第33話「じゃあ、俺の部屋来る?」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
2人は純粋に祭りを楽しんでいた。
勝負などそっちのけで、初めての祭りをロゼは楽しみ、ゾディアックは完全にその付き人と化していた。
「ゾディアック! 今度はあれ食べよ!」
腕を引っ張り、ロゼが屋台を指差す。
「……ああ、林檎飴か」
「りんごあめ?」
「名前の通り、飴とかシロップとかで林檎をコーティングしたお菓子だよ」
「へー」
露店に釘付けになるロゼを見て、ゾディアックは口元に笑みを浮かべる。
「せっかく来たんだ。食べなきゃ損だ」
「……その通りだな!」
それを皮切りに、2人の食べ歩きが始まった。こってりした物よりも甘い物をロゼは欲しがり、チョコレートでコーティングしたバナナを食べたり、アイスクリームを食べて、お互いに頭痛を引き起こしたりした。
キャラバンが行うショーを並んで見て、また露店を見て、似合わないお面を付けてみたり、キャラバンの商品を覗き見たり、ただ普通に街を観光したり。
魔物達で露店を出すとしたら、といったものを真剣に相談したり、屋台で出来る新しい遊びのアイデアを出し合ったり。
あの家の屋根は赤の方がいい、もう少し道を広くすればいいのに、私の城の前にも花を植えてみようか等々。
2人は他愛のない会話をしながら、歩き続けていた。
「ロゼ、疲れないか?」
「全然。これしきで疲れるか」
口ではそう言ってるが、慣れていない服と靴のせいで、気分はよくなさそうだ。
そこでふと、ゾディアックは周りを見渡す。いつの間にか祭りの喧騒から離れており、人通りが少ない、石畳の道を歩いていた。
周りには人がいないのに、ロゼはゾディアックの腕を掴んで歩いている。
ゾディアックは心の中に浮かんでいた言葉を口に出そうとする。けれども、これでもし断られたら、二度とこんな幸せな時間は過ごせないかもしれない。
だが、ここで言わなかったら一生後悔するかもしれない。こういう大事だと思う時くらいは、自分の言葉を吐き出そう。
ゾディアックは決心して、頭の中で必死にワードを繋げていく。口元を動かして言いたいことをしっかり言えるように準備する。
口下手なゾディアックが、竜を狩る時よりも緊張した面持ちで、隣にいるロゼに声をかける。
「あ、あのさ、ロゼ」
「んー?」
「あ、明日! 祭りはまだ2日もあるからさ。また明日、一緒に回らないか?」
ロゼが立ち止まる。ゾディアックも止まり、一瞬言葉をつまらせる。だが話を聞こうとしている彼女の顔を見て、一気に言ってしまう。
「だ、だから。あのアーチで待ち合わせして。そしたら……そう。また勝負の続きでもいい。俺、負けてるし。だから明日も一緒に……いたい……というか、遊びたいというか。冒険者と吸血鬼だけど、それでも……」
――駄目だ。言葉が切れる。
ゾディアックが言葉に詰まると、ロゼは困り顔で視線を逸らす。
「それは、無理かもしれない」
ロゼは言った。
無理。その単語が胸に突き刺さる。乾いた笑いが零れる。
「だ、だよな……俺とじゃ、無理だよな」
「いや、そうじゃなくて。その」
歯切れが悪いロゼは頬を掻き、気まずそうに視線を逸らす。
「泊まる場所が無くて……」
「へ?」
素っ頓狂な声が出てしまう。ロゼはむくれてゾディアックの腕を力強く握る。
「宿取れると思ったら全部満室だったんだよ!」
「……そりゃそうだよ。大陸中の人達が押し寄せてくるんだから」
「知らなかったんだ。もう今日は帰る。だから明日は無理かもしれない」
最後の言葉には寂しさが滲み出ていた。
祭りがもう楽しめないからだろうか。
自惚れかもしれないが、自分に会えないからか――ゾディアックはそう思ってしまう。自分の都合のいい考えなのは分かっている。だが、思うだけなら、別に誰にも迷惑はかけていない。
「じゃあ、俺の部屋来る?」
――風が吹き、静寂に包まれる。
「……は?」
ロゼとゾディアックは口をポカンと開けて向き合う。
「……俺今なんて言った?」
「はぁ……?」
ロゼが困惑した声を出す。
それは突然出た言葉だった。
言葉が零れ落ちる、というのは、こういうことを言うのだろうと、ゾディアックは他人事のように思ってしまう。
頭をフル回転させ、次に取る行動を必死に選別する。そして出した答えは、誤魔化す事だった。
「ごめん! 本当ごめん! 俺何言ってんだろ。あれだよ、ただの冗談っていうかポロっと零れたっていうか、変な気持ちとか邪な考えとかなくて、ただ単純に俺みたいに部屋取っておけばよかったのに的なあれな感じで――」
「……いく」
「だから――え?」
何を言ったのか分からなかったため、ゾディアックは言葉を切り相手の声に耳を傾ける。
「行き、たい……ゾディアックの……部屋」
真っ赤になった顔の下半分を手で隠しながら、ロゼは小さな声でそう言った。
♢◆♢◆♢◆
夢のような時間だとロゼは思っていた。
正直対決よりも、ゾディアックと一緒に自分の知らない世界を知ることが出来たことを喜んでいた。
その際に、それらしい口実を述べて、腕を掴んでしまったのはやり過ぎかと思ったが、相手も満更でもなさそうだった。
――よかった。振り解かれなくて。
それから一緒に物を食べて、普通に会話をして。まるで年頃の生娘のように、ロゼは楽しんでいた。
だから、ゾディアックの必死な誘いを聞いて、もっと一緒にいたいと思った。
極めつけは――
「じゃあ、俺の部屋来る?」
――これである。
こんな気持ちでこんな誘いを受けたら、すぐに首を縦に振りたかった。
自分のことを責めもせず、一緒に祭りや下らない勝負に付き合ってくれて、祭りを知らない自分の為に必死さすら感じるほどに動いて、色んな店を紹介して、街中を案内して、他愛のない話をして……。
強くて、優しくて、何処かちょっとだけ格好悪いけど、自分好みの凄く格好いい暗黒騎士。
ロゼは既に、自分の胸中に渦巻くそれを悟っていた。
話しているうちに、会っているうちに……いや、初めて素顔を見た時から。
――自分はこの騎士に、惹かれかけているんだ。
それに、相手も恐らく自分に興味があるのだろう。恋慕の情かどうかは分からないが、近いものだ。目を見れば分かる。
互いに惹かれ合っている。だがロゼは、なんとかその思いを口に出すのだけは踏みとどまる。
吸血鬼と冒険者。両者の関係上、これ以上発展することは、絶対にありえないのだから。
そう思っていたのだが、「行く」と言ってしまった。
それからとんとん拍子で話は進み、ロゼは服を預けた店に行き浴衣からゴシックドレスに着替えた。当然、髪も下ろす。
「……露店でご飯買ってこうか」
「そ、そうだな」
適当に食料を調達し、一緒に宿屋へと向かう。
――私って、ちょろいのかもしれない。
ロゼは再び浅黒い腕を掴む。ゾディアックは何も言わずにそれを受け入れる。
そして、そのまま指を滑らせ、大きく太い、だけど柔らかい小指を握る。
ゾディアックは反応したが、何も言わない。恥ずかしそうに顔を逸らしている。
充分だった。
それで充分、幸せだった。




