第32話「残念賞」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
お祭り勝負という馬鹿らしい単語に、ロゼは耳を疑ってしまう。
どうだと言わんばかりの顔をしているゾディアックを、冷めた目で見上げる。
「……な、なんだよ」
ロゼは首の後ろに片手を当て、呆れたように項垂れる。もう片方の手に持っている巾着袋が揺れ動く。
「お前馬鹿じゃないのか」
「馬鹿とか言わない」
「祭りでどうやって勝負するんだ」
「……ロゼ、祭りに参加したことは?」
そう聞くと、言葉に詰まったような声を出し、少し目線を下げる。
「見た事はある」
つまり、参加するのは今回が初ということだ。
「なら、きっと楽しんで勝負が出来る」
「だから。祭りなんかよりも魔法とかで」
「祭りの中で戦うのも、立派な勝負だと思うな」
ゾディアックは必死に頭を回転させ、煽り言葉を見つける。
「まさか、勝負から逃げるのか? ロゼ」
なんとも陳腐な挑発だ。腕を組み、少し見下すように顎を上げてロゼを見る。
だが、その新鮮味に欠けるゾディアックの煽りは効果があった。ロゼは片頬を上げて、尖った歯を見せる。
「ふん。安っぽい挑発だが、お前からのお誘いだ。乗ってやるよ」
「決まりだ。それじゃあ行こう」
ゾディアックがそう言うと、2人は並んでアーチを潜る。
かたや褐色肌の美男子、かたや浴衣姿の金髪美少女。周りの視線を集めていることに、2人は全く気づいていなかった。
♢◆♢◆♢◆
隣を歩くロゼを見る。
長い金髪は、両サイドと後ろ髪が三つ編み状でひとつに纏められ、簪で固定されている。青い蝶を模したデザインの簪は、金色の背景によく合っている。
チラと見える項が非常に色っぽく、ゾディアックは釘付けになってしまう。
「どうした?」
ロゼと目が合い、逃げるように顔を逸らした。可愛らしい顔からの上目遣いは破壊力が凄まじい。
「なんだよ」
「その。いつもと格好が違うから」
「これか。ユカタという服らしいが……着なきゃよかったよ。周りにはそれなりにユカタ着てる奴らがいるけど、私には似合わないし」
「そんなことない! 似合ってるし、とても綺麗だ!!」
ゾディアックは真剣な目でロゼを見つめる。
こんな台詞、いつもだったら出るはずがない。だが、心の中の言葉が無意識に出てしまった。
言ってから、ゾディアックは視線を再び逸らす。
視線が外されると、ロゼは顔を赤らめた。不快な気持ちなど微塵も湧かない、素直な嬉しさが胸いっぱいに広がる。
油断すると、頬が上がりそうだった。
「……そ、そうか」
着てよかった、と言おうとした。だがそうしたら、にやけた面が戻らなくなる。
ロゼはぼそりとそれだけ言って、地面に目を向ける。
むず痒い空気が流れる。ゾディアックは早く勝負をしなければと焦る。
焦る眼を正面に向けると、まるで救いの手を差し伸べるかのようにちょうどいい屋台を見つける。
「あれをやろう! ロゼ」
ロゼはゾディアックが指をさしている屋台を見る。屋台の前には人だかりが出来ており、特定の者達だけがボウガンを持っている。そして、屋台の中に陳列されている商品に向かって、指定された位置から矢を放っていた。矢は柔らかい素材で出来ているらしく、発射されると同時にふにゃふにゃと曲がっている。
2人は屋台に近付き、様子を見る。「射的」と書かれた文字が映り、次いで商品に矢が当たる場面が見える。商品は倒れ、店主がそれを持って当てた客に手渡しているのを見て、ロゼはピンとくる。
「なるほど。ボウガンを使って、どっちが商品を多く手に入れられるかの勝負か」
「その通り」
「面白そうだ。私はこう見えて、武器の扱いにも長けているぞ」
そう言ってロゼは空いている場所に向かう。人だかりは見物客が多く、挑戦する者の列などはなかったため、すんなりと挑戦可能になる。
「おっと、こらまた眼福な2人組だなぁ」
店主の男が顎髭を撫でながらそう呟く。
「お客さん方、1人300ガルだ。矢は全部で3本きっかり。矢を当てて商品を倒すか落とすかすれば、何持っていっても構わねぇ。いいな?」
「いいだろう。金は」
「俺が払う」
ゾディアックはそう言って金を店主に手渡す。ロゼは憮然とした顔でゾディアックを見る。
「礼は言わんぞ」
「別にいらない。そっちが先行?」
「もちろん。先に当てて、お前にプレッシャーをかけてやる」
ロゼはいじらしい笑みを浮かべ、何を狙うか探る。ゾディアックもロゼの目線を追う。
矢を装填しているロゼが狙っているのは、可愛らしいクマのキーホルダーらしい。意外と少女趣味なのかもしれない。
ただ、狙うには的が小さい。
「ロゼ、あれを狙うのは」
意気揚々と両手でボウガンを構えるロゼにアドバイスをしようと思った矢先、簪が踊る。
ボウガンから射出されたゴム製の矢は、棚から大きく逸れた。
ロゼがゾディアックを睨む。
「集中している時に話しかけるな!!」
「多分集中していても外れてたと思う」
「やかましい! 黙って見ていろ!」
そう言って続けざまに2本矢を放つが、擦りもしなかった。
「残念!」
店主が大笑いする。
ロゼはムッとした表情で、目を細めてゾディアックを見上げる。顔が少し赤い。全弾外した恥ずかしさを隠し切れていない。
「もういっかい」
「次は俺の番」
そう言ってゾディアックはロゼの隣に立ち、ボウガンをロゼから受け取る。
「外せ。外してしまえ」
呪詛のような言葉を浴びながら、矢を装填して片手で構える。狙いを定めて引き金を引く。
射出された矢は真っ直ぐに飛び、クマのキーホルダーを弾き飛ばす。
「うそっ!?」
ロゼが驚愕する。それを尻目に、続けざまに2本矢を放つ。ひとつは飲み物が入った容器にあたり、もうひとつはわざと外した。
「おめでとう兄ちゃん! 持ってきな!」
店主がキーホルダーと飲み物を手渡す。ゾディアックはボウガンを渡し、商品を受け取る。そして軽く頭を下げて、次の人に順番を譲る。
ロゼの方に目を向けると、むくれていた。いじけるように足を振っている。白い肌の生足が垣間見えた。
「ロゼ」
「ふん。そっちの運が良かっただけだ」
「かもね。はい」
「ん?」
ゾディアックはロゼにキーホルダーを差し出す。
「なんだ。情けか?」
「残念賞」
「調子に乗るな、デカブツ」
ロゼはふっと笑い、キーホルダーをぶんどると、袋の中にそれを入れる。
「さぁ。次は何で勝負をするんだ?」
明るく楽しそうな声を出す吸血鬼の笑顔は、まるで太陽のように明るかった。
♢◆♢◆♢◆
プールを泳ぐ金魚を凝視する。水が溜まる小さなプールの前にしゃがみこんでいるロゼは、紙ポイを握りしめ、今か今かとその時を待つ。その目はまるで、獲物に飛びかかろうとする肉食獣のそれであった。
そして、カッと目を見開きポイを水につけ、金魚をすくおうと勢いよく腕を振る。
結果として金魚はすくえなかった。紙が破けたポイをロゼは見つめる。
「よし、理解した。次から本番だ」
そう言って満足気に頷く。
2人は金魚すくいの屋台に来ていた。ギルバニアの情景には全く似合ってない屋台だったが、なぜか盛況である。
ゾディアックは金魚すくいで勝負をしようと決めると、先程の負けが悔しかったロゼは「先に練習させろ」と言って金魚をすくい始めた。2回ほど練習し、自信たっぷりといった表情で、ロゼは新しいポイを店主から受け取る。
当然お金は隣に座るゾディアック持ちだ。1回200ガル。ゾディアックにとっては安過ぎて逆に困る買い物である。
「じゃあ行くよ、ロゼ」
「よし」
互いに頷き合い、右手にポイを持ち、左手に金魚を入れるボウルを持つ。
「3、2」
「「1」」
同時に言い終わり、両者口を閉じて金魚に狙いを定める。静かで地味な対決が幕を開けた。
数日前はド派手に魔法を打ち合い、地面を抉り飛ばし、天を裂く勝負をしていた2人だが、今は小さなポイを握り締めて金魚に夢中である。
両者真剣な表情で、金魚をすくおうと熱気に溢れている。
ゾディアックはなるべく小さな金魚を狙う。
「ぐぬぬ……」
ロゼが唸っている。狙っているのは一際大きな金魚だ。周りを泳ぐ、小さな金魚3匹合わせても、その大きさには届かない。恐らく賑やかしのために存在する奴だろう。
ゾディアックは勝利を確信した。同時に、ポイを斜め45度の角度で水に浸け、一気に紙を濡らす。紙が溶けるか破ける前に金魚をすくい上げ、ボウルに入れる。
見事な一振り。だが、紙が破けた。
「ぬぁ」
変な声を漏らしてしまったゾディアックは、1匹で終わる。
そして、隣にいるロゼを見る。
「おぉおぉお!! 3匹同時だぁ!」
金魚を勢いよくボウルにぶちこんでいる姿が映った。ポイは破けておらず、健在である。あの大きな金魚がボウルの中に無理やり捻じ込まれている。
「フハハハハ!! 何匹でもすくってくれる!」
お淑やかな見た目とはかけ離れた、悪の首領のような口振りである。ゾディアックは笑い声を聞きながら敗北を悟り、黙って自分の取った金魚をプールに返す。
店主と目があった。
悲しい顔をしている。ゾディアックは申し訳なさそうに頭を下げた。
「……すいません」
「おー、4匹同時!! 凄い! 私凄い!!」
ロゼの楽しそうな声と、ギャラリーの歓声が祭りの空に響いた。
♢◆♢◆♢◆
ゾディアックが金を渡すと、売り子の女性がいい笑顔で2本の棒を差し出す。棒には桃色の綿がついていた。
「雲が乗っかってるみたいだな」
ロゼは感嘆の声を漏らす。雰囲気と声色が明るい。
ゾディアックはロゼに棒を差し出すと、ロゼは両手でそれを受け取った。身長差があるため万歳しているようにも見える。
綿を見つめながらロゼは小首を傾げる。
「ゾディアック。これはなんだ?」
「わたあめ、っていうお菓子。かぶりついて食べるんだ」
そういうと、2人同時に、狙っていたかのように綿にかじりつく。ふんわりとした綿の感触と、砂糖のざらつきを舌で味わう。
「食える?」
「甘くて美味い。お前は?」
「俺は甘い物、少し苦手」
「ほほう」
口角を上げて、悪巧みをしていることが丸わかりな顔をロゼはする。
「では、わたあめ早食い対決だ! 文句は受け付けん!」
「えー……分かったよ。あそこのベンチでやろう」
そう言ってベンチに座ると、お互いに向かい合って食べ始める。
食べ始めて3口目で同時に噴き出す。
「わ、笑うなぁ!」
「ロゼが先に笑っただろ!」
「だ、だってゾディアック……真剣な顔でわたあめ頬張ってるのが、おかしくって……!」
笑いのツボに入ったのか、ロゼは破顔する。魔物の中でも上位種である吸血鬼の、綺麗な笑顔に心を締め付けられながら、ゾディアックはつられて笑う。
決着はそれからすぐについた。甘い物が苦手なゾディアックは当然敗北した。
ロゼはそれを尻目に大きく伸びをして、満足そうに息を吐き出すと、綿菓子がついていた棒を屋台のゴミ袋に捨てると、座って項垂れているゾディアックの腕を引っ張る。
「ろ、ロゼ?」
浅黒く太い腕に、白くて細長い指が絡みつく。
「さぁ、次の勝負だ! さっさと行くぞ!」
心の底から祭りを楽しんでいるロゼは、笑顔でゾディアックを引き起こす。
ゾディアックは苦笑いを浮かべ、掴まれている腕を見ながら進言する。
「あ、あのさ……腕」
「ん?」
「腕。掴んで歩くの?」
「ああ。さっきから人間と亜人が多くてかなわん。はぐれないためにも、これがいいだろう」
今まで女性とこれほど密着したことがないゾディアックは、どうしたらいいのか分からず固まってしまう。
「嫌か?」
「い、いや! そんなことは」
「ならいいだろう。お前がいなくなったら、誰が私の案内をするんだ」
素知らぬ顔でそう言うロゼを見て、ゾディアックは笑い、緊張が解ける。
「分かったよ。頑張って案内しよう」
「当たり前だ。気合いを入れろ、ゾディアック! 2勝1敗で私の方が勝っているのだからな!」
ロゼはずんずんと前に進む。ゾディアックは引っ張られる形でそれについていきながら、揺れ動く簪を目で追う。
2人は未だ増え続けている、祭りの来客達の渦に飲み込まれていった。




