表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/95

第34話「「今すっごい恥ずかしいことしたな」」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 ゾディアックが泊まる建物は、下級層の中でも高級で有名な場所であった。

 地上20階の高い建物を間近に見たロゼは、溜息を漏らす。


「首が痛くなる」


 そう言って首の後ろをさする。


「何階まで行くんだ?」

「19階」

「高いなぁ」


 楽しそうに上擦る声を出すロゼの手を引いて、施設に入る。広く煌びやかな、清潔感が漂うフロントに入ると、スーツに似た施設用の黒い服を身に纏う、スラリとした体型の男性が2人に気づく。

 身長はゾディアックよりも頭一つ小さい。男はしっかりとした足取りで目の前にやってくると、首を垂れる。


「お帰りなさいませ」


 綺麗なお辞儀を終え、大きな目がゾディアックとロゼを捉える。


「そちらの女性は?」

「彼女は、えっと」

「なんだ。私は入ったら駄目なのか?」


 答えに(きゅう)するゾディアックに助け舟を出す。男は頭を振って愛想のいい笑みを浮かべる。


「失敬。ひとりで宿泊すると聞いていたものですから」

「彼女も、泊めたい。2人まで大丈夫なはずだ」

「それは構いませんが、事前のご連絡がないため、出来れば身分証をご提示していただくか、ご関係を説明いただければと。こちらもそれなりのチェックを行わなければならないので」


 ロゼは鼻で笑う。


「祭りでこいつにナンパされた田舎娘だ」

「えぇ!?」

「「俺の部屋来いよ」って誘われちゃってさ。まぁ、いい男だし、乗ってやろうと思ってね」


 楽しそうに話すロゼと大口を開けて驚愕するゾディアックを見て、男は苦笑いを浮かべて入室を許可した。


♢◆♢◆♢◆


「どうだ。身分証など必要なくなったぞ」

「だからってあんなこと言う?」

「嘘は言ってないぞ」


 白い歯をのぞかせなから、ゾディアックの腕を抱きしめる。

 鼻腔をくすぐる甘い香りと、肌触りのいい生地と、ロゼの柔らかな体の感触が伝わってきたため、ゾディアックはそれ以上何も言えずに、白い箱型の昇降機に足を踏み入れる。


 昇降機を降りたら部屋はすぐだった。扉にゾディアックは片手をかざし、魔言(まごん)を呟く。フロントで受け取った紙に書いてある、8桁の数字と意味のない16の単語を呟いていく。


 ほどなくして鍵が開き、部屋へと入る。


「おぉ!」


 ロゼが感動したような声を出し、窓へ向かう。

 上質感の漂う空間に、大きなシングルベッドが2つと、無駄のないインテリアが部屋を彩っている。高級の名にふさわしい内装だった。


 だがロゼが感動したのは内装ではなく、大きな窓が映し出している景色だった。ギルバニア王国における、下級層の風景が一望できる。


 時刻は夕方、夕焼けの光が部屋に差し込み、街を艶やかに彩っている。


「夕日が沈むの、楽しみだな」


 日光がロゼを照らし、影を作る。そこでふと疑問が沸き起こった。


「あのさ。ロゼは日光大丈夫なの?」

「唐突だな。そして今更か」


 呆れたように息を吐き、窓に背を向ける。


「私くらい強い吸血鬼は弱点なんてほとんどないのさ」

「にんにくとか、十字架は?」

「どちらも嫌いではないし、好きでもない。言っておくが、吸血鬼の弱点なぞ、人間共のホラが大半だぞ」

「そんなに弱点はないってことか」

「ああ。戦争に負けたのが信じられ……」


 そこまで言ってロゼは言葉を切った。

 誤魔化すように笑ってゾディアックに近づく。


「腹減った。何か食べよう」

「さっきあれだけ食べたのに?」

「消化がいいんだ」


 ゾディアックは屋台で買ってきた食べ物を鞄から取り出し、テーブルの上に並べる。2人共座って何を食すか吟味(ぎんみ)するように見つめていると、ロゼの目があるものに止まった。


「この茶色のはなんだ? パスタか?」

「焼きそば」

「ヤキソバ……」

「箸を使って食べるんだ。ほら」


 使い捨ての箸を渡され、ロゼは困惑する。


「ハシだと? 使ったことがないぞ」

「じゃあ練習だな。こうやって持って……」


 困惑顔でゾディアックの見様見真似で箸を使い始めるが、数十秒で挫折する。


「駄目だ。イライラする。これ食って練習しよう」

「フォークとかあったけ」

「ゾディアックが食わせてくれればいいじゃないか」

「あ、そっか」


 さして疑問も持たずに、焼きそばが入った容器を持って、箸で麺を掴む。


「ロゼ。口開けて」

「ん」


 ロゼは顔にかかっていた金髪を耳にかけ、ゾディアックの持ち上げている麺にかぶりつく。

 同時に、自分達が何をしているのか、2人は悟った。


 口を動かしながら、前のめりになっていた上体を正し、口の中の物を飲み込む。そして、両者の声が重なる。


「「今すっごい恥ずかしいことしたな」」


 直後、笑い合う。

 両者の顔が紅潮していたのは、夕陽のせいではなかった。


♢◆♢◆♢◆


 街中の楽しそうな声と足音を聞いているとイライラしてくる。


 少年は怒りを鎮めるように舌打ちをすると、壁に寄りかかる。

 子供達の悲鳴に似た笑い声がやかましかった。逃げるように首にかけたヘッドフォンを耳につけると、軽快な音楽が流れ始めた。


 小気味いい音が脳を揺らし、気分が高揚する。目の前をアホ面で歩く連中に、この音楽の素晴らしさと、ヘッドフォンの魅力を2000文字以内で語りたい。

 そんなことを思っていると、サビに入ろうとしていた音楽が遠ざかって行く。


 ヘッドフォンを外され、再び雑多なざわめきの音が耳に飛び込んでくる。

 少年は怒気を露わにし、ヘッドフォンを奪い取った、隣にいるスレンダーな美女に掴みかかる。


「いいところだったのに! 取るんじゃねぇよ!」

「話しかけているのに無視してる方が悪いー」


 ほわほわした喋り方をしながら、ブルーのコートを羽織る女性はヘッドフォンを上に掲げる。女性よりも身長が低い少年は、ぴょんぴょんと飛び跳ねて奪い返そうとする。


「依頼人さんが来たっぽいから行こーよー」


 女性はヘッドフォンを差し出す。


「あぁ? やっとかよ」


 悪態をついて息を整えながら、少年はヘッドフォンを奪い取って舌打ちする。


「殺しの依頼頼むのに、遅刻なんかすんじゃねぇっつうの」

「ラルドお兄ちゃんが時間にうるさいだけー」

「うっせぇ! さっさと行くぞ、エメ」


 ラルドと呼ばれた少年は、人通りを避け裏道に足を踏み入れる。妹のエメがその背中に続く。


 殺し屋として名を馳せる技巧者(メカニック)の兄弟は、花緑青(はなろくしょう)に輝く瞳を瞬かせながら、薄暗い道へ姿を消していった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ