックドレスがよく似合っていた。右手にはフリルのついた日傘を持っている。
「どうやってここまで来たのかなぁー? さっきまで遠くに」
「お前を倒してから教えてやる。さっさとやろう。こっちは花火を見たくてしょうがないんだ」
相手はまるで恐れず向かってくる。
この距離では照準器の意味がないため、銃の横に折りたたむようにそれを動かす。
「可動式なのか。ガチャガチャと動かして楽しそうだ。触らせてくれ」
少女は日傘を手首で回しながら距離を詰める。
「いやなら別に構わないぞ。両手両足を折って奪う」
吸血鬼、ロゼの笑みを見て、エメも余裕の笑みを返した。
♢◆♢◆♢◆
暗黒騎士が路地裏に入ったのを見て、ラルドはその後ろをついていく。
エメからの狙撃が無かったことを怪訝に思うが、ここは自分で仕留めようと決めた。
身長が低いラルドは、群衆の中では全く目立たない。純粋にお祭りを楽しんでいる少年にしか見えないだろう。
ただ、先程からずっと小走りだった。暗黒騎士とは歩幅に差があり過ぎるせいだ。ラルドは自分の低身長な体を恨んだ。
わたあめを食べながら、標的はメインストリートから離れ、小道に入る。
ラルドは群衆を抜け出し、同じ道に躍り出た。
そして、身構える。騎士は既にハルバードを抜いていた。ラルドは笑みを浮かべ、肩を竦める。
「バレてたかー」
暗黒騎士は何も言わずにわたあめを放り捨てる。
「まぁいいや。暗黒騎士さん。俺に殺されてくれや」
「断る。邪道な技巧者に殺されるわけにはいかない」
ラルドの笑みが消え、眉がピクリと動く。心の奥底に眠る、殺意という名のどす黒い炎が沸き起こり、目の前の暗黒騎士を睨む。
「時代遅れの魔法使いが。ぶっ殺してやるよ」
ラルドが臨戦態勢を取る。対し、暗黒騎士、ゾディアックはハルバードを構えない。切先は地面に向いたままだ。
理由がある。
もう、決着がついたからだ。
――大丈夫かな、ロゼ。
ゾディアックの意識は、目の前にいる殺し屋ではなく、遠くにいるロゼに向けられていた。




